第十一話 「深まる疑惑」
耳をつんざくような悲鳴が聞こえた場所へ向かった。家屋が連続して並ぶ中、そこは群衆で溢れかえっていた。野次馬は帰れなどとよく言われるがそれでも集まってしまうのが人間。俺もその人間だから、気にかけずにはいられない。
「み、見えねぇ……」
思った以上の野次馬の数に俺は中心に行くことが出来なかった。後ろでうさぎのように飛び跳ねて見たが見えるわけがない。
無理やり中に入ろうとしても、申し訳なくどうしたものか、と悩んでいると何やらコソコソと話している三人組の男衆がいた。
一人はちょび髭を生やし、一人は立派な顎髭を蓄え、もう一人は太陽のように明るいツルッパゲだ。
俺はその集団に入って話を聞いてみることにした。
「まただよ、例のあれだ」
集団の中の一人の男、ちょび髭が言う。
例のあれ、つまりはミナバルトで起きている未解決事件か。
「気の毒だよな。三人の子供と奥さん残して逝くなんてよ」
「ああ全くだ、俺らもああはなりたくねえな」
チラッと野次馬の方へと視線を送った顎髭。
俺もその方向を見れば、どんどん人が下がって来ている。
「なんで後退してきてるんだ?」
その問いにツルッパゲの男が言う。
「もしかしてお前さん見るのは初めてか?」
「初めても何もこの街に初めてきたので」
するとどこかバツが悪そうにあぁーと呟くと、俺の肩にポンっと手を置く。
「だったら早くこの街を出て行った方がいいぜ、お前さんもあんな風になりたくなかったらな」
人差し指を立たせ、後退してくる野次馬の方を指した。俺はその指先が示すものを見た。
「――ッ!」
血溜まりだ。血の湖かと思わせるほどの血が石畳を染め上げていた。
血源は倒れている男。胸にぽっかりと穴が空いた場所から止めどなく血が噴水のように溢れている。
手術を生で見ているような感覚に襲われた俺は強い吐き気を感じた。
「しっかし、犯人も変わった趣味持ってるよな。遺体を家の前に捨てるなんてよ」
顎髭が言う。それに呼応するようにちょび髭が、
「情か何か湧いたんじゃねぇか? 身体だけでも家族の元にってよ」
「だとしたら殺す意味が分からねえな。そんな感情持ってるやつがなんでぶっ殺すんだか、それも心臓だけくり抜いてどっかに運んでるんだろ?」
俺は顎髭のどこかに運ぶという言葉に引っかかる。やはり心臓を使って何かを行っているに違いない。心臓――やはり儀式か何かに使われているのか?
「これまで歴史的に心臓を使って儀式を行っていた文明や国ってあるんですか?」
俺は三人に向かって問う。俺の世界では当然あったが、生憎ともここは別世界。向こうの世界と同じという訳にもいかないだろう。
俺の言葉に反応したのはハゲの男だった。
「俺は聞いたこと無いな、お前らはあるか?」
「あるかって、そりゃもちろんあるに決まってんだろ」
大事に育てているであろう顎髭を摩りながら言う。
「千年も昔だが、イカれたやつらが悪魔の復活だーとかいって一年に一度、生きたまま獣の心臓を抜いて捧げてたらしいぜ」
顎髭の話を聞いたちょび髭もあぁ俺もあると何かを思い出したかのように語る。
「本で読んだんだが、心臓は肉体の中では一際特別で生者の心や感情を溜め込んでるって昔のやつは思ってたみたいでよ、それを他人に移植して亡くなった人間を呼び戻そうとしてたやつもいるらしい」
中々にイカれた人間がこの世界にもいることが分かった。ということは、それらに似たようなことをやろうとしている輩がこの街、いや外にいる。
二人の話を聞き終えたハゲの男がそれを嘲笑いながら言う。
「悪魔や蘇りなんてあるわけねぇだろ、馬鹿なやつだなー! ガハハ!」
「それが冗談で済めば良いが、この街にもそういうやつがいるんだ笑い事じゃねぇだろ。俺は親父から継いだ宿屋を息子に継がせてぇんだ、死ぬのはごめんだ」
ちょび髭が言う。それに続く形で顎髭が、
「俺が立ち上げた八百屋を俺で終わらせるつもりはない。こんな事件に巻き込まれて死ぬのだけはごめんだぜ」
「んなこと言ったら俺だって夢の農家になれたんだから死ぬ訳にはいかねえさ」
「え、お前農家だったのか?」
顎髭がハゲの男を見て言う。こいつ、友達に忘れられてたのか? 三人が各々語り終えるとちょび髭の男が俺を見て言った。
「そういやお前ぇ、この街は初めてって言ったか。だったら夜中はうろつかねぇことだ。特に夜中、街の外には絶対に行くな。あそこで死んでる旦那も、昨晩街の外に行こうとして死んだからな」
「つまり、これまでの犠牲者は全員街の外に出ようとして死んだんですか?」
「あぁそうだ。だから絶対外に出るなよ、死にたくなきゃな」
心配しているか、それとも俺が事件解決しようとしていることを察知したのか知らないがちょび髭は俺に圧力をかけてきた。中年の顔が俺の視界を覆い尽くした。
すると、ちょび髭の肩をグイッと掴み後ろに引っ張る男が言う。
「おいおい、あんま若いやつを虐めんな、大人気ないぜ」
顎髭が俺をフォローする。そうだそうだ、大人気ないぞ、お前の宿屋潰しちゃうぞ。
「にしてもよ、この街も変わっちまったな。数ヶ月前まで落ち着いてたんだけどな」
「そういえば初めて被害者が出た時ってどんな感じだったんですか?」
俺の言葉にそうだなぁと三人は唸ったが、ハゲの男が一番初めに口を開いた。
「今日みたいに悲鳴が聞こえて、遺体が投げ捨てられてて、確か手紙? かなんか置いてあった気がするな」
その言葉に残りの二人もそうだったと、思い出した。するとハゲの男は続けてその手紙にどんなことが書かれていたのかを話してくれた。
「これから数ヶ月無差別殺人を行う、逃げ出した人間から殺すって書いてあった気がするな」
無差別殺人を数ヶ月、一体何人が犠牲になったのか、と聞こうとしたがそれを聞いても解決には繋がらないため俺は喉の奥底に引っ込めた。
街の外に逃げ出した人間から……つまり、犯人は他の街にミナバルトでの殺人を報告させないつもりなのだろうか。
しかし、このハゲ男よく覚えてるな髪の毛は無いのに記憶力はあるのか。
「そーいや、お前が第一発見者か」
ちょび髭がハゲを見ながら言う。
なんだと、この輝かしい男がか?!
「そりゃあ朝からお隣さんから異臭がしたからな。それを確認しない理由は無いだろ」
なるほど、最悪の目覚めって訳か。
ていうか、困ったな。無差別殺人なら、犯人の目的や狙う規則性が分からない。
恨みを持っている訳でもなく、復讐をしたい相手がいる訳でも無い。ともすればやはり、カルト集団がこの街に紛れ込んでいるというのが正しいのか?
「まぁどちらにせよ、お前さんも気をつけろよ」
そう言い残して三人は現場を立ち去った。
やはり慣れているのだろうか、怖気付く様子が一切なかった。
それとも……あの三人が犯人か?
俺は鉄錆の臭いと悲鳴とが残る現場で立ち尽くし、一人考え込んでいた。
次回 第十二話 「一夜を過ごす」




