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第十五話 従者は剣を振る

 ミユの部屋を出たトウマは建物の構造をもう少し知ろうとあちこちを歩き回っていた。そして、偶然にも外へ通じる通路を見つけ、歩いていたら彼は庭園へと出た。


 しかし、庭園と言っても入り口の門の前衛にある花園ではない。中庭のようにベンチが置かれ、ぐるりと囲むように館が連なっている。


 「そうだ、ここで未来投写(ミライスケッチ)といこうか」


 そう言ってポケットから青い手帳を取り出す。題名は『FFの手帳』、著者は不明。中を開けばありとあらゆる未来が書かれている摩訶不思議な書。


 「早朝、ワンジュと地獄の訓練……?」

 

 ワンジュとは昨日出会ったミユの兄、第二皇子である。地獄の訓練、ということは―――


 「前線に出される……」


 いきなり戦場のど真ん中に放置される、その可能性は大いにある。

 その場を抜け出そうとした時――――



 「フンッ! フンッ!!」


 まだ夜明け前、月の輝きが弱まりつつある時。中庭で真剣を振っている男がいた。

 トウマはその見慣れない光景に、最悪な未来を想像してしまった。


 彼は近くにあった木の影へと飛び込む。しかし、すでに遅かった


 「―――む? 君は昨日の」


 上裸のままで振り上げた刃を振り下ろし、陰から自分を見つめていたトウマを見据えて言った。

 剣を振っている時間が長いのか、全身に汗が滴り、湯気が立ち上っている。


 こうなってしまったらもう隠れることなどできない。気まずい雰囲気を醸し出しながらトウマは現れる。しかし、声は元気である。


 「おはようございます!」


 「あぁ、おはよう。起きるのが早いな」


 「たまたまです、皇子さまもお早い起床ですね」


 「当然だ、毎日この時間に剣を振ると決めているのだ」


 第二皇子ワンジュ。昨日、出会った時は鎧を着ていたが現在は軽装である。流石に稽古中に鎧は着ないのだろう。


 ワンジュは突然とある方向を指差した。


 「もし良かったら私と剣を振ってくれないか?」


 「えっ………いや、僕はその、剣を握ったことがないもので」


 おどおどした様子でトウマは言った。

 真剣なんて、この世界に来て今日初めて見たのだ。触ったことすらもないし、剣道もやっていたわけでもない。そんな自分とやったとしても何のメリットもない、トウマはそう思っていた。


 さらにワンジュは常に戦に身を置いている。その剣技は実戦の中で鍛え抜かれた一級品。肩を並べて剣を振れるものがこの国には何人いるか。


 「何! 剣を握ったことないのか?!」


 「は、はい」


 「ならば、より一層私と剣を振るんだ!」


 「――――?」


 トウマは頭が混乱した。矛盾していた言葉にどうしたら良いのか分からず、その場に立ち尽くしていた。


 「ほら、受け取れ!」


 その言葉と共に何かが宙を舞う。それを見たトウマは落下地点へ入り、急いで両手を伸ばす。

 ガシャンという音ともに、彼の両手に金属が乗ったように重くなる。


 「――――? 剣?」


 ワンジュのいる方向に目を向ければ、彼の近くには無数の武器が立てかけられている。剣や槍、棍棒や盾などがズラリと並んでいる。

 

 トウマはそれをどうしたら良いのか分からずあたふたしている。一方のワンジュは正眼に構えている。


 「抜刀するんだ」


 その言葉が耳に入り、トウマは柄に手をかける。ゆっくりと引いていくと銀色の刀身が現れた。少ない光を浴びてそれはギラギラと輝いている。男心をくすぐってくるものがある。


 「さぁ、こい!」


 「あの………本当に使ったことがないのですが」


 「適当で良いぞ! 安心しろ全て防ぐ!」


 これ以上ごたごた言ってはダメだ。皇子の命令なのだから、そう思ったトウマは走り出した。

 全て防ぎ切る。その言葉を信じてトウマは剣を振るう。


 「やぁ!」という掛け声とともに、手に持っている剣を叩き落とす!


 だが、意外にも剣は重く降り出した時、刃の重さに体がふらついた。


 

 カァァァアアン!!




