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いつわり郷  作者: 融点
流行
63/65

63.危惧

お読みいただきありがとうございます。

 悩み事は一晩おいてから考える方が良い。よくそう言われる。

 幼い頃から気持ちが高ぶりやすい性格だった、というわけでもないが、テレビ、新聞、毎日メディアに触れていればそれくらいの情報、目にすることはよくある。

 そのたびに、何のためにこんな情報を取り上げるのかと不思議に思っていた。

 社会では絶えずいろいろなことが起こる。にも関わらず、ライフハックとかエンターテインメントとか、わざわざ伝える意味が、小学校低学年くらいのときまでわからなかった。今でも完全に納得できてはいない。漠然とした「納得」があっても、それを言語化して幼い頃の自分に教えることは容易ではないと感じるからだ。

 それはさておきここ数年、小学校時代より多くの人に触れるようになり、それまでメディア上で「見る」や「聞く」だった悩み事に関するこの情報を、よく人から直接「言われる」ようになっていた。昔より気持ちが高ぶりやすい性格というわけでもないのに。

 いや、自分がそう思い込んでいるだけか。

 昨日はここには来れなかった。その事実によって、自分が冷静という仮説は一目散に崩れ落ちた。ただ今日こそはと思う。一昨日蘭花とまともに話し合うことができなかったのもまた事実だ。

 ドアを開ける―

 ―蘭花が寝ていた。一晩ここにいたとでもいうのだろうか。ここは何日も寝泊まりできるような場所ではないから、一日中、という表現は少しおかしいようにも感じる。

 蘭花は机に両手を置き、肘を曲げて、そこに頭を乗せてうつ伏せになっていた。椅子の向き的にこっちを向いていたので、それは入った瞬間にわかるようになっている。

 そして近くに、一昨日、いや、はじめに見たのはもっと前か。に見た、いわゆる『仮想空間に行くためのゴーグル』が置いてあった。

 仮想空間...。

 時空が交わっているとしたら、信じる人はいるだろうか。極端な話、信じない人が大半だと思う。

 ただ少し想像したらこう思うはずだ。

 ―時空が交わるとは、どういうことか?

 時間が巻き戻るなら、まあ分かると思う。つまりタイムリープである。現実世界でのあり方がわからなくても、過去に戻れるということの想像はつくと思う。それ以外にも、四次元空間とかも無限に広がる世界みたいに捉えることができる。

 しかし、時空が交わるということの想像は、少なくとも自分にとってはあまり簡単なことではない。別の時空、つまりパラレルワールドが存在して、それが今この時空、現実世界と共通点を持つ、ということだろうか。

 その想像をせずに、時空が交わることがありえないと断定している人も、少なからずいるのではないだろうか。それはもしかしたら、時間が巻き戻ることに対しても少しは言えるかもしれない。

 だとしたら、初めよりも少しは、時空が交わることがありえると言えるのではないか。そう思う。仮想空間でなくても、過去と現在が交わることが、あり得るのではないか。仮想空間でなくても、過去に戻ることが、あり得るのではないだろうか。

 ―事実は、事実だ。

 そのゴーグルは重くはなかった。色は白で、右端の歯車みたいなパーツで時間を指定できる。一ヶ月にしよう。

 見捨ててしまった罪は、重いのだから。

 

 

 目を覚ますと、きっちり一時間が経過していた。ただまだ朝の十一時だ。想像通り、時間の感覚がおかしい。

 前を見たが、向かい合わせで座っていたはずの蘭花はもういなかった。ということは、自分が眠っている間に蘭花は目を覚まし、向かい合わせで人が座っていることを認識したということだ。

 蘭花は何を思っただろうか。それを使っている自分を見て。

 話し合うという目的で来たのに、結局それはできなかった。もっというと、同時にお互いを認識することさえできなかった。

 ...スマホを取り出す。メールアプリを開く。もうそれしかできなかった。時間が流れれば流れるほど、気まずさは倍増していく。そう思ったからだ。

『本文:

 一昨日はごめん。』

 それだけだった。

 しばらく経って、ノックの音がした。インターホンはないので、ドアに付いている小さい穴から除く。...鋭くんだった。

「どうしたんですか?」

 ドアを開くと同時にそう言うと、茶色の紙袋を差し出してきた。

「この前のお礼です。これ、食べてください」

 手にとって中を見ると、とうもろこしがまるまる一つ入っていた。

「...ありがとうございます」

 それだけの用件だったのか、鋭くんは会釈をして、この場を離れようとした。

「ちょっと待ってください」

 誰かに話したかったのだろうか。この事を。自分は呼び止めて、中に入ってくれないかと、鋭くんに頼んだ。

 もうすぐ、太陽は今日もっとも高い場所にたどり着くはずだ。

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