第一話 異世界転移したけど帰らせてくんね?
気が付けば俺は知らない森林の拓けた場所に一人でいた。今日は花見をしに来たはず、そう思い周囲を見たが春の醍醐味であるピンクの花は見えない。
周囲を見ても同じ青の草と木とが並んでいるだけ。頬をつねったりデコピンをしても覚醒する様子は無いし、痛みがある。
「夢? もしかして明晰夢か?」
どうやら一人でイスに座っている間に眠ってしまったらしい。だが、明晰夢なんて初めてだし楽しんでみるか。試しにどこかへ行くとしよう。そう思い大地を踏んだ。その時、違和感を覚えた。
右ポケットに異物感あり。
取り出して見ると表面が漆黒の色で染められ、『FFの手帳』と銀の文字で書かれていた。見覚えがない。初めて見た。
人の物だが、盗んだ記憶はない。手癖はそんなに悪くないからな。もしかしたら中に名前があるんじゃ……そう思って中を開いた時、どこからともなく声が聞こえた。
「おい、お前。異世界人だな」
「えぇ? 手帳が喋った!?」
中を開いた、とはいえまだ文字が見えるほど大きく開いてはない。半開き程度だ。
「お前だよ! お前!」
「明晰夢の中だと手帳が話すのか?」
手帳と他愛の無い話をしていると、機嫌を損ねたのかブツブツと何かを言い始めた。
てか、異世界人って言ったな。まさか、何を言っているんだか。俺が転生なんて──
「死に晒せ!」
手帳がそう叫んだ直後、視界の端で何かが動いた気がした。顔を上げてみれば、胸を大きく開き、両腕に刺青の入った男が接近して来ていた。加えて右手には狩猟刀のような物が……。
「なんだ、人がいたのか。あの、ここって──」
男は躊躇なく右手にあるそれを振った。
丸太のような腕から放たれた攻撃は俺の右腕を通り抜けた。ドサッと俺の上腕が草に落ち、緑を赤に染める。血が滝のように吹き出すのと同時に俺は灼熱のような痛みを覚えた。
「ぁぁぁああっ!!!」
その場に蹲り、右腕を残った左手で握りしめた。なんだなんだなんだ。何が、何が起きたんだ?! 全身から反射で吹き出す冷や汗を垂れ流しながら、痛覚が激しく反応する右手を見る。そこにはあるはずのものが無かった。
「異世界転生者排除法があるもんでよぉ、お前は死ぬ必要があるんだよなぁ」
「早く……早く醒めてくれぇ! いてぇ、痛い!」
「にしてもガキかよ、胸糞悪ぃぜ」
チンピラのような男は「ぺっ」と唾を吐き捨てると、剣に付着した血を指でなぞった。
「俺の『祝福』は痛いぜぇ? 俺は毎回異世界人に言ってるんだが、少しは足掻いてみろよ。足掻けるもんならな」
直後、男の足が跳ね上がった。ガッと鈍い音が聞こえたと思うと俺は腹に痛みを感じながら飛んでいた。そのまま地面を二、三回転がると雑に地面に叩きつけられた。
異世界人、ここはもしかしたら本当に異世界なのか?
あいつは平気で剣を持って、俺のこと殺しに来るし、あいつの言う通り異世界だろう。
だったら、俺にチートがあるはずだ。転生ものは絶対にチートを得られるはずだ。
チート、そうだ、盗んだかも分からない手帳がある!
俺は地面に蹲りながら、近くに投げ捨てられていた手帳を取った。これが何の能力持ちか知らないが、とりあえず開く!
大賢者の魔導書かもしれないし、最強の魔法を集めた本かもしれない。とりあえず読み上げれば──
「転移直後に腕を失う、ってなんだよ、それ!」
全然、賢者と大魔法使いの古典書じゃない!
そんな記録本いらないんだよ! つか、これもしかして俺のことか? 転移して、右も左も知らないのに腕を刎ねられた。これ、俺じゃね?
「どうした、もう終わりか?」
ニヤニヤしながら刀を肩に置き、勝ちを確信した顔で歩み寄ってくる男。
まずい、どうする。もう右腕の感覚が無くなってきた。いたい……いやだ!
