第二話 神に与えられた祝福
「誰がぁぁ! 助けてぐれぇぇ!!」
俺は最後の希望を乗せて天に助けを求めた。叫び終わると平衡感覚が狂い始めたのかフラフラし始めた。男としてダサいが、そんなもの関係ない。死ぬことがいちばん怖いんだ。死を免れるならプライドなんて捨ててやる。
「だぁれも来ねぇよ。来たとして、誰もてめぇを助けねぇ。お前は異世界人、災いなんだよ」
「俺が、何したってんだよ! 同じ人間だろうが!」
「だぁーうるせぇうるせぇ。そんなもん上の連中に聞けよ」
直後、しかい
俺はその場に倒れ込んだ。辛うじて意識はあるが、腕の出血が酷すぎた。出血を抑えているならまだしも、何の処置も施していない。死という未知の恐怖が全身を無理やり動かしていた。とうに限界を超えている。
「誰か……助けて、くれ」
「遺言は終わったか? 早く帰って報酬貰いたいんだわ」
チンピラはそう言って俺の頭までやってきた。男の影が動く。両腕を大きく振り上げ、今度こそ俺の命脈を絶とうとしている。
「じゃあな」
別れの言葉が聞こえた直後、男の刃によって俺は命を絶たれ──るなんてことは無かった。ポタッという音が聞こえた直後、上から鮮血が落ちてきた。
「──っ?!」
俺は顔だけ動かし、上を見た。
男は時が止まったかのように剣を大段上に構えたまま動かなかった。
目を真っ赤に血走らせ、鼻と血を垂らしている。なんだ、と思っているとポツリとこんな声が聞こえてきた
「痴れ者は 人道害し 富盗む」
五七五の俳句が聞こえた直後、男は剣を地面に落とし膝を着いた。その時になってようやく男の後ろに人が居ることに気がついた。
西洋の海のように波打つ碧髪、日本人の特徴でもあるブラウンの瞳を開いた整った顔立ちの青年。万年を生きたように清廉潔白さを象徴する仙服。
イケメンとは彼のためにある言葉のように感じた。
「師曰く、欺くことなかれ。而しかしてこれを犯せ」
チンピラの背後でまた呟くと男は白目を剥き、口からドッと血を吐いて倒れた。碧色の青年は男の首元に手をやり脈を確認して、小さく頷くと俺に寄ってきた。
「助けを呼んだのは君かな?」
「え、あはい。俺です」
「到着が遅れてすまない。もう少し早かったら君が怪我することになかったのだが」
青年は欠損した俺の腕を見てそう言った。「俺が助けを呼ばなかったからで、君のせいでは無い」と言おうとしたが、彼は
「今から腕を治すよ。動かないでね」
「え、そもそも貴方は誰?」と聞こうとしたが、彼はやけに馴れ馴れしく俺に近づくと自身の手を俺の右腕に伸ばした。
俺は直視することは出来なかったが、黄金の光が灯され数秒後には腕が治っていた。「終わったよ」、青年の一言で俺は自身の腕を見る。失ったはずの右腕が、何事も無かったようにそこにあったんだ。
「こ、これが治癒魔法ってやつ、か?」
「そうだよ。ところで君、名前は」
俺が尋ねようとしたことを青年は聞いてきた。大丈夫か俺、「助けてもらって礼も言わないし名前も伝えないこいつはどこの誰なんだ」とか思われてないかな。そんな心配から俺は思わず、頭を低くし土下座に近い姿勢を取りながら挨拶をした。
「初めまして。助けていただきありがとうごさいます。トウマ・カガヤって言います」
念の為、危惧していたことを述べた俺を見て彼は微笑し「かしこまらなくて良いよ」と言った。
「僕はヘルメス・アーサー。気軽にヘルメスって呼んでくれ」
好青年だ。間違いなく学校にいたらモテていたに違いない。羨ましいが、助けてもらった恩人にそんなこと口が裂けても言えない。
「あの、貴方は──」
「諸々の説明は飛びながらするよ。ここに長居すると、少し面倒なことになりそうだからね」
彼は当たり前のように飛びながら、と言った。
飛ぶ? 簡易飛行機でもあるのだろうか。それともタ〇コプターとか取り出すのだろうか。答えはどちらでも無かった。
彼は俺の手を取ると、地面を軽くトンっと蹴った。すると、豪速で空に飛び上がる。俺は未知の体験に肝が冷えた。
「なんじゃこりゃぁ!」
「しっかりと掴まってて」
俺はチラッと下を見る。数秒前まで自分たちが足を付けていた地面は既に数百メートル下にある。落ちる、なんてことは考えたくもない!
