第十二話 皇族と従者
ジュラルを残し、残りの三人は宮殿内へ行く前にトウマの服装を変えるべく更衣室へ向かっていた。
「ここが更衣室。ミユさまはしばしお待ちください」
「はーい、トーマ楽しみにしてるー!」
「はい、似合うかは分かりませんが、ミユ皇女に相応しい従者になれるように努めます」
「あー、また皇女って言ったー。ミユ!」
「しかしここは王宮―――」
「いーのいーの、ミユが許可するもん」
そうしてトウマとヘルメスは王宮の入り口近くにある更衣室へ入った。
中に入ればズラリと隙間なく敷き詰められた服がたくさん。執事服や燕尾服、騎士服のようなものまである。
それは天井の近くまで続いていた。その天井には大きなシャンデリアがある。
(城壁も高かったし、王宮に入る階段も高かった。この国は高さにこだわりでもあるのか?)
トウマはその数の多さ、魅力的な服装に心奪われ硬直していた。
「トウマは見た感じ百七十五.六くらいかな?」
「えっ………よく分かったな」
「これくらいは当然のことだよ」
そう言ってヘルメスは服を探し始めた。
当たり前だと言い切るヘルメスにトウマは違和感を覚えた。一目見ただけで人の身長を、しかも小数点以下までも正確に言い当てる。そんなことが当然なわけがない。
「白と黒があるけど、トウマは………黒の方がいいかな」
そう言ってヘルメスは一着の服を手に取った。それは濡羽色の燕尾服で、その下には対照の白色をしたシャツが見える。
彼はそれをトウマへと手渡し、着るように促した。
「服はこちらで預かっておくよ、そこに試着室がある」
トウマは燕尾服を手に、ヘルメスが指差した個室に入った。
(忙しい一日だなー。早く現代に戻りたいよ……とほほ)
そう思いつつもトウマは黒の燕尾服に身を包んだ。
正面にある等身大の鏡で身なりを確認する。ヘルメスは黒が似合うと言っていた通りであった。
「白なんて聞いたことないけどな。まさか喪服なのか?」
襟や丈を揃えつつ呟いた。王宮に入るということ、そしていきなり皇女の側近となること。この二点がトウマに緊張感を持たせていた。
そのせいか本当に大丈夫か、間違ってるんじゃないかと疑心暗鬼になりしばらく出てこれなかった。
入ってから数分後ようやく、覚悟を決めた顔をしたトウマが出て来た。
「いいね、似合ってるよ」
「本当か? 俺的にはダサい気がするけど」
そう言ってトウマはいまだに不安なのかキョロキョロと身だしなみを気にしている。それを見たヘルメスは微笑した。
「なんで笑うだよ」
「用心深い、そう思ったからだよ。安心してくれたまえ、着こなしはしっかりしているよ」
それを聞いたトウマは安心したのかようやく、落ち着いた。
「そういえばよ」
トウマは話題を切り替えた。
「俺のことを襲った輩が確か………えぇっと、暴力の祝福? とかなんとか言ってた気がするんだけど、祝福ってなんだ?」
ヘルメスはやや驚いた。
その言葉はこの世界では聞き馴染みのある言葉だったからだ。
「簡単にいえば個人能力かな。僕のは君に言った通り、言霊の祝福。僕が発する言葉は条件付きで相手に精神的攻撃を可能にする」
「個人能力、俺にもあるのか?」
「もちろん。この世界に存在している以上必ずね。祝福は一人一人が神様から授かる能力。完全にランダムだけどね。加えて、同じ能力であっても使用者によってバラつきがあるんだ」
トウマは内心うな垂れた。ヘルメスの言う「この世界に存在している」という言葉には異世界転移者も含まれているのか。そこに疑問を持ったからだ。
だがしかし、それを聞いてしまったら殺されるかもしれない。ヘルメスはトウマが異世界人であることを知らないのだ。
「俺にどんな祝福があるか分かるか? ヘルメス」
「どれどれ」
ヘルメスはじっとトウマのブラウン色の瞳を見つめた。トウマと同じ色の目を見開いたまま動かないヘルメスに心まで見られているのではと、トウマは感じていた。
「――――これは」
ヘルメスが眼前から離れた。物珍しそうにしているのを見たトウマは自分には特別な祝福があるのかと心を躍らせた。
「見えないね」
「うん? 見えない?」
「そう見えない。僕が見た限りだけど、トウマの持つ祝福は見えないね」
トウマは紙になったかのようにフラフラと崩れ落ちた。
「あぁっと、気にしないでくれ。後天性の場合もあるからね」
「後天性?」
「普通は生まれつきなんだけど、稀にいるんだ。祝福を持っていなかった者が、突如として有能力者になることがね。僕もこの目で見たことがあるよ」
トウマは後天性でありたいと思った。
突如としてこの世界に連れてこられ、すでに二回殺されそうになった。あまりにも理不尽である。加えて与えられたのがチートではなく、ただ未来が記された手帳のみ。
「まぁ分かったよ。ありがとなヘルメス」
「力になれたなら嬉しいよ。外でミユさまが待っているから、行くとしようか」
そうして二人は外へ出た。だが、ミユの姿は見られなかった。
入っている間は扉の前で待機していると思っていたが、そこには誰もいなかったのだ。
(まさか………いや、手帳にはそんな記述無かった!)
