第二十二話 「意地と怒り」
四人の目標はあくまでこの王宮から脱出をすること。それは依然として変わらず、彼らの共通認識である。隙があれば、一斉に突破を試みる所存だ。だが、「暗黒竜」から逃げようにもカシーシュに邪魔されるわ、カシーシュから逃げようとして「暗黒竜」に邪魔されるわで逃げることは困難だった。
時折上がる人の叫び声や火の手などが時間が刻一刻と経過し、その時が来ることを知らせている。急がなければならない。いずれ落ちるこの国から逃亡するために。残念なことに、彼ら四人の進みたい方向にいるのがカシーシュと「四大古竜」なのだ。
もう、時間が無い。そんな時に倒したはずの「暗黒竜」が再び立ちはだかった。
「暗黒竜」が腹から血が出る程の咆哮を上げる。それは先程とは比べ物にならないほど甲高く、足が震えだしそうなものだった。咄嗟に四人は耳を塞ぐが、それでもなお、竜の吼えるは硬膜を揺らす。
「コイツはなァ、俺がやられればやられるほど強くなるし、夜に近づけば近づくほど強くなるんだよなァ。つまり、お前らは自分で自分の首を締めたってわけだなァ」
カシーシュが不敵な笑みを浮かべた。その時、闇夜の影に溶けながら「何か」が飛び出す。それはみるみるうちにジュラルの首もとへ迫り、噛み付く――寸前で彼は振り向きざまに一刀両断した。
鮮血を散らし、灰と化していくそれを見れば「暗黒竜」に劣らずの色をした魔獣。そう、ここら近辺にはカシーシュの手駒が無数に潜んでいる。やつらは絶好の機会を伺っていた。
その魔獣が一匹だけであったら良かったが、そんなことは無い。前述の通り、数え切れないほど闇に溶け、牙を研いでいるのだ。
これより数の差が圧倒的に上回れ、戦況的に不利となった。少しの隙を見せれば、そこを魔獣どもが食らいついてくる。
だが、隙を見せるなというのはあまりにも無理があろう。
ここで竜が動いた。巨体を前へと倒し、四足歩行へとシフトチェンジする。その様は哀れな竜と呼ぶに等しかった。どこを見てもボロボロで深紫色の鱗は砕かれ血が吹き出している。爪は割れているし、目は見えておらず、角も片方は折れている。
その中で片割れの角が煌めいた。角が発光源となり、周囲が閃光で包まれる。その光景に四人は圧倒されていたが、銀髪の少女だけは満足そうに頷いていた。
直後、ムワッと正体不明の黒煙が現れる。明らかに異様で危険。身に浴びたらどうなるのか、吸ったらどうなってしまうのか、是非とも気になるところだがそれは「死」を意味する。
「逃げろ!」
トウマの声で四人はその霧から逃げ出す。やむを得ない、進みたい方角とは異なるものの今は命を優先しやければいけない。ここで死んでは元も子もない。
だが網にかかった獲物を逃がすほど甘くは無い。「暗黒竜」の魔の手から逃れている間、今度は魔獣が襲いかかる。上から落ちてくるものや、地面を走り正面から肉を喰らおうとするもの、突如として闇の中から現れるもの。
一瞬でも判断が遅れれば死んでしまう。闇夜の中で銀閃の嵐が、炎や風、氷、雷の魔法がキラッと輝く。その度に魔獣の断末魔が響く。足を止めるな、足を止めれば闇に飲まれる。
「――ッ」
工事でビルを倒壊させるかのような衝撃音が聞こえ続ける。巨岩が塊となり竜へと落ちたあの時と同じ音が彼らの耳に入る。ドンッとなる度に上下に揺れ、竜の咆哮が聞こえてくる。
間違いなかろう、追いかけて来ているのだ。魔獣を切り裂き、紫紺色の霞に背を追われ、さらにその後ろには「暗黒竜」が迫って来ている。
「――まずい!」
四人は思わず足を止めた。前方にいるのは魔獣の軍団。それも最後尾が見えないほど。どれもこれも涎を垂らし、鋭利な牙を見せつけている。ガルルと喉を鳴らして今にも飛びかからんばかり。
後方には謎の黒煙が迫っているし、ここで切羽詰まってしまった。
前に進んだとしても突破は難しいだろう。ミユとウリルを見れば息を上げている。先程から走り、魔法を使い、走りの繰り返しだったために疲労がかなり蓄積されたのだ。
広範囲の魔法が使える二人が戦えないのでは仕方がない。トウマとジュラルで突破口を作るしか――
「あははは! 死ね死ねェ!!」
カシーシュの声も近い、ということはもうすぐそこまで「暗黒竜」が迫っているということだ。
やばいやばいやばい、トウマの心が焦りと死への恐怖でいっぱいになる。
どうする、前方に突っ込んで道を作るか?
