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第三話 猫耳のお嬢様

 「お嬢様……どんな方なんですか?」


 お嬢様といえば品性のある、厳格で、表裏のない玉のように綺麗な人を思い浮かべる。だが、中には横暴でやりたい放題する悪役令嬢という人もいる。


 (手帳には特徴が一切書かれてなかった……くそ! 書いとけよな。もしもそれで、現代世界に帰れるなら良いけど)


 それを聴いたヘルメスは言った。


 「まぁ、見れば分かるよ。お楽しみに」


 「えぇ……教えてくれないの? ていうか、なんで僕なんですか?」


 「ちょうどさっきまでお嬢様に仕えるに相応しい人を探してたんだけど、君の声を聴いてね。


 助けたら君はきっと僕のお願いも頷いてくれるだろうと思ったからだよ」


 くっ………核心をつかれている。間違いない。俺は確かに、借りは残したままにしたくない人間だ。だから、借りができたらなるべくすぐに返したい。


 だが!


 お嬢様の付き人なんて……俺は現実世界に帰る方法を探しているのに!


 「見えてきたね。あれが王都だよ」


 そう言って指さした。その方向には真緑の森林地帯が開け、青い大河のようなものが見える。

 なによりとても高い塔のような建造物も見られる。だがまだ距離が大きく離れている。そのため、ぼんやりとしてはっきりとした輪郭が捉えられない。


 「あの、具体的に何をすれば……?」


 「それは後々決める。今は王都ケルガルムを目指すよ!!」


 そう言って音速を超えそうなほどに加速した。風を切り、豆粒サイズだった都らしき場所が大きくなって来る。


 「ッィィィイイイ?!」


 「大丈夫だ! 死なないよ!!」


 そう言ってさらに加速する。ジェットコースターいや、飛行機から飛び降りたかのように体が風に弄ばれる。

 一方でヘルメスは涼しい顔をしている。なんだこいつ、慣れてるのか?


 そして先ほどまでの小さな建造物が大きくなる。


 最初に目に入ってきたのは巨大な城壁。日本の城の天守閣くらいの高さまで規則正しくただしく石が積まれている。ビルが横一列に並んでいるかのような威圧感。これを登れと言われたらまず無理だと言う。


 俺は城壁に圧倒された。


 「ここがシュラーゲル王国の王都ケルガルムだ」

 

 「………すっげぇな」


 (俺がいた世界とは比べ物にならない……。)


 天まで届きそうな城壁に、入国前に俺たちを迎える大門。それは木材でできている。

 長年国を守り続けてきた証の無数の傷。そして、経年変化し古ぼけているがそれが良い味を出している。その大門前には無数の人々が行き交う。


 だが、規模が大きいとなると番兵の仕事が増える。それを補うために兵士を大量動員するはずだ。


 まさしくその通りで、大量の兵士が一人一人確実に手荷物や、入国目的を聞いていた。


 俺たちも入国すべく、入り口へと向かう。それから数十分待ち、ようやく俺たちの番が来た。


 「これは! ヘルメス様!」


 「やぁ久しいねグラン、元気かい?」


 ヘルメスにグランと呼ばれた番兵はまだ若い青年だった。しかし、門番は国の命運を左右するといっても過言ではない。その兵士に選ばれているということは優秀なのだろう。


 「はい! ヘルメス様も息災なようで! どうぞ、通りください!」


 そう言ってヘルメスは簡単に内へ入ることができた。俺もその後に続こうとしたが、やはりそうとはいかない。門を潜ろうとした時、声をかけられた。


 「待て! まだお前は検査が終わっていない!」


 そう言って腕を強く引っ張られた。バランスを崩しながら後ろへ後退。


 「あの……僕、あの人と」


 「何を言うか! 貴様のような平民がヘルメス様と知り合いなわけないだろう!」


 へ、平民……やはりこの世界だと身分差があるのか。今、俺の格好は確かに変わっている。真っ白なパーカーに、黒のウインドパンツ。他の人たちはもっと薄着であり、髪色も黒ではない。


