第二話 神に与えられた祝福
「ぁぁぁああ!!!!」
俺の右腕は無くなった。ハゲのチンピラが一度振るっただけで焼けるような痛みが走った。未来が書かれ、俺を助けるために与えられたであろう手帳は助けてくれなかった。
不思議なことに手帳にはそんな記述は一切書かれていなかった。チンピラに襲われる、その一行だけが書かれていた。
「悪いな少年。これは決まりなもんで」
俺はその場でのたうち回る。右腕が無くなるというあり得ない出来事に俺はただ叫ぶことしかできなかった。
このままでは死んでしまう、そう思った俺は本能的に逃亡を図る。
だが、それを許すほど甘くなかった。
強烈なローキックが立ちあがろうとしていた俺の足にヒットする。その直後に骨が軋む。
それはまるで格闘家が放ったように鋭かった。
「ガッ………っあぁ………!」
「立てないだろ? 暴力の祝福を受けた俺の攻撃は痛いか?」
そんなこと耳にも入れず俺は死にたく無いがために這いずってでもその場から逃げようとした。
(くそ喰らえってんだ………俺が何した? 突然ここに連れてこられて即座に死亡? おかしいだろ!)
地を這いずる中で俺は残った左手に何かを握っているのを思い出した。
この世界にやってきて初めに見つけた物、「FFの手帳」と書かれた奇妙な本。
何か、生き残る術はないものかと俺は淡い希望を抱き震える手でページを捲る。
「襲撃をかけたチンピラは死亡する」
ただその一行が書かれていた。だが、これもまた先ほどまでなかった記述だ。そもそも、この手帳が信用できるのか分からない。
こんなものに自分の命を任せても良いのか? 俺の中で若干の葛藤が生まれる。
だが、手記に書かれた内容はそれだけで終わっていなかった。続く形であらまし以下のことが書かれていた。
「叫ぶことで助けがやってくる」
それを見た時、俺は叫んでいた。何故か?
俺は生きることに必死だったんだ。そんな馬鹿げたことで人なんてやってくるはずもないのは分かっていたのに……。
「助けてくれぇぇぇぇぇえ!!!」
俺は腹の底から、命をかけて叫んだ。それはもう、手足の痛みをぶっ飛ばすほどに。
「はっ、誰もこねぇよ。異世界転生者排除法がある限り、お前を助ける奴なんざいないのさ。」
「げほっ………っく………くそ……がぁ!」
俺は手帳を再び見るが何も変わっていなかった。
「叫ぶことで助けがやってくる」それだけが書かれていた。
男はズカズカとこちらに歩いて来る。ギラギラと剣を輝かせながらニマニマ笑っている。もう、勝ちを確信している……いや、その後の報酬か何かあるのだろう。
そして、その時がやってきた。
剣を大きく振り上げた。じゃあな、と言って剣が振り下ろされようとした時―――
「我救う 人望失い 嫌われても」
そんな下手な五七五とともに、浅葱色の仙人のような服に身を包み、扇子をもち煽っている誰かが現れた。
「………!」
それを聞いたチンピラは慌てた様子で声がした方向を振り返る。先ほどまでの余裕は消え去り、顔には汗が滴り、表情は強張っていた。
「痴れ者は 君に背き 消え失せる」
再びどこからともなく、五七五が聞こえて来る。やはり、お世辞にも上手いとは言えない。
助け……で良いんだよな?
