第十九話 「逃亡と合流」
トウマは先程の男衆が話していた内容をそのままヘルメスへ通達した。この国の皇族の筆頭、次期皇帝のソンヨがこの反乱を招いたこと。
「トウマ、後は僕に任せるんだ。君は抜け道を通り国外に出るんだ」
異様に落ち着いて最後まで聞き、そう言った。異様に落ち着いてるヘルメスを見て、もしかしたら予想していたのか、そんな考えが過ぎる。
もうこれ以上は足でまといになる。傷は塞がれたとはいえ、倦怠感もややある。加えて武器が無い。徒手で戦ったとして、どうして生き残ることができようか。
壁に手を当て、それを支えに立ち上がる。立ちくらみのようなクラっと頭を揺さぶられる感覚を感じながら立ち上がる。
「なぁヘルメス、どうして人がこんなにもいないんだ」
「分からない。この国の兵士たちはもう、王宮の外で血を流してる。だけど、王宮の中にも味方は配置したと聞いている。だが、僕も一人として見かけなかった」
ヘルメスも暗闇の中で眉間にシワを寄せていた。
トウマのように知らないうちに異空間のような場所に飛ばされた、と考えることもできるが、ヘルメスが残っている以上それはありえない。
壁を伝って歩くトウマの横を並行して歩くヘルメス。食堂の外へと出る二人、途中まで送ろうかと 言うが必要ないとトウマは言う。
「ヘルメス……本当に良いのか」
その問いに何がと返すことも無くヘルメスはコクリと頷く。それを見たトウマは大きなため息を吐く。何故このように頑なに運命に逆らうような素振りすら見せないのだろうか。
彼の脳裏に過ぎるのはダイシバの言葉、
「与えられた任務をこなす。私情は関係ない」
暗殺者として生を受けたのならばその責務を全うし息絶えることが本望だと。
ヘルメスはこの国に恩義がある。返せないほどに。だからこそこの国に一命を捧げ奉ることがその恩に報いる方法だと思っているのだろう。
だがそこに否を叩きつけるのがトウマという人間なのだ。国のために死ねなどという思想は彼も知っている。彼の生まれ、日本では「神風特攻隊」という部隊が存在していた。
敵の艦隊に体当たりをし、祖国を守るために母親は青年まで育てたと彼のおじいちゃんが心苦しく語ったことを思い出す。その時代、逃げることは大罪であり国と死の鬼ごっこを繰り広げることになる。
だが今はどうだろうか、そのような風習は微塵もない。ヘルメスやダイシバのように決められた路線に沿って一直線に走る必要は無い。
やりたいことをやる、生きることに執着する。そのように生きることを惨めだと思っているのか、彼らは頑なに譲らない。
「トウマ、君の気持ちは分かる。だけど、僕は本気で恩を返したい。僕が受けた恩と奉公が不釣り合いだなんて僕は嫌なんだ」
「――っ」
御恩と奉公の関係は平等であるからこそ成り立つもの。トウマ自身も借りたものはキチンと返し切ることが人としての礼儀であり、当然のことだとそう思っている。
共通の思想を抱えるもの同士だからこそ、トウマはヘルメスの考えを否定出来なかった。逆の立場だとして止められたとしても折れる気は一切ない。
「ソンヨ皇子のことは僕に任せるんだ、君は速く広間に」
そう言って立ち去ろうとした直後だった。
「「「ワァァァァァ!!!」」」
悲鳴、いや歓声とも言える声が聞こえてきた。その響きはトウマたちの元にも届いた。そして、それに続くかのように叫び声がこだまする。それらの声が何なのかは分からないが、場の緊張を助長させたのは間違いない。
「急げトウマ!」
浅葱色の袖を振り払い、真っ直ぐ広間への方向を指さすとその声がした方角に向けて駆け出した。その背中を見て声を掛けようとしたが、ヘルメスの俊敏さに敵わず追えなかった。
「多分、外の兵士たちか」
駆け足でその場を去るトウマ。王宮の外には宮殿を囲うかのように守備兵が配置されている。敵との兵士数の差は知らないが、個で戦うとなれば勝ち目は無いだろう。
彼らが少しでも時間を稼いでくれている間にトウマは脱出をする必要がある。
走ることが難しいために、駆け足が今の全力のトウマは広間を目指す。
もしも、ダイシバとの戦闘に集中せずに抜け道に行ってたらどうなっていたのだろうかと、トウマは考えてしまう。いや、そんなことは死んでも選ばなかっただろう。誰かを見殺しにして自分一人だけで生き残るのは寝心地が悪くなる。
