第五話 命をかける意味
相対するのは貴族のような美しい女性。他の女性と比べて群を抜いて美しい、というわけでもないが、醜いわけでもない。
おそらくそれはドレスの装飾にある。有刺鉄線のようなものや、骸骨、など普通ならばアクセサリーとして身につけるものでないのを装着している。
不適な笑みを浮かべ両の手をトウマに向けて伸ばす。
「救いを求める声……あなたからですね」
「………違う」
「いいえ、救いを求めてます。なぜ死ななければいけないのか、俺が死ぬのはこんなことでいいはずがない」
「違う」
「ここで死ぬのは全てあの小娘のせいだ。全部あいつが悪い」
「だまれ!」
「だから、あいつを殺せば解決する。誰か、殺してくれ」
「違うと言ってるだろ!!!」
口から発せられたのは最悪とも言える言葉。手を自分の胸に当て何かを悟るかのように頷く。
「それら全てを叶えればあなたは救われる。たかが少女一人。それを殺せばあなたの願いは叶う。これ以上の至福はないでしょう」
トウマはそれを否定するのに躊躇した。なぜか?
それは彼が内心思っていることが含まれているからである。トウマが現在、最も望んでいることは元の世界に戻ること。そのためになら、死ぬ覚悟すらもある。
出会ったばかりの少女のためにどうして自分の命を差し出すことができるだろうか。
それでも彼が彼女を逃したのは、彼の良心からである。「異世界転生者排除法」というふざけた法律で殺しにくるのではなく、むしろその逆。
ベッタリとくっつき、昔馴染みのようであるかのように接して来てくれた。それを嬉しいと思っていたがあえて口に出さずにいることで悟らせないようにしていたのである。
ミユがポツリと呟いた正理機関、何者なのかとトウマは尋ねる。
「失礼致しました。私、正理機関「ヒュドラ=エン」分派・内包思想教化部門の教官、アメル・セクトです」
この世界にやってきて初日の彼はそんなものを知っているわけがない。眉間にシワを寄せる。
「まさか、ご存知でない? ならば教えて差し上げましょう。それが私の仕事です」
そう言うと嬉々として語り出した。その様子はまるで何かに取り憑かれているかのよう。
「私はヒュドラ=エン様に仕える者です。ヒュドラ=エンは正理機関の布教を主とした分派。
年齢層は広く、赤子から大人、老人に至るまで全員に勧誘しています。私がこれまでに成功した数は十割。仕事は全て完璧にこなします。
私は他機関と比べ、非暴力主義を掲げています。なので、平和主義者なのです。ご理解のほどお願いします。
ですがご安心を! 先ほども申した通り、非暴力主義です。野蛮な他の機関とは違い、私たちはあなたを丁寧に、厚遇し、位を与えます。どうですか? 私たちと世界の平和を取り戻しませんか?」
トウマは視線を逸らすことなく見ていた。ただそれはアメルと名乗ったものではなく、彼女の後ろにいる「子ども」であった。
その子どもたちは皆、魂が抜けたかのようにぼんやりとしており、目が真っ黒に濁っている。
洗脳にかかっている。彼はそう判断した。
「待て……その子どもたちはなんだ」
「あぁ、この子たちですね。出来立てほやほやなんですよ。先ほど入信したんです。私が強制したのではありませんよ、自ら懇願してきたんです」
そんなことは決してあり得ない。いくら、子どもが純粋で物事を一方通行でしか捉えられないとはいえそうも簡単に入信などするものか。
「どうですか? 私が救って差し上げますよ? あなたがその命をかける意味も理解できます。
―――ただ、従えば良いのです」
耳に入ってくるのは甘い誘惑。トウマが生きる意味を理解してくれている。
そうだ、命というのは結局自分のためにある。他人のために使うのは納得がいかない。誰かのために命を捧げるのは愚かな行動だと、彼はそう思った。
「ただ………従えば良い、のか?」
気がつけばその話にのめり込むように聴き入れていた。それを見た彼女も口角が上がる。
「私が全て背負ってあげます。さぁ、手をとって。救いの手です」
―――子守唄のような声。だが、脳を直接撫で回すように……。そして、差し伸べる手は青空のように澄み渡り、穏やかさを感じる。
(俺がもし、この手をとったら? 俺は自分のために十分に生きることができる)
まだ彼は葛藤していた。本当に良いのか? これは間違っていないか?
