第三話 「進化する手帳」
ザマスという街はやはり人が多い。
飲食店を探し回ること数十分、どこかしもこ人で溢れていた。
運良く見つけた古ぼけた老舗の店へと足を運び、ようやく一息つくことができた。
やはり老舗の店舗なのだろう、メニュー表はあちこちが欠け、経年劣化している木版だった。長年使い込まれてたそれの表面は木材という天然さを感じさせないほど変化していた。
「好きなものを食べてくだされ、これ以上のご馳走はこの先味わえないでしょうから」
お言葉に甘えてとトウマもメニューを見るが、やはり見慣れない文字。日本語のそれとは違い、古代パピルスに書かれた文字を見ているようだった。
しかし、伊達に彼とてこの世界を生きてきていない。わかる文字もあるのだ。
「じゃあ俺は果汁あふれるクラークで」
自信ありげに言ったトウマだが、店員の顔にはクエスチョンマークが貼り付けられている。
メニューにあるものを、と言われた所でトウマは訝しみ再び木版を見る。
「果汁あふれるクラーク、間違ってない気がする。ジュラルさん、合ってますよね? 俺、間違ってないですよね?」
「よもや、肉汁あふれるテラードでは?」
「え、肉汁? テラード?」
そう言われて再び木版とにらめっこ。
あ、と何かに気がついたように固まるトウマ。みるみるうちに顔が紅くなり、穴があったら入りたいと呟くトウマ。
各々注文が終わった頃、未だに恥ずかしがるトウマ。そこで彼は少し席を離れ、店の裏側で一人物思いにふけることにした。
(あー、赤っ恥かいた。人が少なくて良かった……)
人気のない路地裏のような場所で気持ちを沈めて、なんとか冷静を保とうとした時だった。
突如、彼の視線の端を眩い光が通り抜けた。
キラッと輝いたそれに思わず、何事かとトウマはキョロキョロする。
「――ッ!」
光源があるのは――自分のポケットの中。
その中にあるのは、ただ一つ。
彼が異世界召喚されてより、頼りとしてきた手帳。
手を入れ、それを取り出す。
自我を持っている生き物のようにガタガタと震える手帳にトウマは怪訝な顔をする。羊皮紙のような紙に指をかけて、捲ろうとしたとき、とあることが彼の頭を過ぎった。
開けば何が起こる?
そんな疑問が浮かんだ。
最初に浮かんだのは爆発だ。ここら一帯を巻き込むほどの爆発。
次に浮かんだのは、前回と同じ、内容が書き換えられたこと。
爆発なら終わりだが、この手帳に限ってそんなことは無いはずだ。自分にそう言い聞かせながら、捲ろうとする。
だが、待て。こういう時に大体二分の一を外すことが人は多い。つまりは爆発……やはり、開けるべきでは無い?
しかし、開けなければならない。恐らくだがこの手帳は俺が開けるまで光を灯し続ける。この手帳の存在を人に知られるのだけは、あってはならない。
つまり、開けるしかない。開けなければならない。
「だぁくそっ! もうどうにでもなれ!」
やけくその気分でトウマは手帳を開けた。
瞬間、閃光手榴弾をモロに喰らったかのように、視界が白に染まる。同時、キィーンという耳鳴りがトウマの鼓膜を叩いた。
白目を剥きその場に崩れ落ちるトウマ。
意識は既に……無かった。
☆★☆★
「行かせぬ! 貴様はここでこの命に変えて討つ!」
冷たい地面に転がるトウマが目を覚ましたのは、そんな声が聞こえてきたからだ。
ハッと目を大きく見開き、その場に立ち上がろうとするトウマ。
(なんだ……やっぱり、爆発だったのか……?)
