第一話 異世界転移したけど帰らせて来んね?
空はどこまでも蒼く、雲が真横に流れていた。地平線の向こうに、塔のような山が突き刺さっている──
まさか、そう思った俺は、思わず後ずさりしたがポケットに何か違和感を感じた。
そこに手を突っ込んで驚いた。
中から出てきたのは表紙が真っ青で、金に縁取られた厚みのあるメモ帳のようなもの。
「FFの手帳」
タイトルには日本語でそう書かれていた。だが、なぜか著作者は一切書かれていなかった。
「いつの間に……俺、窃盗したっけ」
中をパラパラとめくってみるとメモ帳のように、色々と書かれている。紙は年季が入り、少し黄ばみ、インクが滲んでいた。
手始めに、俺はページの初めを見る。
「転移直後、現実逃避のために頬をつねったり、顔を殴ったり、頭を木に打ちつける。しかし、効果は無い」
俺はこの世界にやって来て初めのことを思い出す。
ここは現代では無い、では過去にタイムリープ? 否、ここは異世界だ。なぜなら今、俺が空を見上げると龍のような生き物が飛んでいたのを目にしたからだ。思わず俺は自分の頬を抓ったり、頭を木に打ち付けたりしたが夢じゃない?!
そんな独り言を言っていたのを思い出した。
「………偶然だろ?」
そう言って俺は、さらにページを見てみるが特にこれと言って確証を得られそうなものが書かれているわけでは無い。
「西暦246年 十一月二日 スレイグを殺した」
(スレイグ? 誰だよ……それよりも)
この手帳に、あっちへの戻り方が書いていないのか?
俺は異世界なんて………嫌いだ。
「西暦247年 二月十二日 王女の弟を殺した」
(だから! 人が死んだとかいいから! 戻り方ないの!?)
「西暦250年 七月二十七日 世界に星が降り注いだ、カラガール王国が滅んだ」
「西暦251年 十月十五日 帝国軍に入隊」
「今のところ……悪い記録しかない。この持ち主、ろくな人生歩んでねぇな」
そう言って初めのページに戻る。
すると、とあることに気がついた。どうやら俺が一枚めくり忘れていたみたいだ。
「西暦245年 四月二日 冬馬輝、異世界召喚」
どうやらこの世界では西暦245年みたいだ。となると……嫌なことだが、来年誰か死ぬみたいだ。俺がやるかどうかは知らないが。
だが、俺はもっと手帳に書かれた字をよく見てみる。
「……ん? え? これ、俺の字?」
手帳を見て俺はそう思った。まさか、そんなことはない!
俺はこんなものを書いた覚えはない。それに、この世界にやってきた記憶も、そもそも手帳を見たこともない。
だとしたら………俺は、俺は……!
「殺人鬼………」
だが、なんで! 俺は何もしていない! 被害者と言っても良いのだ。理由もなしに突如として俺は異世界に召喚されたんだ。
俺はその過程に何があったのか、回避する方法はないのかと冷や汗をかきながらページを破る勢いでめくる。
(頼む頼む!! あってくれ頼む!!)
本当に自分が書いたのか分からないのに俺は、焦っていた。
人を、誰かを殺すという最悪の出来事の回避方法をないものかと俺は半泣きで探す。
「…………!!!」
「それ」は記されていた。
「西暦246年 十一月二日 スレイグを殺した」
初めに見つけた殺害記録。それはページの一番上にしっかりと記されていた。それ以外は特に書かれていなかった。だが、そのページの右下に殴り書きしたかのような筆跡でこう書かれていた。
「これは回避できた」
確かに、そう書かれていた。回避できる未来なのだ。
もしかしたらと、そんな淡い希望を持って俺は同じようにページをいくつかめくり、次の殺害記録を探した。
「西暦247年 二月十二日 王女の弟を殺した」
文の隣にも回避できたと書いてある。
その他も見てみたがほとんど回避できたと書かれていた。ほとんど、つまり回避出来ないこともある……それよりも残念なことに俺が一番求めている情報は書かれていなかった。
「………帰る方法はない、のか?」
人の生死や、それに至るまでの過程、日常の些細なことなどは詳細に書かれている。だが、どこにも現実へ帰る方法はない。
「くそ……! 生きるしかないのか!? 俺は帰りたいんだぞ!」
異世界の漫画や、小説はいくつも読んできているが行きたいなどと思ったことはない。俺はただ平凡に暮らしいたい。家族もいるんだ、ただその人たちと平凡に普通に生活できるだけでいい。
暖かい飯を食って、学校に行って、友達と遊んで、ただそれだけで良いんだ。それ以上でも以下でもない。それなのに神様はその思いを踏みにじった。俺の願いを、思いを嘲笑うが如く。
やり直したいなんて思った事がない。人生に負い目なんて感じたことも無い。ゼロからスタートなんて望んでない!
俺は手帳を見た。こいつには俺が今後この世界で経験すること全てが書かれている。それを駆使して俺は帰らなければいけない。
この手帳の持ち主が誰か、なんて知らない。
あえて書いてないのか。それとも、本当に知らないのか……。
俺を試している? できるものならやってみろって運命の神様が俺を笑ってるのか?
「………いいさ、やってやるよ。やればいいんだろ? 自分でやってみせるさ、この世界から抜け出す方法をな!」
誰か知らないが、お前がくれたこの本を最大限に活用させてもらうからな!!
俺は初めのページを開く、相変わらず手記はボロボロだ。そこに書かれていること
「………西暦245年 転移直後、暗殺者に狙われる? は? なんだよ……それ」
その直後、背後から図太い声が聞こえてきた。
「おい、お前。異世界人だな? 異世界転生者排除法に則り、お前を殺す」
そう言って鋼の剣をちらつかせた。
まさに、手記の通りのことが起ころうとしていた。
俺が立ち上がったその瞬間、チンピラのように上裸で、刺青のようなものが両腕に入った男が動いた。
剣が閃いた。
──俺の腕が、消えた。
「え、あ、俺……これ……」
右腕が裂けた。痛みと熱が一気にこみ上げる。
「ぐっ……うぁぁっ!」
俺は藁にも縋る思いで手帳を開く! なぜなら俺が今唯一頼ることが出来るのがこの手帳だからだ!
全ての未来が書かれている手帳ならばこの窮地の脱し方も書かれているはず!!
血が滴る手でペラペラとめくる。だが、対処法なんて無かった。つまり----
俺はここで死ぬ
あまりにも酷い! あまりにも無慈悲だ! こうなるならなんで俺はこの世界に召喚されたんだ!
そう思っていると、最初のページに黒いインクが滲み字が形成されていく---筆もないのに、まるで見えない誰かが記述しているかのように一字一字確実に……
『西暦245年 四月二日、転移直後、右腕を失う』
さっきまで、なかった文だった。書かれていること全てを鵜呑みにしてはいけない。未来とは不変なものでは無い。いくらでも変更ができる。そう、つまり
──未来は“書き換えられる”。悪い方にも。