第二十五話 「二度目の合流」
トウマの手に握られた名剣。それはかつて世に名高かった有名なものだった。幾千年もの間、人々はその剣を手に入れるために命をかけて探し求めていた。だが、結局それは叶わず途中で諦める人間がほとんどだった。
いつしか人の記憶から消え失せ、おとぎ話として語り継がれるようになった。その所在は依然として不明であったが、今この瞬間より空想の中で生きる剣では無くなった。
「はぁ……はぁ……ったぞ、やってやった」
剣を杖代わりに膝を付く。彼は一度死にかけている。「暗黒竜」の尾をギリギリで掴んだあの瞬間、これまでの人生で最も集中し、力を使ったといっても過言では無い。
「トウマ殿!」
ジュラルらが駆け寄る。皆目に薄らと涙を浮かべている。死んでしまったと思った人間が生きているからだ。中でもミユはボロボロと泣いていた。
「よがっだぁー! 死ななくでぇー!!」
「うぉわぁ!!」
馬乗りになりギュッとトウマを抱きしめた。それを見たトウマは軽く微笑むと、そっとミユの頭を撫でる。自身をここまで心配してくれる人がいる、ということが嬉しいのか、くすぐったいのか、ずっとミユの頭を撫でていた。
「ところで、その剣はなんですか」
ウリルの言葉を聞いたトウマは件の剣を渡す。落とさないようウリルは両手で受け取る。それをマジマジと見れば、透き通る海のような蒼、鞘の中心にはダイヤモンドのような宝石が埋められている。
ガララと音を立てながら剣身を露わにする。独特の紋様が刻まれた銀の刀身。それは見るものを魅了する神秘的な剣だった。
これを見てなお、ウリルは「うーん」と唸りながら隅々まで確認する。途中からジュラルも加わり、同じように端から端まで研究しているかのように観察する。
こういう時、ジュラルが長年培った老人の蓄えというのが役立つのだが――
「これは……見たことがありませんな」
彼の言葉にトウマは驚愕した。ジュラルでさえ、この剣のことについて知らない。彼が知らないのなら、他の誰にも分からないだろう。
「トウマ殿は何か知っていますかな?」
こういう時に話を振られるのは剣を引き抜いた張本人ことトウマ。無理もない、彼が突然として「暗黒竜」の弱点を言い出したのだから。
「えぇっと」と言葉を挟みながら彼は考える。彼とてそんなことは知らない。聞かれても仕方がない。
「む、昔聞いたことがあったんですよ! 竜の尾の中に眠っている剣があるって、それを引き抜くことは竜の心臓を潰すことと同じだって」
咄嗟に出た彼の嘘。ジュラルとウリルはなるほどと言って頷く。無論そんなことは知らないし、事実かどうかも知らない。
「この剣の名前は知ってるんですか?」
今度はウリルがそう聞く。またしても唸りながら適当な嘘を考える。竜の中に剣……ハッとトウマが思いつく。
「草薙剣! 確かそれだったかなと……!」
日本神話に出てくるヤマタノオロチ討伐が過ぎったトウマはその時に登場する剣の名前を出した。これが本当に草薙剣なら一大事である。
「随分と変わった名前ですね、どこの国生まれなのか……」
チラッとジュラルとウリルがトウマを見る。流石にこれ以上嘘をつくのは申し訳ないし、この世界に存在する国名など知るわけが無い。
首を勢いよく左右に振り「知らない」という意思を伝える。
「そうですか、まぁとりあえずは良いでしょう。ともかく今は脱出することを――」
ジュラルがそう言った直後、彼等の近くで物音がした。その方向を見てみれば、額から血を流すボロボロの銀髪の少女がいた。
「ゴフッ……何を、盛り上がってやがる……」
正理機関「ヘカテ=パラジーズ」のカシーシュ。黄金色の瞳にはまだ闘志が猛っているが、身体はそうとはいくまい。片腕は破壊され、立ち上がるだけでも厳しい。
「オレの……大事なモンを奪いやがってェェ!!」
血反吐を吐きながらそう叫ぶ。次の瞬間、皆殺しだと啖呵を切ると、まずはトウマに襲いかかった。
トウマはジュラルから「草薙剣」を受け取ると、構えの姿勢を作る。だが、彼とてもう限界は近い。ジュラルも片腕は死んでいるし、ウリルとミユに至ってはもうエーテルが残ってないだろう。
「死ねェァァ!!!」
細身の足に力を入れ、上への推進力に変える。片手を振り上げるがクローはもう無い。ただの打突だ。仕方がない、そう呟くとトウマは上段に構える。そして、二人が激突する瞬間――
カシーシュの背後から魔法が飛んできた。火、水、風、雷、土、光、「六大元素」が色とりどりの光を放ちながら空を走った。