いや、二人を守りながら進むなんてことは今のトウマには出来そうにない。だが、煙の中を進むことなどありえない。色からして明らかに普通では無い。先程のブレス然り、当たれば死んでしまう。
じゃあどうすれば良い? 前も後ろも進む道がない。切羽詰まった状況で、どんどんと追い詰められていく。魔獣も一歩、また一歩と駒を進めるように歩く。霧もまた、どんどんと廊下を闇へと誘う。
「君はボクに頼らざるを得ない状況になる」
ゼロがそう言ったことを思い出す。それが、これなのか?
突破口を見い出せず、前も後ろにもいけない。これがゼロの言った頼らざるを得ない状況なのか、とトウマは思う。どうする、呼ぶ? 呼ぶか? だが、対価を奪われる、相応のものを……。
なんだ、何を貰うんだ? この状況だったら命は貰わない、腕? 脚? 眼? 耳? どれも失えば生活が不便になる。やっぱりあいつはダメだ、頼るべきじゃない、トウマはそう結論付ける。
例えここから生き残っても彼は間違いなく不自由な生活を強いられるだろう。腕のない生活か、それとも片足の無い生活か、隻眼の生活か、音の無い世界か……五体満足で死を迎えたい。誰もが思うことだろう。それはトウマとて例外では無い。
「だが待て、ここで死んだらどうなる」
死ぬことは終わりを意味する。この世界で積み上げた財産を持っていくことは出来ないし、生きていなければ出来ないことも不可能になる。死の先に行くのは天国か地獄か。天国、地獄、どちらにしろ最後は転生という道を行かされる。
そうすればトウマという人間は完璧に消え去り、記憶がリセットされるのだ。さすればトウマはもう現代に帰るという目標もクソも無くなるのだ。
だったら、とトウマは意を決する。
「おい、ぜ――」
「ガァァァァァァ!!!」
ゼロを呼び出そうとした直後、この戦い何度目か分からない脅迫のような吼え。あまりにもデカすぎて近いのか遠いのか分からない程だ。
いい加減に――嫌気が差した時、火玉が飛び交い、雷鳴が轟いた。咆哮のした方角から飛び交い、それが四人に襲いかかった。
「な、なんですか!」
ウリルが狼狽える。豪炎の弾をトウマとジュラルは剣で、ミユとウリルは避けながら時に防御陣を展開しながら命を繋ぐ。
だが、その時に最高の食い時だと思った魔獣らが飛び出す。目の前に餌があるにも関わらず、「待て」と命令され続けていたやつらが満を持して牙をむき出しにする。
ゴロロと霹靂が喉を鳴らした直後、地を割らんばかりの落雷が襲いかかった。業火を対処し、魔獣とも戦わなければいけないのにそれは無理だろう。
だがそれは杞憂に終わる。
なんとその雷は魔獣に命中したのだ。千を超える灼熱が魔獣の肉体を焼き付くし、一瞬で灰に変化した。
「どういうことだ?」
まさか味方なのか。そう思ったトウマだが、二度目の落雷は彼の真上へと落ちてきた。咄嗟に下がるトウマ。
もしも味方であれば彼の頭上に落とすような真似はしないだろう。では、一体なんなのか。そう自らに問いかける一行。
その後も無数に落雷が襲いかかったが、魔獣に落ちる時もあれば四人に当たりそうになることもあった。あまりにも不規則、いや下手と言うべきか。
「見て見てー」
緊張状態の戦場の中、ミユがいつもと変わらないテンションで皆に言う。彼女に火玉が二つ食らいつこうとしていた。猫耳の少女はぴょんぴょんとその場で跳ね、それに気がついていないかのようだった。
トウマとジュラルが本能的に動こうとする。もう火の弾丸はすぐそこまで来ていた。彼女に当たる――ことは無く、ヒョイっと横にズレると後方にいた魔獣に命中した。生きたまま焼かれるという未知の苦痛に悲鳴を上げ悶える魔物。その後、間もなく絶命した。
「こーやるとラクだよー!」
小さな丸顔を満面の笑みで満たしてそう言った。なるほどと一行は頷いた。剣で弾いたり防御陣で防ぐなど火玉をその場で燃焼させていたが、避けて敵にぶつけるという手段は思いつかなかった。
