第八話 「傾国の英雄」
昔、世界には四つの大国があった。無数の種族が入り混じり、互いの思想をぶつけ合い、理想とする世の実現のため、はたまた我欲のために、好奇心のために……。
ある時、三つの国が盟約を交わし一国を攻めた。四つの中で最も大国であるその国の存在が疎ましかったからだ。報酬は大国の土地の割譲。時代の舵を渡せと言わんばかりに怒涛の勢いで侵略していった。
主要都市を次々と落としていき、略奪をし、士気を向上させた。国規模の報酬は土地だが、人単位のものは決められていない。欲しいなら奪え、その言葉を体現するが如く兵士たちはやりたい放題していった。
だが、かの大国には一人の若者がいた。名声が世に広がっていない大英雄になる人物がすでに産声を上げていた。
連合軍は略奪を働いていたこと、自由奔放にやっていたこともあり規律が存在していなかった。誰かが足を止めて玉を拾うとこぞって同じことをしだすほどだった。
―――だからこそ、連合軍は敗れた。
強固な城塞を攻めている時のことだった。いつものように大軍を率いて都市が陥落しそうになった瞬間、隕石のような火玉が突如として空から飛来してきた。単体では無い、無数に、推測は不可能なほど。
轟音とともに他は揺れ、悲鳴がこだまする。像がアリを踏むように、簡単に人は潰された。それによって城壁の外側にいる軍は粉微塵、それと同時に城門は固く閉ざされた。
次に聞こえてきたのはまたしても悲鳴、一頭の馬に跨り、右手には銀槍、左手には宝剣をもち無人の境を行くかのよう。至るところに跋扈している連合軍をたった一人で圧倒し、討ち取った名のある将は三十人以上。
あまりにも一方的であった。名を名乗り一騎打ちを仕掛けようとしたものは瞬き一つの間に首が宙を舞っていた。数では圧倒的に勝っている同盟軍は万を超える被害者を出された。
その都市を侵略していた軍は壊滅、他の都市からの援軍もことごとくその人物が崩壊、蹂躙していった。白銀の鎧は返り血で真っ赤に染まり、その様子は正に鬼神であった。
氷柱のように鋭く冷たさを放つ髪色、卵の表面よりも艶やかな肌、鋭気を放ち続ける黄金の瞳、誰もが英雄の証だと、そう語った。
名を「クラウド・アーサー」と名乗った人物の年齢は十八。まだ年端もいかない青年がたった一人でそれらを行った。火玉の飛来から五分以内の出来事だった。その短期間で、亡国になるであろうと思われていた国はそこから立ち直った。
連合軍を跳ね返した大国は戦力が低下した三カ国を一気に滅亡へと追い込んだ。
傾国の英雄は誰だ、それを尋ねると皆誰しも「クラウド・アーサー」と言う。
「アーサーって……ヘルメスと同性の……?!」
「アーサー家はそれからずっと血脈が続いているよ、現当主があの青年。歴代当主はもう百を超えてるかな、ボクがあったことあるのは数人だけだけど」
「やっぱりあいつはとんでもないやつだったのか」
ゼロから言われた英雄譚に俺は感嘆せざるを得なかった。自身の置かれている状況が件の人物と同じとは言わないが、似たような事を行おうとしている。
傾国の英雄……そいつがいたらこの状況も簡単に打破してくれるんだろうな。空から隕石を降らせて、その後は武力で押し切るのか。
「まぁ、君には無理だけどね!」
「ぐぬぬぬ、否定出来ないのがムカつく……!!」
しかも実体が無いことをいいことにバカにしやがって……!
だけど、こいつの言う通りだ。今の俺には不可能、たかが数日でその英雄になることなんて百無理。ゼロが実体さえ持っていればより選択の幅が広がるのに、その考えが俺の目に浮かぶ。
「そろそろ認めるべきなんじゃないかな」
ゼロが何か確信をついたのかそう言ってきた。認める、それは諦めたことと同義。
だが認めるべきだと言われても思い当たるものは一つもない。俺が頑なに断りを入れて志を貫いているのはシュラーゲル王国を救うということ。ただそれだけ。つまり、それを諦めろということか?