それらは寸分の狂いもなく、カシーシュを捉えた。火が彼女を焼き、水は手の形に変化して彼女を地へと叩きつけ、風は彼女の首を掻っ切った。雷は彼女を穿ち、土は泥となり彼女を土へと還らせた。残った光はその場を照らす太陽の代わりとなった。
刹那だった。その場にいた四人は何が起きたのか分からなかった。カシーシュが飛んだと思ったら次の瞬間には地面へと埋まっている。
魔法が飛んできた方角から一人の人物が現れた。
「無事か!!」
翠玉のように美しい髪、クッキリとした二重、橙色の瞳には心配の念が見られる。甲冑を身にまとい、深紅のマントが風にたなびかれ、四人の元へと走って行った。
「ワンジュ様!」
「兄上!」
「ワンジュだー!」
ガチャガチャと重い音を響かせながら駆け寄ると彼は皆を抱きしめた。
「ぐぉっ……お、俺もか」
トウマに関しては鎧とワンジュの腕力に圧縮され、押し潰される寸前。
ミユとウリルはワンジュの熱い胸に抱かれ強い安心感を得た。しばらく抱擁を交わした後、五人は離れる。
「ワンジュ様、外の状況はどのような感じでございますか?」
「正直芳しくない、信じたくないがもう陥落するかと……」
ワンジュは先程まで外の戦場に身を置いていたこともあるが彼は歴戦の強者。場の状況を正確に理解することは長年の経験で培われている。
ジュラルはそれを聞き顔を顰めた。出来ることなら今すぐ打って出て敵を蹴散らしたいところなのだが、彼の片腕はもう死んでいる。
それに気がついたワンジュが言った。
「その腕、まさか――」
「気になさらずに。未熟故に招いたことです」
深紫の色に変色し、痩せほっている腕はもう機能しないだろう。何を施しても治ることはない、本人も他の人も理解していた。
「そうか、にしても……」
ワンジュはフッと視線を移す。彼の目に写っているのは完全に生気を失った「暗黒竜」。特に、ズタズタにされた尾の部分を意識的に見つめる。そこからは未だに鮮血が溢れ出している。
「あの怪物をよく倒したな」
ワンジュは外の戦地で天空より飛来する火球、いや竜の姿を正確に捉えていた。その図体のデカさときたら、厄災でも降ってきたのかと思うほどだった。
「誰がトドメを刺したんだ?」
ワンジュがそう問いながら四人を一望する。ワンジュの中では概ねジュラルがやったものだろうと思っていたが――皆が口を揃えて言った。
「トウマ殿です」
「トウマです」
「トーマだよ!」
思っていた人物名が出てこなかったことにワンジュは目を見開いた。パッとトウマを見てみれば、先程まで気が付かなかったが彼は全身が紅に染められていた。
トウマとワンジュはほんとに一度だけだが、真剣での稽古をしたことがあった。その時は確かに、トウマの成長速度に圧倒されたが、「四大古竜」を倒せるまで化けていたとは思わなかったのだ。
「まさかでしょうけど、俺……ですね」
「これほどまでの成長をいつの間に……」
「火事場の馬鹿力ってやつですよ、たまたまです」
そう言ってトウマは照れくさいのか目線を逸らし頭をポリポリとかいた。彼の中で自身を過小評価しているが、ワンジュの瞳に写るトウマは怪物を倒した英雄である。
「そんなことは無い、どのようにして変化したのか分からないが君にはほんとに私から礼を言いたい」
そう言ってワンジュは頭を下げた。トウマはすぐさま頭を上げさせようとしたが、ワンジュは断固として譲らなかった。
皇族の彼が従者のトウマに頭を下げるという異例の事態。何故そこまでするのか。彼の大事な弟妹を救ってくれたからである。戦場に身を投じ、先陣を切って戦うほど勇敢な彼だが、内心では家族を一番に想うほど優しい心を持っている。彼が戦で先頭に立つのは全て、家族を守るためである。
自身の命にも変え難い人間を守ってくれたトウマという人間に最大の感謝の意を示す方法、それが皇族の自分が頭を下げること、だった。
「本当に感謝する……!」
「え、あ、えぇ……?」
トウマはどうしたら良いか分からなかった。頭を上げるようにと言っても彼はそうしない。かといってそのままなのは失礼だし、と進退窮まったトウマ。そんな状況に救いの手を差し伸べたのはやはりジュラル。
「ワンジュ様、外の兵が入ってきたら大変です。すぐさま脱出を――」
ジュラルの言葉に何かを思い出したかのように顔を上げるとすぐさま立ち上がって言う。
「そうだった……! 私がここに来るまでに数名の兵士がいた! 急げ、もうやつらは内にまで来ている!」
なんと、グラン帝国の兵士は既に王宮内に入りつつあると、ワンジュは言った。その言葉を聞いたほか四名もすぐさま広間の抜け道を目指し、走り出した。