 「怪しい奴め! お前は」



 その時だった――――




 「ヘルメスー!」


 大きな声でヘルメスを呼ぶ者がいた。群衆の中を突っ切り、まっすぐ走って来る。


 その人物を見れば明るい青紫を基調に、ふんわりウェーブのロングで毛先は金色。アーモンドのような瞳には、アクアマリンのハイライト。大きなリボンが明るい紫色のミニドレスの背中にあり、肩が出ている。


 なにより目を引いたのは、髪と同じ色をした猫耳。彼女はいわゆる獣人……なのか?


 (まさかこの人が………お嬢様さま?)


 減速することなくそのままこちらに走って来る。先ほど彼女はヘルメスと呼んだ。だが俺のことをじっと見ている。その表情はなぜかすごく笑顔だ。


 そして、ピョンと俺の前で跳ねると俺に抱きついてきた。


 突然の出来事に俺は何が何だか分からず、バランスを崩しその場に倒れた。


 「ゴガァ?!」


 そのまま馬乗りになり、まじまじと俺を見つめる。


 まさか、あの男みたいに異世界人なのを見抜かれたのか?!


 「あの………」


 「お兄さん! 名前なんてゆーの? ミユにおしえておしえてー!」


 「はい………?」


 そう言って俺の視界はミユと名乗るお嬢様? に覆われた。いやいや、まさか……ね? 

 こんな無邪気で自由な子がお嬢様なわけ、ないよね?


 「ねーねー! 名前はー?!」


 目をキラキラと輝かせひたすらに名前を聞かれるのだが……どうしたものか。とりあえず名乗っておくべきなのだろうか?


 だが、俺の名前は冬馬輝(とうまかがや)だ。この世界に相応しい名前、なのか?


 「お嬢様! はしたないですぞ!」


 そう言って初老の男が駆け寄ってきた。顔には深いシワが刻まれ、髪や髭はもう真っ白だ。真っ白な色の小袖、その上にはねずみ色の羽織を着ている。


 ヘルメスの短歌と言い、日本の文化が垣間見える。もしかして、俺と同じような人がいるのか?


 「付き人! 付き人にしたげる!」


 「は、はい……」


 「ミユ様、お元気そうでなによりです」


 どうやら手間が省けたようだ。だが、これで確定してしまった。


 (この人、いや、この方がお嬢様……か。)