「それよりも、武器が欲しいところ……」
戦場を手ぶらで歩き回るやつなどいるわけが無い。持っていた剣はダイシバに叩き折られた。残っていたのはほんの少しだけの刃と柄の部分。無いよりはマシだが、あっても心もとない。
この辺に運良く剣が落ちていることはある訳がない。
「あ、あった」
訂正しよう、運良く剣が落ちていることも十分に有り得る。道端に十円が落ちているように、足元を見れば鋭利な武器があることもあるんだ。
数メートル先に落ちている剣の元へ駆け寄る。それは特段変わったものではなく、ごく普通の剣だった。それを見たトウマは少し残念そうに呟く。
「これが伝説の剣とかだったら良いのに」
そうすればこのような状況すらも打破できるのに。だが、とりあえずは武器を手に入れることが出来ただけマシかと彼は思う。刃渡りは前回のものと大差ない、握り心地も悪くない。
「日本刀握ってみたいって一時期思ってたけど、今思うとあんまり良いものじゃ無さそう」
この世界でも剣は殺戮に使われる。彼は決して人を殺めるようなことはしない。だが、人を殺すことができる代物を持っていることが少し嫌なのだ。
何よりこれで準備は出来た、道中自分の行く手を阻まんとするもの達から身を守ることは出来る。鞘をギュッと握りしめ、暗闇を歩く。
しばらく歩いていると、空の景色を見られる廊下へとたどり着いた。暗闇の中に浮かぶ紅の月、それも異様であるものの、別のことにトウマの意識が移る。
「うっ……なんだこの匂い」
鉄錆のような匂いだ、宮殿内に工場がある訳では無い。金属の加工を行う工場が無いのならば、答えはただひとつ。
鉄と同じ臭いを発するものがある。
「血だ、誰かの血痕だ」
徐々に近づくにつれ、鼻につく臭いが強くなる。同時にポチャ、ポチャと液体が垂れる音が聞こえてくる。
嫌な感がトウマの緊張感を煽る。まさか、そんなわけが無い、そう思って歩み寄る。
暗闇が晴れていき、音の正体が露になる。
「ガルルルルルッ!!」
犬が威嚇をしているかのような声色。暗黒の世界が晴れ、声の主が現る。
全身を墨汁で満たしたかのように黒いボディ、全身がフサフサの毛で覆われ、鮮血のような瞳が「四つ」。そう、その魔獣には首が二つあった。細長い顔には鋭い門歯がキラッと輝く。
「なんじゃこりゃぁ!」
得体の知れない生物を目にしたトウマは思わず半歩下がる。首が二つ、おとぎ話のような世界に迷い込んだかのような感覚に襲われる。
瞬間、紅の眼が動く。漆黒の身体は闇に溶けカモフラージュされる。ワン、という可愛らしい犬の鳴き声ではなく獰猛な虎のような声が響く。
「「ガルァァァァァ!!!」」
躊躇なく、トウマに突進を仕掛けてくる。トウマは小刻みに震える手で柄を握る。彼の顔には焦りと恐怖が入り交じった感情が浮かんでいた。
なぜそこまで恐怖を感じるのか、それは魔獣の背後にある死体である。無惨にも血溜りに沈み、肉を喰らわれていた人間がトウマに恐怖心を芽生えさせていた。
今夜は紅魔の月、魔獣の能力値は跳ね上がる。
気がつけばもう、剣の間合いを侵略している。トウマは前傾姿勢を作り刀身を引き抜き、刃を走らせる。
だが、遅すぎた。
トウマの振り上げる剣が獲物を両断するより、距離を詰める魔物の方が数段速かった。
それに気がついたトウマは、剣の軌道を修正する。トウマと魔物の間に剣が割って入る。その刃に二匹の獣が食らいつく。ギギギと剣が唸りを上げる。
「うぉ?!」
トウマが思わず片膝を付く。元々、野生生物の方が力も速さもある。自然界の厳しい競争を生き残るためにはそれに適応する必要がある。そのため、パワーやスピードが人を上回ることは必然。
そこに紅魔の月による恩恵を受ければトウマのスペックを簡単に超える。
ジリジリと押されていくトウマ。一方で魔獣は剣を噛み砕かんと何度も噛み付く。その度に刀身には傷がつき、火花が散る。長くは持つまい。
この勝負では押し負ける、そう思ったトウマは行動する。
「ケルベロス如きがァ!!」
膝が石畳に付いた足を振るう。それは見事に魔獣の脇腹を穿った。キャイン、という弱々しい声とともに壁に叩きつけられる。
