第六話 「殺気」
恐怖心いや、拒絶反応だろうか?
やっぱり俺はこの世界の人間になることは出来ない。
人の死を悦ぶなんて……。
死と隣り合わせの世界、いや、平和な時代に俺が産まれたからだろう。もし数百年前に産まれていたら俺もあんな風になっていた。
ここは確かに異世界だ。だが、捉えようによっては魔法のある中世ヨーロッパと言い換えられる。そうすれば疑問はない。
中世ヨーロッパでは革命が頻発していたしな。だから、あれも数ある処刑のうちの一つに過ぎない。そうだ、仕方ない。
ザマスを出てから俺は自己暗示を続けていた。
「おや、止まってくだされ」
ザマスを出てから数分後、平原のど真ん中でジュラルが足を止めさせた。
俺は周囲を見渡してみるが、見えるのは青々とした木と、丈の長い草、そして高くそびえる青の山々のみ。怪しいものは無い。
何も無い、と俺が発しようとした時――
ザッと葉を揺らし静寂を破る音と、咆哮が俺の拍動を速めた。
攻撃、と本能で武器を掴んだが、それは眼前に迫っていた。
身の丈二メートルある粘性のあるヨダレを垂らした大熊。前足に装着された鋭利な爪が俺を襲う。
俺は防ぐ間もなく、その餌食になる、なんてことは無くジュラルが先に動いていた。
俺がその場に尻もちをついている間にジュラルは残った右手のみで白刃を走らせたのだ。それは見事に熊の首を切断。
結果、刃の餌食となったのは俺を襲った熊だった。
「大事ないですか?」
「あ、ありがとうございます」
「平原といえども、気を抜いてはなりません。このように魔獣が彷徨いているので」
パラパラと灰になり、消えていく魔獣。
白を剥いて、無念……とでも伝えたいそうな顔をして死んでいる。
食えば食料になるのでは、と思ったがこんな熊の肉は獣臭そうだ。
「はーい、行くよトーマ」
ミユが差し出した手を掴み、俺は立ち上がる。
そして、再び港町ミナバルトに向けて歩き出す。
なんとも情けない姿を晒してしまったものか。
だがしかし、まさか草から出てくるのがスライムとかゴブリン、というものではなく凶暴な熊とは誰も思わないだろう。
だが、俺に込み上げて来たのは羞恥心ではなく、もう同じミスはしたくないという向上心だ。
俺はジュラルを見る。
彼は老いた。自らが言うようにもう老齢と呼ばれる時期に差し掛かっている。
しかし、彼の背中はどこか頼りがいのある大きなものに見える。それは、若い頃な得た経験や叡智を蓄えているからだろう。
だから、こそ俺は聞きたかった。
「あの、どうして先程魔獣がいることを察知出来たんですか?」
そんなことも知らないのか、とバカにされるかもしれないがそれでも聞きたいは聞きたい。
「気配、もっといえば殺気です」
うぉ、やっぱりそうか。
心の奥底ではそう言われるんじゃないかって思ってたけど、いざ言われるとマジかってなるな。
「殺気ってどうやれば感知できるものなんですか?」
これで感覚、と言われればそれで終いだが、この人はそんなことは言わないだろう。
「例えばトウマ殿は、自らの前に剣を突きつける曲者が現れた際に身の危険を感じますかな?」
俺はそれはもちろんと返答した。
「では、姿は見えなくとも自らの命を脅かす罠のようなものがあると分かれば身の危険を感じますかな?」
それにも同じ返答をする。
「では――それらの危険性を持たずして、一人の人間が現れた際、トウマ殿は身の危険を感じますかな?」
俺はその答えには感じないと言った。
すると彼は、だからです、と返答する。
「常にあらゆる可能性を考慮し生きていかねばならないのです。武器を所持していない相手でも、魔法を使う素振りを見せぬ相手でも、危険性を考慮するのです」
「つまりは、全ての人間を疑えと?」
「その通りです。言葉は悪いですがこの世界、絶対の信頼を置ける人物などいません。
