25話 予想外
「――おやおや。これは、ルクティー様」
それは、予想外の人物だった。
「えっ……キームさん!?」
久しぶりに見たキームさんは心身共に疲れているようで、身体からは覇気が失われ、顔面蒼白で今にも倒れそうだった。
いつも綺麗だった黒い長髪も、いまではガサガサでだいぶ傷んでしまっている。
「……ルクティー様、お変わりないですか。お忍びで遠征隊に紛れ込んでいたと後から聞きまして。貴方が黒装束に攫われたとも……ご無事を祈っておりました」
「それなら平気です。ここにいる皆が助けてくれたから」
キームさんは、後ろにいるルフナを一瞥する。
「……ルフナ殿ですな。遠征隊から突然居なくなっていたので驚きました。黒装束から、ルクティー様を救っていただきましてありがとうございます」
「……いえ、大したことでは」
少しぎこちなく感じるルフナの笑みを見て、そういえば黒装束は元々ルフナの仲間だったことを思い出す。
わたしは話を切り換える。
「キームさんのほうこそ、どうしたんですか? こんなところで」
キームさんは言いかけて躊躇したみたいだけど、やがてゆっくりと乾燥した唇を開いた。
「…………実は、シンク騎士団長殿に、突然襲われまして」
想像もしていなかった言葉に、わたしは虚を突かれた。
キームさんが、身に纏っていた外套を脱いで、腹部を見せてくる。
深い切り傷がそこには刻まれていた。そして、それを乱暴に治療したような跡も。
「……俺が治療する。話を続けてください、キームさん」
「おや、ジレッドさんもいらしたんですね。あなたも突然居なくなって……まったく……遠征にお忍びにきていたルクティー様に、皆さん気付いてんですか!?」
「いや、俺はコイツの治療たときに聞いただけで」
ジレッド先生がクレイを紹介する。
「そうでしたか……ジレッドさん。大丈夫ですよ、傷のほうはなんとかなりましたんで」
「できることはやる主義なんで。傷跡も、目立たないようにできますから」
ジレッド先生はキームさんをテントの中に連れ込んで、腰を落ち着かせてから医療器具の準備を始めた。
「……キームさん、どういうことか話してもらえますか?」
わたしは、話の続きをお願いする。
「はい。黒装束の襲撃があってからも、我々遠征隊は遺跡探索を続けました。そのときはルクティー様が攫われているとは思ってもいなかったので……。そして、遺跡に到着前に、シンク騎士団長殿に呼び出され……突然、刀を向けられました」
「……そんな、シンクさんが」
「ええ。黒装束を雇い、貴方を攫おうとしていたのも……シンク騎士団長で間違いありません」
酒場でルフナが言っていた言葉を思い出す。
候補者を蹴落とすための行動……でも、なんでシンクさんが? 候補者でもないのに。
ここに来る途中で見た血痕や争った跡は、シンクさんとキームさんの争った跡だったということ……?
「貴方を……コントロールしたい、とまで言っていました」
キームさんと、目が合う。
憔悴しきっているのに、瞳だけは強く、わたしを見つめていた。
時折苦しそうにしながらも、彼は続けてくれる。
「それから僕はシンク騎士団長から逃げ切り、この遺跡を目指しました。あくまでも魔石調査が今回のミッションでしたから。しかし……もぬけの殻でして。それで、深手を負っていたのでしばらく身を隠していたというわけです」
「……シンク騎士団長や兄様、他の遠征隊は何処に行ったんだろう」
「城に戻ってるとか? でも王様になんて説明するつもりなんだろうな」
クレイが眉を顰めながら言った。
「……おそらく、逃亡しているかと思われます。本来であればルクティー様を人質にプリスウェールドへ攻め入り、何かしらの謀反を企てていたに違いない。それが失敗した以上、戻るに戻れないかと。他の遠征隊については元よりシンク騎士団長の息がかかっているので問題無く、ディン第一王子については消息不明です」
キームさんの言葉を聞きながら、ことの真偽を明確にするには実際にシンクさんに会う他ないような気がした。
「…………シンクさんを探そう。わたしたちで」
それに、フレイムリードで聖火の焔に当てられて以降わたしの中で産まれた引っかかりについても、解消しておきたかった。
それには、シンクさんとお話をしなくちゃ。
――あと、222日……。
作品を気に入りましたら『ブックマーク』と『レビュー』をお願いします。
☆☆☆☆☆ ⇒ ★★★★★ で評価できます。




