第十二話 「秘技と再来」
夕陽に染められた廊下の一角で二人の人物が足を止めて対談していた。
「なんと! そのような事が?!」
「すでに皇帝やヘルメスから言質はとりました、間違いは無いです。あなたにしか頼めないんです! お願いします!」
「うーむ、確かにこの老体では長くは持つことはできないでしょう。しかし、トウマ殿。あなたは戦うことが出来るのですか?」
待ってましたと言わんばかりにトウマは手に持っていた一振の剣を掴むと鞘から勢いよく抜いた。柄を力強く握り、右へ左、上から下へと剣を振るう。それと同時に足を動かす姿は舞を奏でる踊り子のよう。軸のブレは無く、軽やかに動くが、どれもこれも鋭い剣舞である。ジュラルは突然の行動に声を出せず大きく目を開いてそれを見ていた。
足の踏み込みと同時にザッと剣を突き出す。規則正しく足を揃え剣を鞘へと引っ込めると「どうですか?」と言わんばかりにドヤついた顔をするトウマ。圧倒されていたジュラルは雰囲気で終わったことを察すると言った。
「今のは……何ですかな、トウマ殿」
「えぇ……?!」
一歩下がりながら大きな声を出してしまうトウマ。まさか剣舞を知らないとは思いもよらなかったと思い、口を開け続けたまま立ち尽くしていた。剣舞は古来より行われ、人類が剣を扱うようになってから受け継がれてきた舞。トウマがいた世界で行われていた以上、剣が無ければ生きていけないこの世界ではあるものという固定概念に囚われてしまったのだ。
「見たことがありませんな。それが証拠になるのですかな?」
「えぇっと、俺の故郷ではそうですね」
「日本では」なんて言っても伝わるわけがなく、場所を聞かれたりしたら詰みである。
「では手合わせを、と言いたいところですが、もう時間は無い。トウマ殿の言葉を信じることに致します」
「ありがとうございます。では、今すぐに脱出を―――」
「いえ、その前に一つよろしいですかな?」
と、そこでジュラルが遮った。人生の絶頂期はとうに終了したであろう彼の眼には微小の炎が宿っていた。
「そこまでして貴方が前線に立ちたい理由を聞かせてもらいたい。以前、正教騎士団へ勧誘した際は断ったはずでは?」
トウマは「確かに」と思った。彼の中でその質問の答えは決まっている。全ては自分が元の世界に帰還するため、ここで数少ない頼れる人間を見捨ててしまう訳にはいかないから。自分の中ではそう結論づけているが、彼の心ではどこか腑に落ちない部分があった。もしかしたら、自分は―――
「本当は……」
「自分の命を天秤に掛けても不釣り合いとはならない、そうは思っていませんかな?」
そうだ、その通り。この国が滅亡の一本道を走ることが確定したと知った時から、そう感じていたのかもしれない。
こんな世界に親しみを感じることなど微塵もない。そのように思っていたが、『異端者』である自分をこうも暖かく受け入れてくれた人たちに報いたい。そんな感情を抱きつつあった。
しかし、そのことを認めたくは無かった。認めてはいけない。この世の理から大きくずれた自分が、法に則り命を狩られるべきである人間が……馴染むことなんて許されることは無い。何より自分は消え去る運命にある。いつかは忽然と消息を絶ち、別れを告げる時がやって来る。なのに、これで死んだら意味ないがな。
何を言われようが、いくら諭されようが全面否定をするべきだ。
「いや……違いますよ。恩、借りを返すだけですよ。命の危機に瀕した俺を助けてくれたヘルメスから全て始まり、そこから大きな渦となり沢山の人を巻き込んだ。その人たちに恩を返したい、ただそれだけですよ」
「左様ですか、ならばそういうことに」
ジュラルは手を後ろに組み、歩き出した。
トウマは心の中では謝罪を繰り返し、軽いため息をついた。情が深くなれば、別れが辛くなることに比例する。互いのためにも浅い関係を築くだけで良い、それがトウマの考えである。
「トウマ殿!」
何かを思い出したかのように踵を返してきた。顔にはやや焦りの表情が見られる。トウマは呆然と立ち尽くしていると、
「肝心の居場所を聞き忘れてました、お嬢様と皇子様はどこに?」
「部屋にいるらしいです」
それを聞いたジュラルは感謝の言葉を述べると来た道を戻って行った。時刻は数字で表すと「十七時」といったところだろうか。
明日が決戦の日だ、だから今日はもう休むべきだ。そう思い、自室へと帰ろうと思った時だった、
「トウマ、何をしているんだ」
「あ、ヘルメス」
花浅葱の仙服に身を包んだ美形の青年、髪の頂点に小冠を置き、その場に佇むヘルメスがいた。その顔は怒気と驚愕が入り交じった顔があった。
どうしてここに―――そう言うだろうと予想していたトウマが先に口を開いた。
「俺はここに残る、ヘルメスと戦うよ」
「引き時が来たらここを離れるんだ、それが条件だ」
トウマの言葉に返さずヘルメスは淡々と話を続けた。
「え、いや、それじゃあ意味が」
「そう、その通りだ。僕が君を助けた意味が無い」
そう言われ、返す言葉も無くなったトウマ。受けた恩は絶対に返す、それが彼の流儀である。
「もしも君が恩に報いたいと思っているなら、引き際を間違えないで欲しい。お願いだ、これだけは守ってくれ」
ヘルメスは王宮に残ることに反対はしなかった。彼が頑なにダメだと言ってもトウマが譲るわけが無い、そのことを知っていたのように。