「――さん!」
悲鳴のような叫び声。
思わず、自分なのではないかとその声の方向を向くトウマ。
だが見えない。どう頑張っても見えない。
白煙だ。白い霧が辺りに広がっているからだ。それが、視界を遮り、視認を難儀なものにしている。
ようやく立ち上がり、走り出したトウマ。
何が何だか知らないが、原因は俺かもしれない。いや、俺だ、俺に違いない。
自責の念に駆られていたその時、踏み出した足のつま先に鈍い衝撃が走った。
ドサッとその場に倒れ込むトウマ。
「いってぇ……なんだ?」
自分が蹴ったであろうそれは石だった。
いや、岩と言い換えても遜色ないほどの硬さだった。
「白煙に爆発……まさか、あいつか?!」
思わず黒衣を纏う男を思い出すトウマ。
かつて二度戦い、どれもギリギリの勝負を繰り広げた宿敵、ダイシバ。
あいつが、俺の手帳に仕掛けを?
「振り返ってはダメ!!」
女性だ。今度は女性の声が聞こえてきた。
その数秒後、大きな影と、小さな猫耳の影とが白濁とした場を、トウマの前を過ぎた。
「ミユ、いや……まさかウリルか?」
その影を追う、ことをしたかったが、あと一人、もう一人だけいる。
ウリルらしき人物が人名を恐らく呼んだ。ならばもう一人いる、あと一人が何かをしている。
霧を割り、足元に意識を送りながら二人が走ってきた方向に駆け出すトウマ。
こういう時に何をするか、それは言わずとも分かる。
足止めだ、敵を抑えているに違いない。
「派手にいこう」
トウマには聞こえ無かったが、誰かがそう呟いた。
直後、白刃が霧の中で迸った。
ゴゴゴと火山活動のような轟音が地を揺らした。
うっと思わず足を止めそうになるトウマ。
嫌な記憶だ。昨日の記憶が呼び起こされたのだ。
王宮での一件。その音は宮殿が崩れ落ちる音に酷似していた。
足の力が抜け、トラウマに呑み込まれそうになった彼を動かしたのは、
「ただでは死なんぞぉぉぉお!!」
死する人の声。
それがトウマを突き動かした。
(死ぬ……また、誰か死ぬのか?)
死というものに敏感に反応するトウマ。
人が死ぬのを防がなければならない。自分のせいで誰かが死ぬなんて、御免だ。
「運が良いことに持ってるッ!」
左手に握られし蒼の剣、それを逆手に回し、大きく振りかぶるトウマ。
もう近い、現場は目の前だ。
見えた瞬間にたたき落とす、その心構えで地面を走った。
「死ね…………」
冷酷な言葉が聞こえた直後、と同時にトウマは自身と同じように刃を振り上げる男を捉えた。
完全に死角だった。捉えた男にそれは見えていなかった。
勝利を確信した男に、天高く飛んだトウマが正義の鉄槌を下す。
―トウマが振りかぶった剣を躊躇なく落とす―
着地。間に合った、と安堵するトウマ。
大丈夫ですか、と声を掛けようと後ろを振り返った時、トウマは驚愕した。
刃を振り下ろす、切ったはずの男。
飛び散る鮮血、断末魔、崩れ落ちる切られた男。
喉仏を潰されたかのように、声が出ないトウマ。
なぜ、どうしてと嘆くトウマ。
「逃げたか……だが我らの因果は断てぬ。再開した暁には我が太刀が血を啜ることだろう」
霧が晴れた時、トウマが見た男――
血塗られた小太刀を握る手には戦闘グローブがあり、凛とした表情に光る黄色の瞳、襟高の戦闘服。
「……ッ、お前は」
トウマに目もくれず現場を後にするハンニバルがそこにいたんだ。
直後、またしてもあの感覚がトウマを襲った。
ダメだ、まだ誰が、誰が切られたのか確認する必要が……。
地を這いながら意地でも意識を飛ばそうとしなかったトウマだが、それに打ち勝てることは無く、意識は闇へと落ちた。
☆★☆★
「――っはぁ、はぁ、はぁ!」
汗をかきながら意識を取り戻したトウマ。
血眼になって周囲を見ればそこはザマスにある老舗の裏手。
意識を失う直後に見た光景となんら変わりない。
「なんだったんだ……」
自身の隣に無造作に置かれた手帳を拾い上げる。
一応念の為、と開いたページを見る。
「――ッ」
そこにはまたしても拙い字で、人の死について書かれていた。
その下には、今後は映像化して人の生死や出来事を見れる、と書かれていた。
次回 第四話 「今後は……」