我が身を守りたいのであれば、常に警戒を貼るのです。
さすれば、不思議とゆらぎが見えますぞ。
結果、何の変哲もない草であってもその内に隠れる魔物や人間を感じ取れるようになるのです」
「……難しいですね。常に人を疑うのは苦痛ではないですか?」
「そうですな。しかし、それが時に誰かを守れることにも繋がるのです。現に私はトウマ殿を助けられました」
「――ッ」
確かに、そうだな。
俺はこの人が気配を感じとることが出来るから、今生きている。
もしも、この人が感じ取れなかったら俺はあいつの昼飯にでもなっていた。全ては因果、繋がっているのか。
「ちなみに、ジュラルさんはいつからそれが出来るように……?」
「トウマ殿より、もう少し年老いた時ですかな。争いごとに身を置く以上、否応なく強くならなければいけないので」
なるほど分かった。
今の俺と昔のこの人とを比べて、俺に勝ち目がないということは分かった。
全ての事象を疑え――
疑えといってもあれこれ全ての言動に疑問を持つのではなく、命を脅かす危険性を考慮する。
例えば、ほらあれ。
俺は道の先に佇む、こじんまりとした木を見つめる。
あれ自体が化け物、なんてことは無いだろうが、あの後ろ、あの根元に何かがいるかもしれない。なんでもありなこの世界、小さくなって隠れているかもだし、なんなら透明になっている、なんてこともある。いや、絶対にあるなそれ。
「――殿」
もしかしたら、木じゃなくて葉の方か?
緑に混じるカメレオンみたいなやつもいるかもしれない。
「――マ殿」
考えたくもないがコノハムシのバカでかいバージョンみたいな気色悪いやつもいるかもしれない。いや、ない? いや、あるある、それも捨てられない。
一つの木といっても無限の可能性があるなこれ。どれだ、どれが正解だ? いや、まさか全部か?
「トウマ殿」
「……ッ!」
自分の肩にジュラルの手が置かれた時、俺はようやく考えるのをやめた。
彼の顔を見れば、ため息をつく寸前。
「考えすぎは間違いですぞ。ほんの少しの警戒心を持つだけで十分なのです。
トウマ殿は少々、物事を深く考えすぎるクセがあるようなのですが、それは身体に毒ですぞ」
ジュラルに諭されて後ろを見てみればウリルもミユも少し心配そうな顔をしている。
いかんなこれは。考えすぎというより、俺が完璧主義に近いからだろう。このクセは直さないとな。
「では行きますぞ」
俺たちは再び歩き出した。
その中でも無論俺は、同じことをやる。だが、浅くだ浅く。考え込み過ぎはしない。
フレーム問題とはよく言ったもので、正しくその問題に落ちてしまった。可能性があるにしても、流石に限度があるか。
(草、木、なんなら地、全てに警戒か……それも、深くではなく浅く。そして、広く)
もしも、これが間違い探しのように手本が隣にあれば俺にも出来るんだけど。そう思って、とある草を練習にしようとした時だった――
「ん?」
俺は足を止め、一点を凝視する。
それは先程と同じただの丈の長い草。
ジュラルの真似事、ではなく俺は何故かそれに違和感を覚えた。
(ただの草は何回も見たから分かる。だが、この草は何かがおかしい。先程の熊と似ている……)
しかし、ジュラルは何事も無かったかのように素通りしている。
だとしたら、俺の間違いになる。どっちだ? 俺の間違いなのか……?
もうジュラル達は先へと進んでいる。
ミユとウリルは俺のことに気がつき、ジュラルの袖を引っ張り何かを伝えている。
やはり、間違いなのか?
これはただの草で何も無いんじゃ?
だが、この疑問は次の瞬間には吹き飛ぶことになる。
何かがいる
そんな気がした俺がギュッと剣の柄を握った時、魔獣が姿を現した。
俺の感は間違っていなかった。
次回 第七話 「さらに高みへ」




