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プロローグ

  「本当に申し訳ない………」


 一人の爽やかな青年がそう呟いた。その声は恐怖によるものでは無い。人を殺めたことの後悔が九割、残りの一割は君のせいだということ。手には凶器は握られていない。近場に落ちている訳でもない。


 では、何による殺生なのか……。ここは剣と魔法の世界。ファンタジーの世界なのだ。やりようはいくらでもある。


 「ゴフッ………止められ、無かった……」


 そしてそこにはもう一人、生暖かい血の海に沈み空を眺めている青年。その瞳の焦点はブレ、光が消えていきつつある。


 「五千七百五十九…………そのうち三十二人目が君だよ」


 「三十二人も殺し、たのか………辛かった、ろうに」


 「もうその言葉は何回ももらったよ……三十一人、みんな僕を救うために。すまない(コウキ)……」


 地べたに倒れ込むコウキと読んだ青年を見下ろす碧空色の髪の青年は残念そうに言うと、背を向けた。


 「いく、のか……」


 「ごめんよ、これが僕の生きる理由なんだ」


 その言葉を最後に離れていった。ここは誰もいない。ただ二人だけの世界。この世界に残ったのが二人だけだった。誰もいない、誰も来ない、一人森林の中で息絶えようとしていた。


 コウキの怪我は深刻だった。致命傷が三箇所、鳩尾、背中、足の切断。もう残された時間は数分もないだろう。極度の睡魔が痛みを感じさせず、楽に逝けそうであったがコウキは踏ん張りを効かせ何かをやろうとしていた。


 彼が震える手でポケットから取り出したのは一冊の手記。タイトルは「FFの手帳」、それは全面を青く塗られ著作者は書いてない。中には延々と未来のことが書かれている。

 彼は幾度となくその内容に助けられ、命の危機を回避出来た。

 だが、最後の一行。そこにはこの凄惨な出来事が書かれていた。自分は殺されてしまうと……。これが先に判明していたら回避出来たかもしれない。しかし、この記述は起こった後に記載された。


 「頼む………別世界の俺………いや、もう、誰でもいいから……あいつ……止めて、くれ」


 そう言ってほとんど感覚の残っていない前腕に力を、魔力を送り込む。

 フワリと宙に浮いたそれは白い光に包まれる。コウキは希望の光を見ているような気分になった。


 「そこに……全てが書いてある………この、出来事も、ゲホッ……記されている、頼んだ……誰か……」


 直後、手帳は淡い光とともにこの世界から消えた。それを見届けたコウキの意識は途切れた。


 

   ◇ ◇ ◇

 


 ―――満開の桜だった。

 

 近年で最も桜が映えた年だった。


 家族みんなで花見をしに行こう。そう言われ嫌々と連れて行かれた。俺は家族での行事があまり好きでは無い。


 「ちょっと、向こうに行ってくる」


 「そう、気をつけるのよ」


 そう言って俺はレジャーシートから離れ、適当な方向に向かって歩き出した。


 家族というのが少し嫌だった。これもまた思春期特有の嫌々期のようなものなんだろうか……。

 スマホを見ながら歩く。


 「市内で行方不明者多発、か。物騒だな。」


 流れてくるニュースをスクロールしながら呟く。

 ここ最近になってニュースを見ようになった。見てみると、意外と面白いというか、現在の情勢やら事件やらを知ることができる。


 大きなメリットなど何も無い。ただの自己満足だ。


 俺は家族から離れ、人の少ないベンチにたどり着いた。


 「よっと」


 俺はじっとスマホと対面する。


 (ふーん………今朝、東北地方で交通事故、運転手死亡か。おっ、環境客が増加か。こっちは……なに? ばあちゃんがバイク運転で事故発生? おいおい大丈夫か

よ……。)


 ―――桜の花びらがパラパラと舞い落ちる。


 そのうちのいくつかがスマホに落ちたり、肩に落ちたりと少々うっとしかった。その度にぱっぱと払う。


 「ふ、ふぁぁぁぁあ」


 今日は早起きだった。だから、睡魔が………。少々、無様だが仕方ない。

 俺はもとより、行くことに反対だったのだから。


 「………寝るか」


 俺は眠気に勝てず、瞼を閉じた。


 そこは不思議と人通りの少ないベンチ、いや場所だった。それはきっと桜があるのがベンチの横だけだからだろう。花見をしにきた人たちが求めているのは一本の桜ではない。


 無数の木々に囲まれ、花びらがヒラヒラと舞い、その下で持ってきた弁当を食べるということなのだ。


 思えばこの場所で寝たのが始まりだったのかもしれない。人が寄り付かなかったのは、俺がもうその時点で境界線上にいたからだろう。もう、元の世界から姿を消していたから………。



 ◇ ◇ ◇



 ここは別世界、いや隣の世界とでも言おう。

 コウキの最後の力により手帳は並行世界へと送られた。だが残念なことにコウキが記した最後の一節、「結末」については時空を超える際に置き去りとなってしまった。


 五千七百五十九……誰も知りえないがこの手帳はその回数だけ空間を跨ぎ、別世界へと流れ着いている。そして、その分だけの人の想いも込められている。


 そして手帳は一人の青年の元へ舞い降りた。偶然か奥深い森の中、どこを見ても緑しかない大森林の中で固い地面に顔を当てて眠る青年――――冬馬輝(とうまかがや)の元へ、その手帳は辿り着いた。



   別世界から、否、「未来」から――――



 

 

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