27話 秘薬
ルクティーたちが遺跡を飛び出してから、ジレッドはキームの傷口に聖法を施した。乱雑な治療跡を綺麗に修復してから、慣れた手つきで包帯を巻いていく。
「――よし! これでひとまずは大丈夫っす」
施術された腹部にキームが目を落とす。
「懐かしいですね……あなたと二人きりというのも」
「そうすっね。もう七年前になりますか」
「ええ……あなたは若く、情熱的な方だった。それは……今もお変わりないようで」
「よしてください。水くさいすっよ! ……キームさんは、ずっと若いままだ」
「買いかぶりですよ。僕だってしっかり老いています」
ジレッドは医療器具を鞄に片付けながら、キームを背中に会話を続ける。
「……ルクティー、似ているでしょう。キャンディス妃に」
「……ええ」
ジレッドは知っていた。
キームが、キャンディス妃に心を奪われていたことを。
七年前――キャンディス妃が病に倒れたとき、キームは聖法使いを探していた。その際に白羽の矢が立ったのが、当時医学生ではあったものの地域ではそれなりに名を馳せていたジレッドだった。
しかし、ジレッドの聖法、医療技術を持ってもキャンディス妃の体調が良くなることはなかった。
そこで、キームはとあるアイテムを探して世界全土を旅することになる。
古の万能薬である――“秘薬”を。
「……アンタが居たから、俺はプリスウェールドの……ルクティーの家庭教師兼専属の医師をすることができてる。感謝してるんすよ、これでも。だから……あんまり、ヘンなことは考えないでくださいよ」
「ヘンなこと……とは?」
「アンタがなんでこんな場所に根を張ってるのかわからなかったが……ようやくわかった。“秘薬”だ。この遺跡にあるんでしょう。それか……もしくはもう手に入れている」
「…………」
鞄を閉じて、ジレッドは軽く手のひらであおいだ。
「このテントね、匂うんですよ。七年前、“秘薬を調剤した”ときと同じ香りがね。ま、俺にしかわからないとは思いますが」
「鼻が、いいんですね」
「いや? 別に。ただ、医者なら当然わかるってだけの話ですよ。俺、一応医療については真面目なつもりなんで。で……、それ、どうするつもりです?」
ジレッドはキームが手に持つ調剤済みの秘薬を指差した。
「僕は、ただもう一度だけ、キャンディスに会いたい。それだけなんです」
「死者にはもう会えません。わかるでしょう」
「いえ、そんなことはない。この世界には未だ見ぬ不思議なアイテムがたくさんある。まさに、ここの魔石を全部採取した人物が使った“カラクリ”も、不思議なアイテムにあることでしょう」
「……何が、言いたいんです?」
「“死者の魂を、生者の身体に入れ変えること”だって、できるんじゃないかと思ってまして」
「何!? そんなアイテムがあるだなんて、聞いたことがない!」
「ええ。僕も聞いたことがない。だから、見つかるまで探すんですよ。何年でも、何十年でも、“何百年でも、何千年でも”……!」
「……やっぱりそうか。アンタ……あのとき俺が調剤した秘薬を飲んだな!?」
「キャンディスに拒まれてしまいましたから。代わりに僕は不老不死の身体を手に入れました」
「……ッ!!」
「キャンディスにそっくりの肉体に、彼女の魂を入れることができたら、僕はそれだけで幸せなんです……! 僕は彼女と――生涯終わらない愛を育みたい――!」
「そんなのっ……、許されるわけねぇだろ!」
ジレッドが、触媒である手袋を構える。
白く輝く魔力の粒子が、腕の周りをキラキラと瞬く。
「おや……戦うお医者さんですか?」
「俺は……ルクティーにまだ謝れてない。あいつの母親を救ってやることができなかったこと。それに……“アンタのやらかし”もまだ告白できてねえ!」
「なんのことだか。さて……女性への“告白”ができない腰抜けお医者さんには、お仕置きが必要ですかね」
「ルクティーには絶対手を出させねぇ! あいつは、絶対幸せにならなくちゃいけねぇんだ!」
「ゆくゆくは僕と絶対に幸せになりますよ。まぁ、僕が興味があるのは、“彼女の身体だけ”、ですけれど」
「こんのッ……クソ野郎――――!!」
* * *
「……クレイ。キミとオレ、どちらがルクティーを幸せにできると思う?」
「ああ……? 一体なんだそりゃ」
ルクティーに言われた通り、ルフナとクレイは離れた場所で、待機していた。
ルフナは姿勢良く真っ直ぐ立っていて、クレイは腰を下ろしあぐらを掻いている。
「実質、オレかキミしか、居ないだろう。ルクティーの相手は」
「だから……おれは婚約者候補じゃねえっつうの」
「それを言い出したら、おそらくオレもすでに婚約者候補から外れていると思うよ。プリスウェールドに害なす悪名高き盗賊団を仕切っていたからね」
「…………」
クレイが、そのへんに転がっている小石を拾い、遠くに投げ捨てる。
「キミが、ルクティーのことを大切に想っていることくらい……わかるさ。特認定別試験を受けなかったのは、どうしてだい? まさか、ルクティーから選んでもらえると、思っていたとか……?」
「…………」
「だとしたら、キミはとんだ思い上がりをしているな。幼馴染みの絆は確かに強いのかもしれない。だがしかし、積極性の塊とも呼ばれるオレという存在が目の前に居る。受動的では、何もなし得ないよ。クレイ」
「……おれは柄じゃねえ。ただ、それだけだよ」
クレイが投げた石は、岩にぶつかって割れて弾けた。
* * *
俯けに倒れたジレッドの中心から、赤い血だまりが広がっていく。
対した相手が、意外にも武闘派であり思った以上に手こずった。
ジレッドは、熱い男だ。自分のことよりも、他人の為に実力以上の能力を出せる。何度か聖法を纏った殴打を食らい、消耗してしまった。
――やはり、聖法は厄介だな。
「……素直に、強かったですよ。褒美に殺さないで差し上げます」
「――クソっ……」
キームは自らの触媒をしまって、ジレッドを置いて立ち去ろうとする――。が、くるりと踵を返して、付け足す。
「いや、違いますね。治療をしていただいた礼と思ってください。あなたなら、自己治療でしばらくしたら動けるようになりますよ。それでは僕はこれで」
遺跡を飛び出したキームは、高鳴る鼓動を抑えられずにいた。
ドクン――ドクン――。
悪い虫がつかないよう育んできた果実を、ようやっと摘むことができるのだから。
何にも代えがたい幸福感で、胸が満たされていく。
「ああ……待っていてください、キャンディス……キミと再び触れあえることが、今は何より楽しみですよ」
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