俺は彼の言葉通りにギュッと掴まった。その間も彼は減速することなく斜め上に急上昇を続けた。やがて、安定期に入ったのか斜めから徐々に平行になって行き、風を心地よく感じるようになった。
どこまでも続く深い森林地帯。その中で開拓されたであろう通路が見える。そこに俺は転移したみたいだ。
てか、この人あのチンピラが言っていた『異世界転生者排除法』だ、とか言い出さないよな?
俺は心配になり青年の顔をチラ見した。太陽のように明るく輝く瞳。俺はそれを見て助けてもらったのに何考えてんだ、と自分を叱責した。
「ところで君はどうしてあんな所に?」
「あぁ、えぇーと。故郷で祭りがあったんですが、一人休憩して休んでたら気がついたらあんな所に……。俺にもイマイチ分からなくて」
俺は咄嗟に考えたでまかせを言った。嘘をつくのは悪いことだが、時についた方が良い嘘もある。そうだ、仕方ない。
「そうか、それは大変だったね。もしかして、数刻前に発生した魔力災害の被害者かな?」
「えぇ、多分そうかと……」
とりあえず場の流れに合わせて置けば良い、と俺は思った。試されているかも知れないが、俺に打てる手はこれしかないんだ。
「そうなると、行くところがないね。仕方ない特別だ。近くにあるシュラーゲル王国の国都ケルガルムに君を招待しよう」
ヘルメスの口から発せられた単語、それはやはりこの世界は異世界だと思わせるものだった。
「あ、ありがとうございます」
俺はとりあえず深呼吸をしようと目を逸らしたが、不意に手帳のことを思い出し、ポケットから取り出した。
アルファベットのFが二連続で書かれたそれは、今後起こる俺の未来を指し示しているものと言い切って良いだろう。
実際、二つの未来が訪れた。腕を落とされる未来と、死を回避する未来。うち、後者は俺の取った行動で変わった。まぁその結果、男が代わりに死ぬ運命になったが……。仕方ない俺を殺そうとした奴だ。殺す覚悟で人を襲うなら、逆にされるのは当然だ。うん、俺は悪くない!
それまで最悪な未来だった内容が、俺の行動で変化し別の未来へと導いた。つまり、俺のやるべき事はこの手帳を使って迫りくる最悪な展開を避けつつ、異世界を生きる。
いや、俺は現実に帰る。元の世界に帰るんだ。俺がここに長居すれば必ず良からぬことが起こるに違いない。それで、誰かが死ぬなんてゴメンだからな。
俺はこの手帳を元の世界に帰るための道具として使う。だが、こいつは少し恐ろしい所がある。多分だが、この手帳は俺を助けようとしていない。起こることを、ただ告げているだけだ。
ただ道具として扱うと決めたとなれば早速、中を覗いて次の未来を確認、と。
『ケルガルムにて、ヤンチャなお姫様に仕える』
「……マジか」
やんちゃ、つまりはお子ちゃまだろう?
つまり悪役令嬢などとは違うベクトルの大変さを味わうことになるんだろう。そんなのを相手にしながら、帰還なんて到底できそうにないな。
「どうしたんだい?」
「あぁ、いや。えぇと、もしかして俺って雇われたり……なんてことはないですよね」
「おや、勘が良いね。君は僕と同じ付き人になってもらうよ!」
「デスヨネー」
この手帳に書かれた以上、そうなることは確実……とは言えないか。俺がここで断って、無理やり逃げればこの未来には辿り着かない。
だが、俺は恩知らずな薄情者になるつもりは毛頭ない。しっかりと恩は返して去るつもりだからな。
「さぁて、飛ばすよ!」
「え、ちょっ、うわぁぁぁ?!」
こうして俺はヘルメスに連れて行かれ、王国の国都ケルガルムとやらに連れて行かれた。