ミユの手本を参考に三人も実践する。極限まで引き付け、突然避けるという見切り。当たると思っていた魔獣の意表を突くため、やつらは避けられない。この作戦を繰り返し、魔物の数を減らしては進み、減らしては進みを繰り返すことで霧からも逃げ続けることができた。
だが、魔獣たちも馬鹿では無い。徐々にその行動に慣れ、やつらも回避するなどして焼かれるということを減らしていった。それでもなお、落雷は時として魔獣に命中した。それに関しては依然として不明であったが、魔獣の数が減るというのならば良いだろうと彼らは気にしていなかった。
魔獣の数は減りつつあるが、濃煙は消えることなく彼らの後を追っていた。それに関し、怒りを露にしている人物が一人。
「しつこいですぞ!!」
ジュラルだ。霞があり続けることによって「暗黒竜」とカシーシュの姿を捉えられず、目的地へと行けない状況に苛立っていたのだ。
「冷静を保って下さい!」
ウリルがそう叫ぶが彼の苛立ちはそう易々と落ち着くものでは無い。その苛立ちを好機と捉えた魔獣が襲いかかる。
彼は怒りのままに剣を縦横無尽に走らせる。あっという間に飛びかかってきた魔物を細切れにした。しかし、そこに火玉が襲いかかる。
すぐさま剣を縦に走らせる。先程までなら炎を割り、防ぐことが出来たが異変が起きる。
「なんと――?!」
炎は二つに裂けることは無く、ジュラルの剣に食らいついたのだ。彼と炎での鍔迫り合い。だが「筋力増強の祝福」を受け持つ彼にとってそれは悪手だ。彼の両腕が盛り上がると同時に炎を一刀両断にした。
「――ッ!」
剣を振り切った彼の目が捉えたもの、それは眼前に迫り来る黒煙。ここに来て煙の進行速度が上がったのだ。
苛立ちをも忘れて彼は命からがら体勢を立て直し回避をした。だが、間に合わなかった。
左手に数万の針が刺さったかのような痛みを感じたのだ。こんな所に針など無かった。つまり、霧に飲まれたのだ。
「ぬぅぅぅ!」
ジュラルの腕を飲み込んだと同時に霞は存在しなかったかのようにフッと消えた。ジュラルを傷つける、ことではなく誰か一人でもダメージを負わせることが目標だったかのように。
トウマとミユが魔獣の相手をし、ウリルがすぐさまジュラルの元へと駆け寄る。
「大丈夫ですか!」
「大事無いです、不覚を取ったことお許しください」
大したことは無いと豪語する彼だが右手で左手を抑えていることを見れば相当な傷なのだろうと感じる。ウリルは簡単な治癒なら出来ると言ったが、ジュラルは断固としてそれを拒否する。
「治療は必要ございません、すぐにでも脱出を」
苦悶の表情を浮かべるジュラルを放っては置けないと言うがそれでも彼はミユとウリルの脱出が第一であり、無駄なことに時間を割けないと言う。
だが、本心では従者が主人の世話になるなどありえないという意地があった。それだけは譲れないと彼は内心思っていた。
「あれれー? おじいちゃんだいじょぶですかァ?」
人を見下すかのように嘲り笑う声。顔を上げれば物陰に溶け姿は見えないが「暗黒竜」に跨る銀髪の少女ことカシーシュがもう目の前にいる。
「可哀想に、暗黒竜の霧は腐らせる効果がある。もうその手は終わりなんだよなァ」
魔獣どもを牽制するトウマとミユもそのことを聞いていた。ここでジュラルという貴重な戦力を失う訳にはいかない。何より彼はこの先のミユとウリルの人生には必要不可欠なのだ。
「ほんとに運が良かったなァお前たちはよォ、角が折れてたせいで出力が低下しちまった、けど、次はねェなァ!!」
そう言いうと無傷の暗黒竜が現れた。
ジュラルとウリルはその姿に言葉を失った。魔物を一通り片付けたトウマとミユも後ろを振り返れば、目に復讐の炎を双眸に灯し、艶めいた鱗が紅い月に照らされている「暗黒竜」がいることに目を見開いた。
一瞬ではないとはいえ、あれほどの傷を完治させるという事態に冷や汗をかかずにはいられなかった。
「あははは! さぁ、やり直しだ」
カシーシュが凄腕の治癒士なのか、はたまた「暗黒竜」の自己再生能力なのか。どちらにしろ、こいつらのどちらかを倒さぬ限りこの戦いは終わらないと、トウマは思った。




