思い出の断捨離
暖かくなり、桜の見頃も過ぎたころ、私は一人で部屋の中を片付けていた。使い古した歯ブラシや、一緒に使っていた毛布など、いろいろなものを必要なものとそうじゃない物に分けては、整理していく。
そうして断捨離を進めて行くうちに、クローゼットの中身に手を出し始めた。私がもう着れなくなった去年買った服を取り出すと、迷うことなく紙袋につめる。今の時代、何でもリサイクルを謳っており、服ひとつとっても必要としている人がいた。せめて着れなくなった服くらい、そういう人たちに届いて欲しいと思った。
やがて自分の服の仕分けが終わると、クローゼットの中は随分とすっきりした。そのことに私は満足して、一息つくために台所に向かった。シンクの中には洗い物が溜まっており、これも片付けなければなと苦笑いを浮かべる。
私は冷蔵庫を見て中身が空っぽなのを確認して、何かないかと台所を漁る。すると、スティックタイプのインスタントコーヒーを見つけたため、お湯を沸かしてコーヒーを作る。暖かそうな湯気に甘い香りが鼻をくすぐる。
私はできたコーヒーを持ってリビングに向かう。台所に比べると、リビングはそこそこ片付いていた。そのかわり、長く使っていなかったせいかうっすらとほこりが被っていた。リビングの置かれた机のそばには小さなタンスが置かれていた。その上にもうっすらと埃がかぶっており、何個かの写真たてが伏せて置かれていた。その写真縦から、私は意識的に視線を逸らす。あれもそろそろ片付けなければと、考える。
ふぅと一息ついて、次にどこを片付けようかと考える。片付けるものはたくさんある。それだけの時間をここで過ごしてきたから。
ふと目を閉じると、どこからか笑い声が聞こえてくるようだった。
その声を聞いて、私は思わず泣きそうになった。
これではいけない、と私は頭を振って意識を切り替える。
そうだ、服の整頓の続きをしよう。
ずっと残していた服たちが、まだタンスの中に眠っている。どうしても捨てられなかったそれらを、いっそ一思いに捨ててしまおう。
思い出を捨てるように。辛い記憶を思い出さなくで済むように。
私はひとりぼっちになった家でそう考える。
伏せられた写真立てには、私と夫と、小さな娘が写っていた。
この冬、交通事故で死んだ二人と、笑い合う自分がそこにいた。