第七話 「さらに高みへ」
予測できていたからだろうか。
それとも、俺は間違っていない。よく気がついた。という自らを褒める言葉が聞こえてきたから、だろうか。
突如として姿を現したグリフィンのような見た目をした魔獣。
いつもの俺なら遅れを取るのだろうが、今は違う。今の俺は、成長段階にある。
―トウマの振るう刃がグリフィンの頭を捉える―
ゴギャッという喉を潰されたような声が聞こえた後に、その場に倒れ込んだ。
グリフィンといえば大柄の鷲とライオンを融合させた伝説の生物なのだが、これはやや小さい。子供だろうか?
やはりどこか胸が痛い。
自ら狩場に入ってきたのは俺で、それをボコしたのも俺だ。
それがまだ大人であったならもう少し気が楽だったんだが……子供となれば話は別だ。
白目を剥き、ベロを出したまま意識のないグリフィンを見て俺はそう思った。
すると、一部始終を見ていた三人が寄って来る。
「すごーっ! トーマちょーかっこいい!!」
「もう出来るようになったんですか!?」
二人の姉弟に寄られる俺はなんて返答すれば良いのか分からなかった。
たまたまだよ、とつい言ってしまったが、出来るようには……なった気がする。少しだけだが。
「早いものですな、恐れながら私の中では気が付かぬと思ってわざと素通りしました。トウマ殿、御無礼を許されよ」
ジュラルは何故か頭を下げた。
俺を甘く見ていた、ということだろうか。その事に関して俺は、別に憤りを感じてはいない。むしろ、妥当だと思う。
魔獣一匹すら殺せてないしな。なにより、普通に弱いし。
「頭を上げてください、俺は別にどうとも思ってないですよ。むしろそれが普通なんじゃないかと……」
それでも、ジュラルは頭を上げなかった。
後に数回、同じようになだめてようやく彼は頭を上げてくれた。
「にしても、さっき『わざと』って言いましたが、あれは俺が出来るかどうか試していたってことですか?」
「その通りです。トウマ殿が気がつくか、恐れながら試させていただきました。申し訳ありませぬ」
と言って再び頭を下げた。
いかんいかん。これではループしてしまう。
俺はまたもなだめると彼は頭を上げてくれた。
頭を下げる、か。
ならば俺もしなければならない。
「ジュラルさんありがとうございます」
今度は上体を45°曲げた。日本式最高礼だ。
「ジュラルさんのお陰で俺は強くなることが出来ました。是非ともこれからもご教授願います」
「な、なんと。そのように言われる筋合いは」
「いいえ、あります。今回のみならず、貴方に沢山のことを学ばせていただきました。なのでこれから、私を、より高みへと導いてほしいです」
それを聞いてなおもジュラルはしかしと続けた。
すると、ミユとウリルがひょいっと俺の背中に飛び乗る。
思わず前のめりに倒れそうになるが、踏ん張りを効かせ、なんとか持ちこたえた。
「ミユからもおねがいしますー」
「僕からもお願いします」
なんでこの二人が……といいたいところだが、便乗してくれるなら良いか。
流石にジュラルも断れないだろう。
しかもミユとウリルはジュラルの主に当たる。その人たちに頭を下げられてはどうしようもないだろう。
「や、やめてくだされ。分かったので、とりあえず頭を上げてくだされ!」
俺はこの時気が付かなかったが、ミユとウリルは顔を合わせ二ッと笑っていた。これは恐らく俺の流れを利用して自分たちも、という意味を込めたのだろう。
ジュラルがゴホンッと咳払いをする。
「そ、それではミナバルトに行きますぞ。ワンジュ様がお待ちゆえ、急ぎますぞ」
どこか嬉しそうにしているジュラルは口元のにやけを隠しきれていない。
だけど、本当に嬉しいんだろうな。
ジュラルは若き日に子供を失っている。そのために、師事をすることに恵まれていなかった。
が、年老いてようやくその機会が巡り巡ってきた。嬉しい感情を隠し切るのは彼でさえも用意ではない。
一人嬉しさを隠すジュラルと、後ろでニヤニヤする三人の構図が出来たのは言うまでもないだろう。
☆★☆★
なんという幸運。
この歳になり、孫くらいに年齢が離れた若者に頭を下げられ、教えを給われるとは。
齢六十近くまで生きた理由が今ここにあるのやもしれぬ。
若かりし頃の大きな失態から、長らく生きる理由に迷っていた私に光明を見出してくれたのがトウマ殿になるとは。
初めて出会ったのはケルガルムの国門。
ヘルメスと共に突如として現れた謎の青年。後から聞けば、森で彷徨っていたところを拾った、と。
正直、そのように怪しい人物を皇族の方に近づけてはならない、それが私の考えだった。
以前、トウマ殿と似たような人物が皇族暗殺事件を企てていたという報告を耳にしたため、トウマ殿も同じ、そう思い込んでいた。
だが蓋を開けてみれば、所作も知らなければ剣も知らぬ無垢の赤子のような男児。到底この世界ではやってはいけない存在。
あぁ、ダメだ。
この子は王宮になんぞ置いてはならない、彼にとって災いとなってしまう。
王宮とは以外に汚いもので、裏では金が暗躍し、時には刺客を送り合うこともある。シュラーゲルに来る以前の国ではそれが普通であった。
幸い、シュラーゲルではそのような事は一度も無く、平穏が続いていた。このまま、寿命が尽きるまで……と思っていた矢先の昨日。
トウマ殿から詳細を聞かされた際に、真っ先に殺すという考えが浮かんだ。言葉巧みに私を操ろうとしているに違いない。そう思った。
だが、正理機関との戦いを経てそれは消え失せた。正に命を懸けて、我々を救ってくれた。剣の振り方も知らなかった青年が、いつの間にか急成長していた。
そして、此度の件。
トウマ殿は間違いなく、私を越える。
私だけでは無い、ワンジュ様も、ヘルメスも、そして果てにはあのハンニバルという最高の剣士に並ぶ人物になる。
そう信じ思わせる姿を私は見た。
私が教えたことを瞬時に出来たからという安直さではない。
才能のある人間に共通して、この男は出来る。大物になる、という空気がある。この数十年人を見極めることは絶えず続けてきた。この瞳が捉えし今のトウマ殿は正しく、あちら側に立つ人間。
トウマ殿も不思議とそう思わせる空気を纏いつつある。それが今回、『殺気』というものを体得しただけでそれがより一層現実味を帯びた。
私とは対極の、世界を変える逸材。
トウマ殿もまた、世界を変える御方だ。
いざという時はこの老人が肉壁となり、未来への希望を繋がなければならない。
だが不思議とそれでも良い、それで良いのだ。と感じる。
誤りの人生を歩んだ私を代償に貴重な若者を未来へと紡ぐ……これが私の、人生最後の責務なのかもしれませんな。
ジュラルは太陽のように明るい笑い声を耳にそう思った。
次回 第八話 「ミナバルト」




