第四十話 「共に、戦おう」
「フーッ、フーッ!!」
「うん、想定内。むしろここからが本番なんだ」
あれから数時間。月がかなり上に昇った。未だに俺を主役だとスポットライトを当て続けている。それしゃあ主役の俺はどうなったのか。
両腕はもう肩から先がない。一番初めに手首から先を落としたり肘から先を落としたのは徐々に苦しめていくためだ。胸には六箇所の切り傷。どれも浅くも深くもない。致命には至らぬほどのもので、ただ血を流すためにつけられたようなものだ。
切られる続ける間にも殴る蹴るの暴行は止まらなかった。切り口を踏まれたり、ミナバルトの塩を溶かした塩水をかけられたりと本当に拷問のようなことをされていた。
「グッ……ごほっ……!」
もう口は鉄錆の味でいっぱいだ。歯の隙間も、舌先に至るまで血に染まっている。
「はぁ、はぁ……いってぇ……」
あちこちを切られ続け、腕を欠損したからなのか、傷口を痛めつけられたからなの、どれによるものか知らないが、途中から叫び声を出さなくなった。切られ、殴られる度に「痛い」という危険信号が走るだけで、痛覚を忘れるために叫ぶことは無くなった。
視界はかすみ始め、少し寒気を感じ始めた。今は冬ではないはずだ。となれば、出血多量でもう死が目前まで来ているということだ。目が虚ろになり始めた俺を見た男は、「あーあ」とおもちゃが壊れたことを嘆くように言う。
「直さないとね。まだもう少し遊んでたいし」
言葉とは裏腹に嬉しさを隠しきれずにいる。
男が俺の髪を掴むと青色の光が灯された。同時に、あちこちの傷から湧き出る血が体内に戻り、失った両腕が再生していく。これは、これは――
「回復完了。じゃあ初めからね」
「ぁ……ぁあっ」
震える手の感覚がある。
鼓動が早くなり、失ったはずの血液が心臓から全身に巡るのを感じる。
触るだけで痛かった打撲が無くなったのを感じる。
ブレていた視界で、男を、化け物を見るような目で見上げた。
「どうしたの? 君は今さっき連れてこられたばかりだろう?」
当然のように、そう言う男に俺はある誤認をする。
俺はもしかしたら夢を見ていて、死んだ瞬間に現実に引き戻された。夢の中で拷問を受けるという魔法をかけられ、死んだ瞬間に現実に戻される。もしくは俺は一度死んでいて『死に戻り』をして、この場面に戻ってきた。
「二人の殺し方と後処理を考えれば易々と殺す訳にはいかない。君にも同じ苦しみを味わってもらう」
「え……お前、さっきもそれを――」
「さっき? 僕は今まで君に何もしていないけど?」
「は……? 違うだろ、俺はお前に腕を落とされてあちこちを切って蹴られて……」
「怖すぎて幻覚でも見ていたんじゃないかな。僕はそんなことしてないけど」
「でも、回復魔法で」
「回復魔法? 僕は使ってないよ」
あれ……あれあれあれあれあれれれ?
だって、だってこいつ今俺に回復魔法を施して今までの傷を直したんじゃ……。
どいうことだ? 俺の誤認だったのか? 夢だったのか? それじゃあ俺が気絶した夢の中で、今までの出来事を見ていて、本番はこれから、っていうことか?
だが、あの痛みは夢で再現出来るものじゃない。本当に切られたように痛かったし、死を真近に感じていた。死ぬ、あともう少しで、血を失って死ぬ。というのを俺は感じていたはずだ。
俺は小刻みに震える手で自分の顔を触る。暖かい、冷たくない。寝て後に感じるあの温度感。俺はこいつの言うように本当に、寝ていた、のか?