当たり前、そう返事をすると安心したのかヘルメスの口角が上がった。すると次に何かを思い出したかのように言う、
「そうだ、トウマ。君に一つだけ教えたい技があるんだ。大事なものだから絶対に覚えて欲しいんだ」
ヘルメスがサッと手を横へ払った。すると、蜜柑色の六角形がいくつも連結した薄い壁のようなものが宙へと現れる。
その光景に少し見とれていたトウマはそれが魔法であると確信した。それと同時に多少の不安を抱えた。
「これはプロテゴ、いわゆる防御魔法だよ。近年開発されたばかりで、武器と魔法、両方の攻撃を防ぐことができる優秀なものだよ」
「両方をカバーできるのか、それは使えるね」
だけど、とトウマが続ける。肉体の構造を変化させ戦闘者としてのベースが整ったとはいえ、魔力が彼の身体に宿ったとは一言も聞かされていない。つまりは、「プロテゴ」を使用することが出来ないかもしれないのである。
「やり方のコツとしては一つ一つの繋がり、頑丈さを意識するんだ」
肉体の構造を変化させることは禁術であるとヘルメス自身が言っていた。念の為を思い、彼の耳元で囁く。
「俺って、プロテゴ? 使えるのか?」
「当然だよ、使えるように僕が改変したからね。上手く出来るかは君次第だけど」
そう言われたトウマはでは早速と言わんばかりに手を大きく広げる。先程のヘルメスと同じように手を払う。するとトウマの眼前にスラスラと角形を綺麗に描きながら防御陣が形成されていく。
上手くいった―――
そう思った直後、図形どうしの連結が乱れ隙間が出来てしまった。これでは完璧に攻撃を防ぐことは出来ない。一撃でも喰らえば更に結び付きは弱まり、簡単に崩れ去ってしまう。
すると、突如としてヘルメスの輪郭がブレた。同時に彼が常備している扇が突き出される。その速度は神速と呼ぶに等しいものだった。しかし、その挙動をトウマは捉えていた。だが、それはあまりにも速すぎた。剣や槍で刺突を放つよりも何倍も鋭いヘルメスの攻撃はトウマが形成した「プロテゴ」へ到達した。
触れた瞬間、まさに刹那だった。
パリンッ! というガラスが割れたかのような甲高い音とともにバラバラに崩れてしまった。ヘルメスの突発的な行動にトウマは呆気に取られた。
彼は半歩後ずさりし、鬼のような気迫を目の当たりにしたことでやや冷や汗をかいていた。防御陣が無かったら今頃は―――
「まだ少し脆いけれど上手に出来たほうだよ、実践でも通用する」
トウマが作成した「それ」の完成度を確認するため、実験として試したのである。満足そうに頷くとトウマに背を向ける。
「防御陣の展開には普通時間が掛かる、でもこれならその心配は無用だよ。即時展開が出来るように最新の研究で開発されたんだ、しかもそれは極秘でね。だから知っている人は少ないし、使用できる人もほとんどいない」
相手からしたら初見の技である。攻撃で初見であることはもちろん厄介であるが、防御の方がより面倒である。術式を紐解くことが出来なければダメージを与えることは出来ないのである。
さらに良いことに存在を知っている人間がこの世界ではほとんどいないこと。
「それじゃあねトウマ、これが最後になるかもね」
褐色の瞳には闘志が宿っている。閃光のように明るい眼をトウマへと向けると歩き去った。
「……プロテゴ」
具現化された防御陣は先程よりも規則正しく並び、辺どうしの結合もまた先程より強固なものである。
扉をノックする時の手の形をつくり、トウマはそれを軽く小突いたり、叩いてみる。
先程割れたときの高音から察するにやはりガラスのようなもので出来ている。コンコンと奥まで通り抜けるような感覚。力を入れて殴ってしまえば簡単に割れてしまいそうだが、そうとはいかないだろう。
「極秘なら使用は控えておいて、ここぞという時に使ったほうが良いのかもしれないな」
巻き起こる大戦で国は滅んでしまう。だから、どうせ使っても問題はない。そう思っても問題は無いが、それは「こちら側」の話。「あちら側」つまりは帝国側からすれば、今後に役立つものであることに変わりない。捕縛されて敵国登用なんてされたらたまったものではない。
「さて、俺は」
自室へと帰り、休憩をとろう。そう思い、足を踏み出した瞬間だった。
スっと黒い何かが陰から飛び出す。その「何か」には音という概念が無かった。実から無が現れたかのように突如としてやって来た。
暗闇から銀の閃光が走る。その鋭さは万物を両断できるほど。
それがトウマの背を穿つ―――
「あぶねぇぇ!」
その場で地面を蹴り抜き前転をした。その刃が直撃する瞬間、トウマは躱した。向きを反転しながら一体誰だと姿を確認する。
「―――! お前は!」
漆黒の黒衣を身にまとい、紫艶色のくっきりとした瞳が真っ直ぐトウマを見据えている。加えて手には偃月刀が握られている。
その異様ともいえる姿を過去に一度トウマは見たことがあった。
「武器変化」の相伝祝福の所持者であり、暗殺一族の出。過去に一度トウマは死の淵に追い込まれている。
鞘から剣身を抜くトウマ。それと同時にみるみると雰囲気が変化していく。一切の怖気を出さず正面から迎え撃つつもりである。だが、彼の闘気はあの時とは違うのだ。
そして二人は空気を裂く勢いで地を蹴った。これが両者、否―――国家規模の争乱開始の狼煙であった。