だが、そんなのも受け入れるとでも思っているのか。例えなんと言われようが、見捨てるなんて選択は視野には入らない。
「この国を捨て―――」
「ボクという手段は視界に入らないのかな?」
「手段? まさか、お前は」
「その通り、ボクがこの危機を解決してあげるよ。入れ替わりに関してはもう一度やったよね?
ボクが実体として現れるんじゃなくて、君の身体を借りる。だから客観視すれば人格だけが入れ替わっただけになる。
ボクがこてんぱんにすれば君はかの『英雄』のように讃えられる。晴れて君は竹帛に名を残し、守りたい人を守ることができる」
俺はあえて完全否定はしない。こいつの言っていることは分かっている。その方が楽ができる。いや、それは私情だな。なによりも、その方が確実、成功率が上がる。信頼しているわけでは無い。俺の勘がそう言ってるだけ。
そうだな――
喉まで言いかけた言葉を俺は引っ込めた。一瞬、ほんの刹那の間だったが俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
こいつは大事なことを言っていない。俺がやってやる、だから―――
「俺に何か差し出せ」
そう言われたわけでは無いが、同じような言葉が勝手に脳内を突っ走った。
「『対価』として、ボクを君の中に住ませてほしい」
初めてゼロと会った時にそう言われた。こいつの力を借りる代わりに、代償を必要とすると言われたのを思い出した。
「ボクの意見に――」
「共感はした。でも、今度は何を望んでるんだ? 俺の中に住むこと。それが初めだったか?
代償は相手がとった言動と同じ分の払う必要がある。ゼロ、お前はそう言った。今、俺にとって何よりも優先するべきことは亡国を救うこと。これはそこいらの対価では支払えないもの。
指か? 腕か? それとも脚? はたまた命を取るのか?」
俺が言った直後、ゼロは言葉を引っ込めた。どうやら痛いところをつかれたらしい。まぁそれもそうか、これに気が付かず了承していたら、バカにも程があるか……。
「勘が良いのか、はたまた記憶力が良いのか」
声のトーンが変わった。陽気でおちゃらけた雰囲気から一変し、やや低音な声色。どこか冷徹さを感じる。やつはフッと嘲笑を加えて語りだした、
「そうだねぇ、ボクがどうして君の中に居座るのかあの時言ったんだけど、覚えてるかな?」
「当然だろ、人間になりたいから、だったろ?」
こいつの正体は人間ではなく、確か「粒子」だった気がする。人間になるために、俺の肉体を利用するとか……そんなものに頷くつもりは一切ない。
「その通り、ボクは人間になりたい。だから君と契りを交わした」
「いや、あれは強引な―――」
「そうだね半ば強引だった。だけど『次』はそうとは限らない。君はいずれボクに頼らざるを得ない状況になる。その時は昨日のようにはいかない。
しっかりと『対価』をもらう」
やつは具現化されていない。だが、目の前で絶対零度の圧力をかけられたかのように冷や汗をかいた。声色から察するに悪巧みをしている。
「お前、頼らざる得ないって」
「時が来たらボクを呼ぶと良い、力になってあげよう。だけど」
瞬間、部屋の灯火が消滅。暗闇の世界に誘われた。キョロキョロと見渡していると一筋のスポットライトが照らされた。
それに呼応するかのように一人の人物が現れた。クリーム色のロングヘアーに、七色に彩られた華やかな瞳、魔女の帽子に丈が長いローブ。顔には不敵な笑みが浮かばれている。
ゼロだ、こうして会うのは二度目だ。
コツコツと音を響かせながら眼前へと迫ってくる。フッと笑うと少し斜めに首を傾けて、言った。
「大事なものをボクはもらう」
その迫力はこれまで見たことがないもの。足がすくむ。声にならない声で俺は半歩下がった。
俺、なんでこんなやつと身体を共有してるんだ……。こいつは間違いなく物語中の「悪役」だ。そんなやつと手を組んでるなんて最悪だ。今すぐにでも縁を切りたい、早く元の世界に帰りたい。
―――再びの暗闇
それに伴ってこの先の展望も真っ暗だ。恐らくだが、ゼロが現れることはないだろう。俺が呼び出さない限り。
あぁ、一人だ。俺は、本当に単独で事を成就させないといけない。本当に自分だけでどうにかしなければ……。なんでだ、どうして俺なんだ。この世界に来てから安息というものを知らない気がする……!
