第十四話 二日目の朝ぼらけ
「トーマ! こっちこっちー!」
「わわわ!!」
気がつけばトウマはミユに手を引っ張られ、商店街を走っていた。だが商店街と言っても、トウマが日中回ったテントのような店舗や屋台のような店が並ぶ場所ではない。
現代の世界、彼がいた世界の商店街である。電光掲示板や、看板が掲げられ、飲食店やアパレルショップ、雑貨店などが並んでいる。
加えて彼の手を引っ張って走るミユの服装もまた変わっている。ドレスではなく、赤いネクタイに胸に黄金の校章がついている黒いブレザー。青や緑などが混合するギンガムチェックのスカートを揺らしながら先を走っている。
トウマ自身の服装もまた変わっている。通っていた高校のブレザーを着ていたのだ。
「トーマみてー! あのお店だよ!」
そう言ってミユが指差したのはとある店。
真っ先に目に入ってきたのは、赤いのれん。そこには『雷電ラーメン』と書かれている。
「ら、雷電ラーメン?」
「ほら! 最近オープンしたんだよ、トーマ知らない?」
「うん……初めて聞いた」
「トーマ、リサーチしないと時代の波に乗れないよー?」
「げっ………痛いとこついてくるね」
「じゃあーいこー!」
そう言ってミユはガラガラと店のドアを開けた。
「っっっっっしゃい!!!!」
出迎えたのはあまりにも短縮された声。
昼時を過ぎた三時であることもあって、店内はやや空いていた。
俺とミユは入り口の隣にあった券売機を見つめる。
「うーん、ミユはみそにしよー!」
「じゃあ俺もみそで」
「おぉ! トーマと好みが一緒だ〜!」
「そういえば、初めて気があったね」
お金を払い、食券を買った俺たちはそれを店主へ渡して席へとついた。
「にしても珍しいね、ミユからラーメン食べたいなんて」
「こーゆのトーマとしたかったの!」
「あー確かに、行きたいって言ってたね」
「うん! やっと高校生になれたからね!」
ミユの誕生日は十月六日。やっと高校生になった、そう言っているがもう高校一年生も半年が過ぎている。加えて、昨日十六歳になった。
「にしても誕生プレゼントの代わりがこれで良いの? 別のもの用意するけど―――」
「いーのいーの! トーマがミユのこと好きなの知ってるから!」
「ちょっ! 声でかい!!」
俺は慌てて指を立てた。クスクスと笑う声や、若いって良いねぇなどという声が聞こえてくる。それを聞いたミユも笑っている。
一方の俺は顔に熱が集中するのを感じた。
「――――ん」
トウマは夢の世界から舞い戻ってきた。
窓の外から差し込む光はまだ、薄暗く朝日とは呼べない光だった。
(………変な夢だな)
異世界生活二日目。自分の怒涛な初日は幕を閉じたことを思い出した。
「そういえば………」
そんな言葉とともに、寝ながら周囲に視線を向ける。見慣れた自室、ではなく真新しい部屋だった。そこはトウマの部屋ではなくミユの部屋。
「―――!」
それを思い出した直後、自分の後ろから誰かの体温を感じ取った。
トウマは一瞬で誰か分かった。
―――ミユである。彼は女子の部屋で、なおかつ皇女と共に寝てしまったのだ。
「ちょっ!」
すぐさま起きようとしたものの、トウマのお腹部分には小さな手が交錯している。そのため、彼は抜け出せなかった。
「動いたら起きちゃうかな……」
どうにかしようとモゾモゾ動いているとミユが寝返りをうとうとしていた。
「―――んっ」
自分が動いたら起こしてしまうかもしれない。そう思ったトウマは抜け出そうとはせずに、そのまま流れに身を委ねた。
すると、寝返りをうったミユはトウマを抱き枕のように抱きしめ抜け出すことができなくなってしまった。
「これ、見られたらマジでやばいやつ……」
彼は心の中で誰も来るなと願っていた。こんなところを見られたら拷問されるだろう。不埒な真似をした者として晒し首。いや、もっと残酷である竹のノコギリで首を切られるか………。結局晒し首だ。そのあとは石を投げられる。で、雑に捨てられる。まるで戦国時代のような罰を喰らうだろう。