 「お嬢様、しっかりしてくださいませ」


 そう言って彼女の従者らしき人物がミユを俺から剥がした。

 群衆の目が痛い。色んな眼差しだ。それは俺に向けられているのか、お嬢様に向けられているのか。


 俺は立ち上がるとヘルメスに確認をとる。もう、確定事項だろうが、淡い希望を持たせてくれ……流石にこの人に仕えるとなると大変だ。


 「ま、まさか、彼女ではないですよね……?」


 「そのまさかだ。君にはこれから彼女の付き人をしてもらうよ。問題ない、もう気に入られた様子だからね。」


 そうして俺の薄い希望を崩れ去った。


 すると、足に誰かいる感じがした。まさかと思い見てみるとそこにいたのはやはりミユ……じゃなくてお嬢様だ。

 先ほどは突然のことすぎて分からなかったが彼女は意外と小さい、俺は身長百七十五センチなのだが、彼女はおそらく百五十もない。


 「お兄さんお兄さん! ミユと遊ぼー!」


 パッと明るい表情をその場でつくる。その笑顔はとても純粋で可愛らしいものだった。


 そしていつの間にか俺は手を引かれ、都市内に入って行った。


 要塞のような城壁の内側にはやはり、数えきれないほどの人で溢れかえっていた。まるで、夏の花火大会のようだ。

 石を積み上げ建てられた家々が並び、それに負けじとテントのような店舗が並ぶ。


 「こっちこっちー!」


 「うわわわぁ!」


 グイグイと彼女はどこかに向かって人混みの中を抜けていく。加えて彼女は先ほどまで一緒にいた従者、ヘルメスを置き去りにし、俺と二人で行動している。

 これでは何かあったら大変だ。


 「ふんふーん!」


 「あ、あの! お嬢様!」


 「おじょーさまじゃなくて、ミユ! ミユって呼ぶこと! ミアと約束ー! ね?」


 「は、はい! では……み、ミユ?」


 そう言うと小走りだった止めてパァッと花が咲いたような笑顔を見せてきた。

 な、なんなんだこの子……。


 「うんうん! どったのー?」


 「一緒にいた方はいいんですか? あの、俺……何かあったら戦えないです、けど……。」


 「ダイジョーブ! ミユがなんとかするから!」


 なんとも頼もしい発言なのだろうか。しかし、これではどちらがお嬢様なのか分からない。

 ミアはキョロキョロと水晶のような瞳を輝かせ何かを探している。


 そのうちに俺はポケットから手帳を取り出す。もしもの時のために先に未来投写(ミライスケッチ)だ!


 (えぇっと……えっと……。)


 お嬢様の付き人になる、という次に書かれている暗示。それは、


 「ミユと街を走り回る?!」


 どんな意味での走り回るなのかは知らないが、まぁ世界を知る手掛かりとなるのだろうか?


 だが、本命はそうではなかった…………その文章の下が重要だった。


 「ミユが…………事件に巻き込まれる?」


 どんな事件に巻き込まれるのか……それはやはり記述されていない。事件に遭遇してしまうのか?!


 俺はさらにその下に書かれている筆跡を辿る。


 「ヘルメスから離れるな」


 強い口調でかかれたそれに心臓を鷲掴みにされたかのように緊張が走った。俺は急いでヘルメスを探した。だが、いるはずがなかった。先ほど、自分たちが置いてきたからだ。


 「こっちー!」


 そんなことは知らず彼女は俺の腕を引きしばらくの間、人口密度の高い場所を歩き続けていると、突如として彼女は人がいない路地裏へと入った。


 俺はそこで警戒心を高める。手帳で確認したとは言え、予想外のことも起きる可能性があるからな。


 「ちょっと、疲れたね。少しきゅーけー! ………心配ごとでもある? 顔が暗いよ?」


 耳に入って来るのは天使のような声。

 顔色を見たのか彼女は俺の何かを感じたみたいだ。


 「路地裏ってほら、危険が多いから……怪しいやつが寄って来るんじゃないかなって」


 「だいじょーぶ!! ココは兵士たちがよく見回りする場所なの、ミア知ってるから!」


 俺はそれを聞いてほっと少し安心した。無法地帯ではなく、しっかりと巡回している。それだけで、不安が少し減った気がするよ。

 どうやら彼女は無鉄砲のように見えて、しっかりと考えを持っているようだ。


 「お兄さんお兄さん! そーいえば名前おしえてー!」


 名前……もう良いか。カッコいい名前をつけてる時間なんてない。本名、あっちの世界での名前を言うとしようか。


 「冬馬輝です。よろしくお願いします」


 そう言って俺は従者の立場を考え、膝をついた。この世界で正しい事なのかは知らないが膝を曲げ、頭を下げればいいかな?

 俺はそう思い、行動したのだが………顔を上げると彼女は少し不満そうにしていた。


 「トーマは、さほーとか気にしなくていーの!」


 作法…………あぁなるほど、堅苦しいということか。だが、お嬢様だ。ある程度の線引きは必要だろう。

 俺は立ち上がると再びミアに手を握られた。彼女の手はまだ小さい。


 「トーマ! こっちこっち!!」


 「うぉぉおお?!」


 小さいがとても強い力だ。


 俺は言葉では言い表せないほどの不安と焦りの中にいた、もしも……もし、ヘルメスを見つけることができなかったら………


 一体、どのような闇が俺たちを待っているのか。

 

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