トウマは少し焦った。もしかしたら、彼らが対峙した敵はまだいたのではないか。そいつらが音もなくミユを連れ去って行った――――
「ヘルメス……!」
「大丈夫だよ、こういうとき、皇女さまは―――」
冷や汗をかいているトウマとは違いヘルメスは至って冷静だった。
ゆっくりと歩き出すと、門の正面にある庭園へ向かって歩き出した。
「ここにいるからね」
ヘルメスの視線の先には多彩な花に囲まれているミユの姿があった。だがミユだけではない。もう一人、彼女の隣にいたのだ。
「なるほど、良かった……。うん? あの人は誰だ?」
「あぁあの方はね」
「待て、方って言った?」
「あぁもちろんさ。皇子さま、だからね」
「ま、まじか。本人の前で言ってたら……」
「そうだね。これからは気をつけないと、大変だけどがんばれ」
ミユの隣にいる人物。それはミユの弟である。シュラーゲル王国の第三皇子、ウリル・シュラーゲル。獣人であるミユとは違い、人族である。
太陽のように輝くイチョウの髪色。瞳は父である、この国の皇帝と同じ色、いわばミユと同じ神秘的な青紫。顔は丸く、優男という感じだった。
「知ってるー? 花言葉は家族愛っていうんだよ」
「そうなんですね、姉様は博識ですね!」
「ふふーん! そうなの! ウリルのお姉ちゃんは天才なの!」
二人に背を向けたまま家族との談話を楽しんでいるミユとウリル。
それを見たトウマは言った。
「ほっこりするなぁ……」
「だね。僕も見るたびにそう思うよ」
「邪魔したら悪いし、少し待っとく?」
「そうだね、従者としてあるべき姿がそれだね」
二人はしばらく仲睦まじい姉弟を眺めることにした。彼らは争いの世界に非るべき存在だと、トウマは思った。
「えっへーん! できた!」
「おぉー、姉様は手先も器用なんですね!」
「えへへ、照れくさいですなぁー!」
ミユが作ったのは花冠だった。青や黄色、白などの複数の色に彩られた冠は世界にたった一つのものだった。
彼女はそれをウリルの頭を乗せた。
「いいんですか僕がもらっても」
「とーぜん! ウリルはミユの大事なおとーとだから!」
「ありがとうございます! 姉様!」
そう言ってウリルはミユに飛びついた。その後も和気あいあいと、楽しんでいた。
一方でトウマとヘルメスもその光景に釘付けとなり、永遠に眺めていられると思っていた。
「―――おぉ? トーマだー!」
突如としてトウマの存在に気がついたミユは走り出し、彼の元へ駆け寄った。
「おぉー、トーマなかなかに似合いますなー!」
「ありがとうございます」
「じゃあ、トーマにおくりものー!」
そう言って手を後ろから前に出した彼女がトウマに与えたもの。それは、先ほどウリルへ渡していたのと同じ、彼女が作ったであろう冠。
遠目で見ていたためか、彼女の器用さがよく伝わるものだった。
「かかんでかかんでー!」
ミユに言われ、トウマはその場に膝をついた。それにより、ミユがトウマの頭に届く高さとなる。
頭の上に優しく冠が置かれる。
「おー! トーマ、皇子さまだー!」
「いえ、見に余るお言葉です」
「あーまた敬語使ってるー、ミユとトーマはたいとーだから敬語はいらなーい」
「で、ですが………」
「だめ! これは主からのめいれー」
「は、はい」
「ヘルメスにはこれー!」
ヘルメスに渡したのは花でできた腕輪。これもまた彼女の手作りなのだ。
彼もまた膝をついて受けとった。
「姉様、ヘルメス殿は分かりますが、こっちの人は一体―――」
ウリルも後から駆けつけてトウマを指して言った。仕方のないことである。トウマの顔を知っているのは片手に収まるくらいの人数。なにより、相手は皇子さまだ。関わりがないことは仕方ない。
「このお兄さんはトーマ! ミユの新しい付き人ー!」
「なるほど。初めまして、僕はシュラーゲル王国第三皇子ウリル・シュラーゲルです。以後、お見知りおきを」
そう言って、胸を手に当て上体を傾けた。
それを見たトウマは慌てて頭を下げて挨拶をした。
「申し訳ございません! 私はトウマ・カガヤと申します! 至らぬところが多いですが、お世話になります!」
「うん、よろしくね。姉様のこと頼みます」
挨拶が終了した直後、ミユは満面の笑みでトウマとヘルメスの手を取った。
「じゃあー、みんなであそぼー!」
二人はミユに手を引かれて、花園の中心に連れて行かれた。
トウマとヘルメスは二人の純粋さに心が温まった。