(てか………距離近いな)
お互いに昨日初めて出会ったばかりである。なのに、古くからの知り合いかのように彼女はトウマと関わっている。
できればもう一眠り、といきたいところだがトウマの目は完全に覚めてしまったのである。彼とて生粋の高校生だ。こんなにも女子と近い距離にいたことはない。
(振り返りたいけど、寝顔なんて見たら不敬、だよな)
つまり、彼はミユの抱き枕としての仕事をこなすために拘束されなければならないのである。その期間はミユが起きるまで。ご主人様の睡眠を邪魔するなど、従者にあるまじき行動である。
(手帳を確認したいけど………見られるわけにはいかない)
手記の中にはあらゆる未来が書かれている。転移ボーナス、とでも言うべきか―――彼が与えられたのはただそれだけだったのだ。
中の記述に他人には決して見せるな、ということは書いてない。誰かと協力して、危険な未来を回避する。その行動をとった方が良い。それは彼も十分理解している。
だが、そこで問題が出てくるのだ。
手帳に書かれている文字は日本語。つまり、普通であればこの世界の人たちは読むことができない。だが、先日アメリカの文化があることを実際に見たのだ。
つまり、他国の文化があってもおかしくない。
日本語を読める者が現れ、彼が異世界からやってきたという文字を読まれたら『異世界転生者排除法』という法律で殺される。自分の世界に帰ることができなくなってしまう―――
だから、その手帳を読まれること以前に存在を知られてはいけない。
「………早く帰らないと」
「――――んぅ」
トウマのすぐ後ろでガサゴソとミユが動く。
すると、トウマの胸の前で交差していた細い手がゆっくりと離れる。
「おはよぅ………」
「おはよ――――ッ?!」
ミユが起き上がるのを背中で感じたトウマも上体を起こし、挨拶をするため彼女の方へ向き直った。
しかし、彼はすぐさま視線を逸らしたのだ。
彼の目の前にいたミユは昨晩のドレス姿とは変わり、純白の天使のようなネグリジェに身を包み、まだ眠気が顔に残っているミユがいたのだ。
その露出具合にトウマは咄嗟に見てはいけない、そう判断したのだ。
おぼろげな顔をして、目を擦っているミユ。
「お、俺は……その、部屋を出るのでごゆっくりしてください!」
「だめだよぅ……とーまは、だき、まくらぁ………zZ」
そう言って部屋を出て行こうとしていたトウマの袖を掴んだ。彼は振り返ってはいけない。彼女も女の子、ではなくもう女性なのだ。人間で数えるとまだ程遠いが、獣族の計算では大人。
ふーっと大きく息を吐いたトウマは背を向けたまま言う。
「ミユ、あのな………言いづらいんだが、出会って間もない男と一緒に寝るのは悪いこと、だぞ」
「そーなの………? でも、とーまなら………良いよぅ」
いまだに寝ぼけているのか、ありえないことを言っている。脳もまだ寝ているのだろう。
「ダメですね、俺も男なので何するか分からないのでダメです」
「うん、分かったよぉ……じゃあ、だきまくら………zZ」
「いや、分かってねぇ!」
そうツッコミを入れるとスーッと小さな寝息が聞こえてきた。トウマはゆっくりと振り返ると、ミユは袖を掴んだまま寝ていた。
「全く………本当に手のかかる皇女さまだ」
彼は起こさないように優しく袖から手を離すとベッドに戻した。その上にそーっと、布団をかける。時間帯はだいたい四時ごろだろうか。
「流石に寝てる時は静かだね」
どこでも元気な彼女も寝ている時はおとなしいことにトウマはなぜか安堵していた。
それほどまでに彼女はトウマの中で、天真爛漫な子、パワフルな子、というイメージがついていた。
スヤスヤと見た目以上に可愛く寝ているミユを見たトウマは少し見惚れていた。小さな天使がそこで寝ているかのような寝顔。
「………ッ! 何してんだ俺」
自分もまた寝ぼけているんじゃないかと思い、頬をパチパチと叩いた。
「とりあえず、最初の仕事は完了かな」
そう言ってトウマは立ち上がり部屋を後にした。