逃げたい、もういっそのこと振り返らずに帰る事を優先すれば、いやダメだ。後悔する、俺は絶対に悔やんで引きずるに決まってる。
「……ヘルメスは、あいつなら、悩みを聞いてくれるかもしれない」
だがなんと言えば良いのか。あと三日だ、三日後、ここは戦地に化ける。そうなってしまえば全てが終わる。それまでに作戦を練る必要がある。到底俺一人でなんて無理に決まっている。だからこそ人を頼る、最も信頼を置く人間に!
光が戻ってきたな。事態は急を要する、急げ、俺!
立ち上がった。バタンと部屋の扉を勢い良く開けて俺は走り出す。普段どこで何をしているか分からないが、走り回っていたら絶対会えるだろう。
これが終わったら……この事件が解決したら絶対に帰る。何がなんでも帰る。もう後のことは俺の知ったことではない。
この世界の神は俺に何か恨みでもあるのだろうか。来て早々に腕を飛ばされて、使用人になって、図書館で死にかけて、今は不気味なやつと肉体を共有してる。そして果てには国を救えだと?
もしも俺にチート能力があるのならば良いだろう。この世界で生きていく術を神に与えられたなら先陣を切って戦う。だが俺に与えられた能力らしきものは未来が書かれた手帳のみ。それを手にしたところで俺が超人になれるというものではなかった。体に流れているのは異世界の平和な人間のもの。争いごととは無関係なものなんだ。
――だぁ、くそが!
「神さまはなんて不平等なことをするんだ!」
思わずそう叫んでしまった。宮殿いっぱいに響き渡る。すると、そこに一つの影がさす。
「珍しいね、大声を出して走ってるなんて。何かあったのかな?」
俺はパッと後ろを振り返ると浅葱色の仙人のような装いをし、扇子を手に持った碧色の美しい髪、整った顔立ちをした男。俺が探していた人物である。
「へ、ヘルメス!」
「急いでいるなら悪い事をした、申し訳ない」
「違うんだ! 聞いて欲しいことがあるんだ!」
俺は無理やりヘルメスの手首を掴むと、人気の無い柱の陰へと連れていく。やや強引ではあるものの、一刻を争う事態なんだ、これくらいは許して欲しい。ヘルメスは珍しく愕然としていたが、俺がこれから話すことの方が驚くだろう。
用心深く何度も人が来ないかを確認し、一息吐く。どんなことを言われるか、乱心したと思われるだろうか。
「ヘルメス……助けて欲しい」
「うん? 僕に出来ることならなんでも言ってほしいけど、本当にどうしたんだい?」
普段と異なる雰囲気を察知した彼の疑惑は深まるばかりである。俺はまたしても軽く息を吐いた。
「国を、この国を助けることに力を貸して欲しい」
「それは常日頃から行っていることだけど……?」
「違うんだ」
俺は再び強引にヘルメスの腕をグイッと引くと耳元で囁いた。結局俺は遠回しに言うことを考えておらずダイレクトに、ありのままに伝えた。だが、手帳やゼロのことは言っていない。
ただ「国は滅びる」、その言葉を伝えた。
流石のヘルメスでもそれは予想だにしていなかったことらしく珍しく冷や汗をかいているようだった。数学の難問を前に悪戦苦闘している時の俺のような表情を浮かべた彼は重く口を開いた。
「実はさ………」
「―――っ!」
ヘルメスの口から発せられた言葉。それがこの国の命運を確定させたと、そう言っていい。
「帝国と、戦争を……する?」
普通なら滅びるなんていう発想はないが、未来を知っている俺だからこそ分かる。間違いない、その戦争でこの国は、
「跡形もなく滅びる……!」
最悪はもう目前まで来ている。




