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いつわり郷  作者: 融点
流行
60/65

60.報告

お読みいただきありがとうございます。

…ところで、日本にはタイムパフォーマンスを注目している人がいる。ただそれは案外前の話で、今はタイパを振り切ってゆっくりしようという人もいる。規則正しい生活をして、ゆとりを持つからこそ、そんな生活が可能なのだ。ゆとりを持つ人が成功者かどうかってのはどうだっていいのだが、僕はつくづく思うのだ。

 ―極端な話じゃないだろうか―

 たくさんのことをこなすことに喜びを覚え、それでストレスがほとんど無い人がいるかも知れないし、ストレスがあっても楽しいことは楽しいんだ。それが人生ってことも、いつかの流行だったはずだ。タイパの人とそうでない人は今でも混在している。ただそれは一人ひとりが個人的な考えを持っているだけであって、どちらかに合わせる必要もないと思う。

 今宵僕はその曖昧かつ明瞭な境界線にて世界を見下ろすような感覚になった。まとめ方もわからないが、僕はそんな考え方でいる。それも、個人的な考えなのだが―

…と、そんな事を考えているうちに部屋についた。らんが今話したことについてどう思うかはおいといて、まずらんの目的を知ろう。それが、今一番僕のやるべきことであり、やりたいことだ。参考程度にしてほしいが、これが僕なりの考えだ。

 だから、僕はそんな反論のない世界を求めている。

 

 

 部屋に着いた。現在九時四十分。自転車で来たというていなら上出来な時間だろう。

 ...やっぱり、鍵をかけたほうが良いと思う。住宅街からはずれた森の中にぽつんとあるのはいいが、見えづらくても空き巣が入る可能性なんて十分ある。もはや公衆トイレにさえ見えるから間違って入ってこられたらたまったもんじゃない。

 ガチャ。しばらく出入りしていなかったので、微かなドアノブの冷たさは懐かしささえ感じさせた。なんで出入りしていなかったか?簡単な話だ、入るなと言われていたからだ。

「あ、やっときたー」

 椅子に座ってらんが待ち構えていた。青緑のズボンと緑のティーシャツ、正直なところらんには似合っていなかった。それと何度もいうけれど、十分で来たのだから上出来だと思う。

 蛍光灯の薄暗い光は白い壁によって反射され、部屋の中を駆け巡っていた。左には本棚、正面にはホワイトボードがあった。ここで暮らしているわけではないので生活に必要なものといったら洗面台とトイレ、あと物置きくらいしかない。

 そしてそのホワイトボードには、新しいマーカーで書かれたであろう濃く細い、紅色に近い線で、こう書かれていた。

『仮想空間実験』

 丸みのあると同時に清々しさを感じさせる字体だ。僕はそれに気を取られてすぐに聞いた。

「何?これ」

 突然しばらく来ないで欲しいと言われ、連絡もなかったので何をしているのか気になっていた。別に怒りなどという感情は抱かなかったが、まず最初に抱いたのはその疑問だった。

 僕はこれを言うと同時に右側を指さした。だって、目の前の漢字六文字よりももっと気になる存在があったからだ。

 黒い直方体。目を遠ざけてみればその表現が最も適していると思う。これがもう一回り小さければ、僕はデスクトップパソコンのタワーだと考えただろう。しかしそれよりも大きく、この部屋の特異点的存在となっていた。

「頑張ってつくったんだよ...。」

 そう言うとらんはどこかからブイアールゴーグルらしきものを取り出した。

「これをはめればあたかも自分がその仮想空間で暮らしていたかのように生活できる。目だけじゃない、足も、手も。

 ―脳も。」

 突然『脳』と言われ、なにか恐ろしいものをつくってしまったんじゃないかと思ってしまったが、まず初めに考えるべきなのはこの話が本当かどうかだろう。

「自分がこの場所で暮らしていたことを忘れて、その場所の住民になれる。それまでの記憶は、ランダムに構築されるんだけどね。でもすごいと思わない?」

 ...何を言っているのだろう。今聞いただけでは僕は何も理解できなかった。

「一回、やってみていい?」

 らんが言うに、この発言も愚かだったというわけだ。

「いや、やってみたとしても現実世界に戻ってきたときにはその記憶は消える。だから意味ないよ。

 ...あ、一応、最初に向こう側で過ごす時間を決めるんだ。最長は一ヶ月だね。ただその場所で一ヶ月だったとしても、それはあくまで仮想空間での話。現実では一時間しか経ってない。そういう仕組なんだ。」

 らんは仮想空間のことを「向こう側」と表現した。つまりこっち側があるうえでの向こう側、いわゆる相対的な関係である。

 そんなことよりも、どういう期間にしろこっち側で一時間しか経たないのなら、特に恐ろしい装置でもないのかもしれない。僕が勝手に想像していたのは、一度入ったら抜け出せず、もうそこの住民としてでしか生活できないような、なんともおぞましい機械だ。

「...そういえば、杉近には言ったの?」

 今ここには僕、桐間時生と側巻蘭花の二人しかいなかった。もう杉近に言ったとらんが答えるなら、僕と杉近、別々に伝える必要なんてあったのか、と返すだろう。杉近はそこまで疑心暗鬼にはならない人物なのでメールで伝えた、というのもおかしくはないが、それなら僕だってそうだと思う。いや、自分で気づいていないだけだろうか。

「いや、言ってないよ」

 そんなそっけない返答だったので、僕がわざわざ立てたこの仮説は必要なかった。

「どうして?」

「だって杉近、こんな物見せたら『ここにいたくないのか』とか、『現実逃避するな』とか、いいそうじゃん」

 ...杉近は多分そんな事は言わない。ただ、いつもの雰囲気かららんはそう考えてしまうのだろう。

 いや、らんがそう思う原因はいつもの雰囲気とかではなく、一緒に過ごした時間の短さか。

 杉近は延享大学月影研究チームという研究室のチームリーダーだった。化学工業、だったっけ。の何かを研究していたらしいが、杉近が言うにそのあと脳科学に興味がで始めたのだという。ただまた大学で研究しようという気力まではでなかったらしく、やがて杉近はここを訪ねてきた。

 ネットで調べてでてきたらしく、どこかの大学の研究室ではないなどゆるい雰囲気に惹かれた、と言っていた。

 それからずっと杉近は脳科学を勉強していた。

 と、言うのが去年の話だ。勉強している、という肩書の杉近なので、きっと側巻から来るなと言われた今も家で本を広げているだろう。僕も論文を漁っていたところだった。

 数ヶ月でやっと打ち解けて、知らない間にタメ口さえ使うようになっていたが、それでもまだお互いのことを理解しきれていないのだと思う。

「でも、いつか見つかるんじゃない?」

 「見つかるんじゃない」というのは少し人聞きが悪い表現だった。しかし「バレるんじゃない」という表現ならもっと人聞きが悪いだろう。

「...まあ、大丈夫でしょ」

 そもそもらんは、何が目的でこれをつくったのだろう。

 ...結局、数日後にバレたのだが。

だから同姓同名の人が...じゃない、同じ人なのか。

さて、今日はいよいよ大晦日ですね。(ぎりぎり)七月からのスタートでしたが、今年もありがとうございました。

良いお年を!

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