第2話 おっさん、リリスに逝かされる。
ゾル・ヴァレア村。魔界の辺境にある、静かで小さな魔族の集落。
コボルトが畑を耕し、インプが薪を運び、リリスが村の子どもたちに読み聞かせをする。
あまりにも平和で、「魔界」と聞いてイメージしていた修羅場や地獄絵図とは大違いだった。
多田野仁は、そんな村で「伝説のバーサーカー様」として崇められ……るわけもなく、
普通に木こりとして働いていた。
「……斧、軽すぎじゃね……?」
手にした魔界斧を握った瞬間、木がバキバキに裂けた。
握力の加減がわからず、木の方が根元から吹き飛ぶ。
「うおおおい!? ごめん! ゴブ郎、ぶつかってない!?」
「だいじょぶー! すごい威力ー! さすが伝説のオッサーン!」
「オッサン言うな……」
そんな日々の中で、仁の中に少しずつ“充実”という感覚が芽生えていた。
・飯がうまい。
・空気がうまい。
・寝床があったかい。
・そして、リリスがやたらと優しい。
「ふふ……疲れたでしょう? 今日の夕食は、わたくしの手作りよ」
「えっ……サキュバスって料理すんの!?」
「人の精気を抜くだけがサキュバスの務めではありませんのよ?」
「言い方!!」
まさかの“癒やし担当ヒロイン”である。
リリスは、仁が不安定になるとすぐに背中をさすり、
食事のときは隣に座り、眠るときはそっと布団を直してくれた。
「……もしこのまま平和に暮らせるなら、それもいいかもな……」
だが、それは唐突に崩れる。
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ある日のことだった。
仁が薪割りをしていた最中、ふとした拍子に指先を切った。
「いって……」
その血を見た瞬間――身体のどこかが“疼いた”。
「っ……あ……!?」
胸の紋章が、赤く脈打つ。
全身の筋肉が膨れ上がり、呼吸が荒くなる。
理性がふっと消え、視界が赤く塗り潰されていく。
「う……うおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
バーサーカーモード、突発暴走。
目の前にあった木を握り潰し、地面を叩き割る。
その場にいた村人たちが慌てて逃げ出す。
「また始まった!?」
「バーサーカー様、オーバードライブ状態!?」
「やばい! おっさん爆発するぞ!!」
リリスがすぐに駆け寄ってきた。
「仁ッ! 落ち着きなさい!」
「ぐおああああ……だ、だめだ……止まらねぇ……リリス、逃げ……っ!」
「ダメです。あなたは私が止めます。最終手段を使うしか……ありませんわね」
そう言うと、リリスは仁の背後へまわり、
彼のズボンの奥へと手を伸ばし……
“おっさんマイク”を握った。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおっ!?!?」
全身の筋肉が一気に硬直。
暴走魔力がスン……と消える。
直後、仁の口からは、理性を取り戻す“悲鳴”がほとばしった。
「や、やめっ……やめろやめろやめろおおおお!?!?!?」
「こ、こんなとこ握るなバカリリスうううう!!///」
「これ暴走止まるどころか俺が違う意味で逝くぅぅぅ!!」
暴走は完全に止まった。
代わりに別の意味でいろいろ終わった。
「……なんであれで止まったんだ?」
「あなた、精神的な衝撃に弱いタイプなんでしょうね。心が深く動揺すると、魔力の波が乱れて強制終了するようですわ」
「俺、アプリゲームのバグみたいな扱いかよ……」
「つまり、あなたを止めるには――」
「もう言うな! もうその手を使うな!」
「ふふふ。ならば次は、お口でも試してみます?」
「やめろォォォォ!!!!!」
かくして、魔界の村にとってバーサーカーの制御方法は確立された。
が、当の本人だけは、一生この制御法が村にバレないことを祈ることになる。
こうして、「おっさん、リリスに逝かされる事件」は魔界で記録された。
そしてそれは、彼の数ある“暴走事件簿”の第一項に過ぎなかった。