「やめろ!」
チンピラの男はガシャンと持っていた剣を落とし、その場に崩れ落ちた。目からはボロボロと涙がこぼれ落ち、耳を塞いでいた。顔は先ほど以上に絶望の色に染まり、苦しそうにしていた。
それを見ているこちらとしても、恐ろしくなる。ただの短歌だ。何も怖いことなどない。
「師曰く、欺くことなかれ。而してこれを犯せ。」
「ぁぁぁぁあああ!!!! やめろ!!! やめろぉ!!!!」
そしてついに男は発狂しながら、自分の頭を地面に叩きつけ出した。何度も、何度も打ちつけ頭から血を流し始めた。
「やぁ、大丈夫かい?」
そう言って誰かの手が肩に乗せられた。
俺は咄嗟に振り返った。そこにいたのは碧色の髪に、ヘーゼルブラウンの色をした爽やかなイケメン。
その表情からは恐ろしさなど微塵も感じられない。
「右手、治ったでしょ?」
そう言われて右手を見れば、なかったはずなのに確かに俺の右腕があった。まるで腕を失ったことが無かったことになっているように……。
「ここにいると危ない、こっちだ」
そう言って俺の手を取った。俺は咄嗟に青い手記を拾い上げる。そして、地面を軽く蹴るとフワリと体が上昇した。
「うわぁぁあ!?」
「大丈夫、死なないから」
天に届く勢いで上昇していく。それと同時に周囲の情景が目に入る。
どこかしこも緑ばかり。はじめはそれらが草なのではないかと思っていたが、違った。全て木なのである。
俺は運悪くも森の中に転移したみたいだ。
「ぐぉぉぉぁああ!!」
あの男の声だ。いまだに苦痛の中にいるみたいだ。あいつは、短歌を聴いただけであんなふうになってしまった。だが、一方の俺は無事だった。
俺は自分の手を取っている男を見つめる。もしかして……俺はそう思い手帳を広げる。
「ヘルメス・アーサーに王都ケルガルムに連れて行かれる」
あの男との出来事の下にはそのように綴られていた。
「ヘルメス……アーサー……?」
「そう、僕の名前はヘルメスだ。よろしく」
「えぇっと……よ、よろしく」
どうやら……手帳に書いてあることは必ず起こるようだ。
(なるほどな……でも、欠点があるな)
それは手帳に書かれていないことが起きることもあるということ。突如として横入りしてくる倫理観がズレているやつみたいな行動をすることがある。
「どうやら、君には効かないみたいだね」
「……? 効かない?」
やはりあの時、彼が発した言葉には何かしらの力が宿っていたのであろう。
「僕が受けている祝福は言霊。相手の過去を透視し、少しでも後悔していることや、苦しかったことを言葉に乗せ精神的に追い込む。そんな感じだよ」
「でも、君はどういうわけかそれができない。不思議だ」
ダメだ、ここで正体がバレてしまったらこの男からも攻撃されてしまう。もう、先ほどのようなことはごめんだ。
なんとかして、話題を逸らさないといけない!!
「え、えぇっと………あの、どうして短歌を?」
「ん? 短歌?」
「えぇ、あの、先ほどあなたが口にしていた五七五です」
「あぁなるほど、あれは言霊を使う条件だよ。五七五で相手の後悔や、苦しい出来事を表現するんだ。
それ以外にも詩を読んでもできるよ」
「な、なるほど……」
どうやら色々と面倒な能力のようだ……というより、個人能力みたいなのあるのか。ということは、俺の能力は未来が書かれた手帳?
使用方法は開いて読む、そして行動する。
能力って言えるのか? まぁ聞かれたら適当に誤魔化せば良いか。
だが、俺の能力とやらは少々デメリットがデカい。他の能力とは違い現実世界に実物として具現化されている。もしも、誰かに中を見られたら俺の能力では無くなる気が……。
これは慎重に扱わないと。
(多分、ケルガルムってところに向かってるんだろうけど知らないフリをしないと………。)
「あの……どこに向かってるんですか?」
「おぉっと、これはすまない! とりあえず安全確保のために王都ケルガルムに向かってるんだ。
あそこは人も多いし、さっきみたいなことは起きないはずだ」
「そうなんですねー」
やはり手帳に書かれている通りだ。そうとなれば俺は無敵なのでは?
自分の身に起こる危険を事前に知ることができる。それを避けるように行動すれば良い。無双し放題だ。
未来投写。うん、良い響きだ。俺の能力。
そこで俺はケルガルムで起こることを事前に知っておこうと手帳を見た。
「………!! うそ……だろ?」
そこに書かれていたこと……それは、俺には到底できることでは無かった。
「お嬢様の付き人になる」
おそらくこの世界の文字は俺がいた世界とは異なる。なのに………そんなことできるわけがない。世界の常識すら知らない俺が、戦うことができない非力な俺が!
「あぁ、そうだ。忘れていた」
ヘルメスは何か思い出したかのように言った。
「君には少し手伝ってほしいことがあるんだ。助けたお礼として、良いかな?」
俺はそれを聴いて確信した。俺はお嬢様に仕えなければならない、と。
ハーレムか何か出来たとしても俺は異世界に住みつき事件を解決していくありきたりな主人公になりたい訳では無い。
もしもお嬢様に仕えることで現代に帰ることが出来るなら俺は何でもする。泥を啜れと言われたら啜るし、踏み台になれというのなら喜んでやる。だから、早く帰りたい。