しかし、トウマという人間は自分優先の場面が多かった。
最後にあの世界で堪能した花見も、自分は行くことに反対だったのだ。無理やり連れていかれ、楽しさを微塵も感じなかった彼は、一人その場から去り、やりたいことをしていた。
クラスの誰かが自分を守ってくれたとき、こいつは正気ではないと真っ先に思った。
(俺はそういう人間なんだ。誰かに尽くすなんてことをしたことがない。全てその場のノリ、流れに従うしかなかった……)
そう思ってしまうと、ミユを逃したのもその場のノリだったのかもしれない。カッコつけたいから、手帳に書いてあったからなどという、私情が入り混じっていた。
(あの時の言葉も、その場のしのぎで言った言葉だった……)
それでは結論が出ている。自分 > 他人という考えが浮かんでいる時点で決まってた。
トウマがその手をとる――――
取ればもう迷わずに済む。尽くす必要が無くなる。自分を貫いて自分が主人公の人生を送ることができる。
「そう、そうです。私ならあなたを理解できる。助けることができるんです」
トウマはその手を取った。ミユはとは違う、大きく大人の手をしていた。
直後、何かが内に入ってくるのを感じた。
「――ッ!」
蝕むかのようにジワジワと伝わってくる。腕から胸、足、首、そして頭へと上り詰めてくる。
「ぐっ、ぐぉああああ!」
「落ち着いてください。大丈夫です。この痛みに耐えれば救われます」
「がぁぁぁぁぁあ!?」
「傷つけば救われる。簡単なことです」
トウマはその場に崩れ落ちる。寄生虫のように入ってきたそれは外から見たらどうってことはない。ただの精神に異常をきたした病人という感じである。
「さぁみなさん、助けてあげなさい」
「「はい」」
アメルの背後にいた二人の子どもがトウマに触れる。その直後、体全身に倍以上の痛みが走る。トウマは街中に響くような叫び声をあげる。
「少し強いです。緩めてあげなさい」
「「はい」」
すると、痛みが引いていく。それにより悶絶する程度にまで落ち着いた。しかし、それでもなお痛みは消えない。
「もうすぐです。救われます」
そう言った直後、すんっと痛みが引いていった。トウマは立ち上がる。その瞳はもう輝きを失い、どす黒く泥水のようだった。
「あぁ………私はまたしても人を救いました。あなた様の理想に近づいています……ヒュドラ様!!」
狂乱と化したように天を仰ぎブツブツと何かを言う。二つ名として「狂人者」というのがあってもおかしくないほどに……。
「次はミユ皇女。あなたを今度こそ救ってみせます」
涙を流しながら誓う。
正理機関とは、世直しを目的とし活動している宗教団体。それに偽りはない。だが、その裏で行っている事は極悪非道。
世界征服を目標に、千年以上前から活動し続けている。正理機関の分派の数は不明。
最も活発に、信者を増やし最大の分派となっているのは「ヒュドラ=エン内包思想教化部門」。他の信者の倍の人数を抱えている。
特に教官であるアメル・セクトは凶悪であり、固有能力によって日々、信者を増やし続けている。声をかけられたらお終いだ、とまで言われている。
その犠牲にトウマも含まれてしまったのだ。
一度入信すれば、抜け出す事は困難。死んだも同然なのである。
ミユはトウマがそうなることを恐れ引き留めたのだ。




