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いつわり郷  作者: 融点
流行
62/65

62.素

お読みいただきありがとうございます。

「なに?これ」

 自然な演技って、どうすればできるだろう。

 やっぱり慣れだろうか。だとしたら、今自分がその事を知ったというふうに振る舞うのは難しい。

 一応設定的には、ずっと出入りできないということにしびれを切らした事に自分ではしている。それが伝わるかは別として。

 森に唯一つあるこの建物。今ここには蘭花しかいない。この場所を知らない人から言わせれば、悟りでも開いたのかと言われてしまうかもしれない。

 だから今突然投げかけたこの問に対して返答をする人物も蘭花しかいなかった。

「え?これ?えっと...」

 多分その時の言葉はもう少しだけ曖昧な日本語だったと思う。今の自分は突然扉を開けて入ってきた後、その大きな直方体の物体を指さして呆然と立ち尽くしている。威圧的な態度は取っていないはずだ。

「...ていうか、なんで入ってきたの...はいってこないでって言ったのに...」

 これはシンキングタイムを確保するためだろうか。それともただの文句だろうか。それとも話題を変えるためだろうか。やっぱり、自分で決めたしびれを切らしたという設定は伝わっていなかったのだろうか。

「いや、いい加減入れてもらってもいいじゃん。もうけっこう待ったよ?何してるの?」

 よくよく考えたら、そう思ったなら突然来るより前に連絡を取ったりするべきだろう。しかし、自分が思いついた中で一番自然だった理由はこれだったのだから仕方がない。要するに、蘭花を納得させる理由が一つも思いつかなかっただけの話だ。

 蘭花は自分がここに来た瞬間立ちあがってそのままだったが、やがてまた椅子に腰を下ろした。ため息を付いたのだろうか。頭が少し上下した気がした。

 うつむいたまま、しばらく何かを考え続けていた。

「...なんだって、いいでしょ。」

 考え続けた割にはそんなそっけない返答をされた。そう感じた。

「何だって良くないよ。今の今まで蘭花がこの事を隠してた理由は何?必要なんてあったの?そもそも、これは何なの?」

 聞かなくてもわかることは聞かなくてもいい。ただもしそれをわざわざ聞くとしたら、それはきっと自然な演技のためだ。実際、自分もそうだった。

 そういう観点からだったら目の前で畳み掛けるほうが良かったのかもしれないが、本当の意味で今の自分はショックで、ゆっくりと一つ一つ、語尾を震わせながら尋ねることしかできなかった。

 ショックというのも、一緒にいた時間がある程度あったのならなにか自分がしてしまっていたのかと思えるが、その時間が全然ない中でこうして隠し事をされたので、もう失望されているのかと思ってしまったのだ。

「なんでもいいでしょ...」

 もう一度そう言って、立ち上がる。今度はまっすぐこっちを見ている。

「私の何がわかるの?事情を聞いたところで納得するの...?」

「するよ。するさ。なんでそう思うの?蘭花だって何も分かってないよね...?

 ...ていうか、そういうって事はなにか理由があるってことだよね...?」

 お互いを知らないからこそ、これ以上なにか言い合うこともできなかった。だから、

「なんで...」

 何が言いたかったのだろう。わからないが、その三文字を放って、そのまま蘭花は部屋から出ていってしまった。

 一人だけ取り残された。窓は閉まっていたので、風は入ってこなかった。ただ、自分一人だけその場所にあるというシチュエーションには地味に冷たい風がつきものである。それも、この淋しい山の中なのだから。

 時間が経てば、戻ってくるだろうか。...いや、ここはあくまで研究所であって、家ではない。だから、日をまたがないと蘭花はこないかもしれない。そもそも、戻って来る保証なんてどこにもない。

 ...自分は知っている。これはざっくりいうと仮想空間で生活するための装置だ。

 ちょっと構造を覗きさえすればだいたい分かる。一緒にいた時間が短くても蘭花っぽいと感じてしまう。だから蘭花から目をそらすこともしなかった。

 ...過去を変えることも、できるのだろうか。

 誰にだって、変えたい過去はあるだろう。ただ、そういう過去があっても、もう過ぎてしまったことは良い。そう思える人もいるだろう。

 さて、その変えたい過去というのは、何が原因で変えたい過去と化したのだろう。自ら犯した失敗だろうか。それとも、周りの誰かが自分に対して成した悪だろうか。

 周りの誰かが自分に対して成した悪。自分にはそれが当てはまるかもしれない。果たしてそれは、自分だけ悪と取り違えているわけではないと本当に言えるだろうか。

 ...不思議な話だ。

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