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない
絶望に瀕していると手帳が眩い光を放ち始めた。
きた! 俺の祈りが届いたのか! ここから最強の助っ人が召喚されて────
『チンピラに抵抗できずトウマは無惨に死んだ』
「──っぁ」
カエルを潰したかのような声が出た。手帳が俺のことを示しているなら、これって、そういう事だよな? 俺、死ぬんだ。今から、こいつに、こんな奴に……。
「ぁぁぁあ! 夢なら早く醒めろぉぉおあ!!」
「残念だったねぇ坊や。これは夢じゃなくて、げ・ん・じ・つなのさ」
俺は尻もちを着きながら後退する。武器はないか、と探していると拳サイズの石ころを見つけた。それを左手で握りしめ、男に投げる。
投石は男のだらしない腹に当たったが、その脂肪に弾かれた。男はゲラゲラと高笑いをして、動かしていた脚を止め手を広げた。まるで「もっとやってみろ」と言っているかのように。
俺は死にたくない。その一心で石を探しては半泣きになりながら男に投げた。だってそうだろう、目が覚めていきなり腕を飛ばされたんだ。このイカれ殺人鬼野郎の餌食なんてなりたくないし、死にたくねぇんだよ!
数十回投げても男は余裕の笑みを浮かべていたが、俺がこれまで投げた石より少しサイズの大きいものがチンピラの頭にヘッドショットした時、男は少し仰け反った。
「──ッ!?」
拳大の石はそこそこある。それが頭に当たれば誰でも反射的に当たった場所に指を当て、出血の有無を確認する。チンピラも例外ではない。奴は額から一滴の流し始めた。男もそれを認識したのか、先程までの余裕の表情から一変し般若のような貌に変わった。
纏う空気は打って変わって、怒気と殺気とが入り交じった冷徹なものを放ち、何も言わずにこちらに踏み込んだ。
男が剣を袈裟に落とす──
心の芯から震える上がる俺が動けるはずが無い。だが、手帳の『無惨に死んだ』という記述を思い出し死にたくない一心でそれを横にズレて回避した。
「ぅぅう!」
「良くズラしたなぁ雑魚、調子乗りやがっててめぇはド派手にぶち殺してやる」
言葉の節々に怒りを乗せ、鋭い眼光でマフィアのように睨んだ。分かる、いや分かってるよ。腕を落とされた時、こいつを見た時から、こいつはマジで殺す気だって。ここは地球じゃない、異世界だ! ということも薄々感じていた。そうでなければ刀を常備したチンピラに襲われることはない。
「さぁて俺の『祝福』のお出ましだぁ」
狂気的な笑みを浮かべ、ピンクの舌で唇を一周するとチンピラはもう一度刃を下ろした。俺はとにかく生き残ることを考えた。剣の間合いとやらから外れれば当たることはない。
そう思い、全身の力を脚に集約させ後ろに下がった。しかし、待ってましたと言わんばかりにチンピラの脚が上がる。こんなもの誰が対処できる。
男の足が深々と俺の腹に刺さった。胃の中の胃酸が逆流して、口の中が酸っぱくなるのを感じながら俺はまたしても後ろに弾けた。
「おぇっ! ごぇぇ!?」
これまで感じたことの無い気持ち悪さと脱力感に襲われた俺はしばらく動けなかった。
「『暴力の祝福』は痛いだろぉ? お前は楽に殺さねぇから覚悟しやがれ」
俺はもうこれ以上動けそうに無い。
藁にもすがる思いで手帳を開いた。こいつがもし俺に与えられたチートなら、絶対打開策があるはずだと信じての行動だ。
黄ばんだページに真っ黒なインクで書かれていたのは
『トウマは助けを呼び、死を免れた。代わりに男が死んだ』
未来が、変わっている……。先程まで死ぬ未来は避けられないとでも言いたげな文章だったが、それが無くなり別の未来が示されている。
あの時か、手帳を見たことで死に抗うという俺の行動が未来を変えた……?
──未来とは、アリのように小さな行動でも狂わすことが出来るほど微細で、繊細なもの。トウマの行動一つで未来はいくらでも改変できる。
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