「ケルベロスではないか……」
自分でツッコミを入れつつ、すぐさま動く。戦いではスピードが命。敵に攻撃をさせない事がどれだけ有利な展開を産むか、トウマは分かっていた。壁に項垂れている双獣にトドメを刺さんと剣を振り上げる。それが振り下ろされる――ことは無かった。
後方で地を蹴って飛んでくる音がしたのだ。トウマはバックステップでその危険を回避する。
「フハハハ!! 捕まえられるなら捕まえてみろ!」
そんな声とともに背後から迫る影があった。それに視線を移せば、同じく漆黒の体毛に覆われた獣に跨る少女のような姿がある。暗闇の中でも輝く銀髪に、イエローサファイアのような黄金色の瞳。胸には大きなリボン、肩にフリルがついたネイビーのジャケット、アイボリーのショートパンツ。
それを追う人物が三人。ねずみ色の着流しを着用し、剣を小脇に抱えた初老の男性ことジュラル。もう二人はオセアニアの海を彷彿とさせるマリンの瞳と黒衣のローブ。そして、なにより猫耳が特徴である。ミユとウリルだ。
「あぁん? どうした、誰にやられたんだ」
そう言って壁に横たわる二つの顔をもつ魔獣に問いかける。すると、小刻みに相槌を入れ、魔獣は説明するかのように声を上げる。そして、最後に大きな唸り声を上げトウマの方向を見つめる。
それと同時にその少女の目の色が変わる。
「オレの可愛い子をいじめやがって、ぶち殺してやる!!」
「ギァァァァァ!!!」
主人が唸ったと同時にその下にいる魔物も威嚇をする。それを見たジュラルが咄嗟に暗器を抜き、投擲しようとする。が、その動作より素早く魔物が襲いかかる。
ミユとウリルも即座に魔法を放とうとするがその時にはもう遅かった。
トウマも同じく剣を構えるが、襲いかかる魔物の図体が先程より一回り以上に大きい。言うなれば虎を二倍の体格にしたかのような動物が一直線に地を裂き、空を切る。
直ぐに防ぐ……が、こんなものを止められるのか?その言葉が浮かぶ。答えは否だ、剣を折られ、肉を食いちぎられるだろう。
「死ねっ!」
獰猛な怪物が大きな口を開ける、その口の大きさ、顎の筋肉はこれまでに見た生物の中でも屈指のもの。やむを得ない、そう判断したトウマは呟く。
「プロテゴ」
刹那、防御陣が形成される。六角形が無数に連結しトウマの前に立ちはだかる。だが、それを見ても少女と獣の勢いは止まらない。
「トウマ殿ー!!」
ジュラルが叫んだ。
もう眼前にまで迫ったそれらを防ぐにはこれしか無かった。そう言い聞かせトウマは待ち構える。そして、その距離がゼロになった時
グシャッ!!
何かが潰れ、砕け散るかのような音が響き渡った。同時に鮮血が宙を舞い、魔獣が倒れ込む。 それに跨っていた少女も落ち、地面へと投げ出される。
トウマの造る「プロテゴ」の強度は先の戦闘で明らかになった。それを信じ、防ぎきれると思っていたのだ。結果は八割は彼の思い描いたように進んだ。残りの二割、想定外だったこと。
それは、少女が乗っていた魔獣が頭を砕き死んでしまったこと。電柱に最高速度で車が突っ込むと死ぬように、最高硬度を誇る防御陣を破れず死んでしまった。
少女はフラりと揺れながら起き上がる。
「てめぇ、オレの可愛い子ども達を何匹痛めつけりゃあ気が済むんだァ?」
ギロッと尖った視線を送る。そんなつもりは無かったと弁明しようとするがそれを聞き入れるほど優しい相手では無い。
「オレは正理機関ヘカテ=パラジーズのカシーシュ、兄ちゃん名前はなんだ」
「トウマだ」
「そうかそうか、ふふふ……ふはははは、あはははははっ!!」
カシーシュと名乗った少女は髪をかき上げ高らかに笑う。
背後にいた首を二つもつ魔獣はジュラル達が処理していた。魔物が灰と化していく様子を見届けた三人はトウマへと視線をやる。すると、彼の背後に怪しく光る何かを見つけた。
「――トウマどのぉぉおおお!!」
腹の底から声を出し、危険な状況にあることを知らせる。その声に反応したトウマは振り返る。自身の背後にあった未知の物にトウマは冷や汗が零れる。
「はは……やっばぁ」
轟々と大気を割り、雲を裂き、灼熱の焔を吹く。それが天空より飛来してきていた。それはまるで、火球のようであった。