「じゃあ始めるよ」
白銀の仮面が月光に照らされた時、奴が手を振りあげた。右の手のひらてには大気中の魔力が集約し、炎の玉を作り出す。錬度が違う。ミユやウリルが放つそれとは威力の桁が違うと、本能で感じる。
「まずは焼かれる痛みを君に味わってもらう。その後には君を切り、再び焼く。そして君を撲殺する」
あまりにも無情な言葉に俺は涙が溢れる。これが現実なのか、再び夢の中にいるのか、もう分からない。俺は言葉になっていない声で立ち上がりその場を逃げ出した。
「死にたくねぇぇぇ!!」
「全く、醜いね。人間という生き物はどこまでも醜い。まずは第一波、いっくよー」
火玉がボワッと燃えた直後、風を味方に俺に飛んでくる。その速度は人間の走る速さとは違う。俺は瞬く間に追いつかれる。もう既に背中に当たる。当たって俺は火だるまに、そう思った時だった。
俺と男を取り囲む群衆の中をかき分けて走る影が差した。その影は信者の間を抜けると、俺の背中に防御魔法を入れた。紙一重だった。火玉はその防御に防がれ、空気中に散った。
死にたくない一心で走っていた俺は、背中に現れた人が誰なのか分からず尻もちを着いた。間に入った人を見上げれば、
「よもやワシを奮い立たせた猛者がこのような有様とは、少しがっかりしたぞ。じゃが、よく耐えた。さあ立ち上がるのじゃ」
腰を丸くしていたあの人物は直立し、白い髭を風に靡かせ堂々としていた。その背中はどこまで続く大地のように広かった。
その口ぶりに見覚えのあった俺は瞬時に街長だと分かった。
「何で、どうしてここに……!」
「よくよく考えたのじゃ。若手の未来を代償に生き長らえる。何と寝心地の悪いものかと。老いぼれの命よりも若く未来の芽を助ける方が良い。その勇気を、失っていたとようやく分かったのじゃ」
彼の瞳には一切の迷いがない。だが、あの時よりも生き生きとして燃え滾っている。
「ふーん。今までヒソヒソと隠れていた老いぼれが今更なんの用なのさ。僕たちの娯楽を邪魔しないでよね」
しかし、ここは奴が用意した狩場だ。数は圧倒的に向こうの方が多いし一人一人が腕の立つ実力者だ。二人でこの盤上をひっくり返すことなど到底出来そうにない。
長もそう思っているはず、なのに。この人は何故か笑っている。なぜ笑う。今まで笑みを浮かべる人間は悪辣なことを考えていたが、今回は味方だ。何か策があるに違いない。
「ぐぉああ!」
「ぐぎぁぁ!」
背後で断末魔が木霊する。後ろを見ればバタバタと白ローブの信者たちが倒れていき、ドッと人がなだれ込んで来ている。
「あれは、一体……」
「街の住人たちと、冒険者たちじゃよ。皆、ワシが呼んだのじゃがその動悸となったのはお主じゃよ」
「お、俺?」
「当たり前じゃ。お主が最後に叫んだあの一言でワシの心が変化し、この場面を生んだ。間違いなくお主のおかげじゃ」
俺に感謝の言葉を述べる長。思わず別の意味での涙が溢れ出しそうになったが俺はグッと堪えた。みんなが、街のみんなが力を貸してくれる。
「はぁ……最悪だ。僕に面倒なことをやらせるってわけね。ところでアンタ誰なの? 僕たちに喧嘩を売ることがどういうことなのか――」
「なにぃ? まさか忘れたのではあるまいな?」
街長、この人は若かりし頃『昇神教』に追われる身であった。数十年という月日を費やしようやく奴らの監視対象から外れた。それはもう何年も前の話、覚えていないのは無理もない。むしろ忘れられて良かったのでは、そう思ったのだが街長は少しの怒りを乗せて、
「今から十数年前にお主たちが捕らえたくて仕方なかった人間じゃよ。忘れたのか?」
「知らないね。第一僕はその時はまだ幹部じゃ無かったし。それでも君みたいな老いぼれを誰も興味を持ってないよ」
「ほう、ワシを忘れるとは面白い。かつてお主たちの幹部を数名殺し、逃亡した人間。逃げる最中でも追っ手を殺し、行方をくらました青年――」
「ん……? まさか、お前か?」
「ラダール・トラヴィス。『昇神教』が殺したくてやまない人間。それがワシじゃよ」
「てめぇか。僕の、俺の両親を殺したジジイは!」
『昇神教』という組織のせいで人生を狂わされた街長ことラダール・トラヴィス。
ラダール・トラヴィスによって親を殺された親無し子。
互いを激しく憎み合う因縁の二人が、ミナバルトで再会した。今夜、この街は史上稀に見る戦いの戦火に巻き込まれるんだ。
次回 第四十一話 「士気を高めて」
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