 金属同士がぶつかる高音。同時にトウマが激しく揺れる。経験したことのない感触である。剣を握っている両手が地震を起こしたかのように震え、危うく剣を落とすところであった。


 トウマの攻撃は見事に弾かれた。上から振り下ろされる剣を横に振るい後ろへ弾いたことにより、トウマは好きだらけ。


 「…………っ!」


 喉元に突きつけられた刀身。もう少し奥へと伸ばせば喉を貫通し、絶命である。

 稽古というのは分かっているが、死を目の当たりにしたトウマは背中に冷たいものが走るのを感じていた。

 

 「筋力が足りないな、もっと訓練しないとダメだ」


 「は、はい」


 橙色の瞳を開き、トウマをまっすぐ見据えてそう言った。筋力がない、そう言われても仕方のないことである。彼は高校では運動部ではなく、文化部に入っている。その上、彼は自分から運動することはない。

 そのせいで彼は運動不足と筋力が低下していた。


 「剣を持ったことがない、そう言ったが今まで何をして生きていたんだ? 商人か? もしくは旅人か?」


 トウマはどきまぎして答えられなかった。自分の出自を尋ねられる場合を想定して、応対を考えていなかったのである。

 だが、幸いなことにワンジュは二通りの選択肢を与えている。


 商人と旅人。


 「そうですね………実は旅をしてたんですよ」


 トウマは旅人であることを選んだ。理由は特に無い、直感である。


 「旅、か―――どこから始めたんだ?」


 「それが分からないんですよね。幼い頃、親に捨てられてから知らない場所に捨てられてそこから覚えていないんですよ。


 とりあえず生きることを第一にあちこちを歩いていたらおじいさんに拾われて数年間お世話になりました。その後、また旅に出て気がつけばここに辿り着いていました」


 「そ、そうだったのか……それは申し訳ないことを聞いたな」


 「い、いえ! そんなことはないです!」


 意外にも真に受けたワンジュ。顔色が暗くなり下を向いている。


 (この人、絶対良い人だ)


 すぐに慰めようと肩を叩こうとした。が、相手は皇子であることを思い出した。


 「ただの戯言なので気にしないでください」


 「何を言う、過去の傷を掘り起こしてしまったのだ。従者とはいえ不快だろう」


 トウマは自分の行動に少し後悔した。まさか、そのように言われるとは微塵も思っておらず、逆に質問攻めを受けるだろうと予想し次はどうしたものかと必死に考えていた。


 「本当にすまない」


 夕焼け色の瞳には少し悲しみが宿っていた。


 「そ、それより! 剣の使い方を教えてもらっても良いですか?」


 トウマが話題を変える。それを聞いたワンジュは暗い顔が少し明るくなり、トウマに身振り手振り教えだした。


 しかし、彼が教えられたのは剣ではない。それ以前のことである。まず言われたのが骨格作り。剣を振るには何よりもトウマは線が細すぎた。

 

 トウマは腹が出ているわけでも割れているわけでもない。少し薄いシックスパックが顔を覗かせているだけ。彼がそこから鍛えようとしないため、進展がないのである。


 「まずは腕立てだ」


 「どのくらい……ですかね」


 「百回だ、できてなかったらやり直しだ」


 トウマは後悔した。

 剣を教えて欲しい。その言葉を発する直前に戻りたい、そう思ったのだ。


 腕立て百回。ボディービルダーであれば、そんなことを簡単にこなす、というよりもしないであろう。

 だが彼はそんなマッチョではない、ただの凡人だ。


 「はぁ……はぁ………」


 「まだだ! 息を荒げるのが早いぞ!」


 「はぁ………は、い……!」


 六十、七十、八十、どんどん目標回数に近づいていく。腕を上げ下げするだけで筋肉が悲鳴を上げ、呼吸が荒くなる。


 大量の汗が全身から吹き出る。額から滲み出た汗が草にポチョポチョと落ちていく。


 「ひ………ひゃくー!」


 「じゃあ、次は持久走だ」


 「じ、持久走?!」


 トウマはその場に崩れ落ちた。持久走、まさかこの世界に来てからもそんな嫌な言葉を聞くとは微塵も思っていなかった。


 持久走、それは学生全員が嫌いなやつ。好きな学生なんて一人もいない拷問。その上にやる時期は冬。地域よってはさらに極悪な拷問に化ける。


 「おーい、大丈夫かー?」


 「――――」


 トウマは再び夢の世界へと帰っていった。

 

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