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いつわり郷  作者: 融点
出郷
58/65

58.開悟

お読みいただきありがとうございます。

「お父さん...?」

 突然実の父が帰ってきたことで、そこら辺で寝そべっていたりんも身を起こす。そこに布団はなかった。

「何してたの?」

 まず投げかけたこの疑問に込められているのは嬉しさだろうか。それとも憤りだろうか。...秀和さんが反応に困るのも無理はないだろう。

 そもそも、秀和さんを迎えた人たちが海に引きずり込んでどこかへ連れていかれたなんていう設定にしたのは、多分できる限り自然な流れで迎え入れたかったからだと思う(実際そんなことは全くなかったが)。だって、突然島から姿を消したなんてことになったらいかにも不自然で、怪奇すぎるから。

 結局、カイも同時に連れて行ってっしまい、ただの誘拐事件になってしまったが、不自然に連れて行きたかったというこのいきさつが正しいのなら、今秀和さんがりんに真実を話してしまうのはこの目的にそぐわない行為だと思う。...しかし、第一カイを道連れにさえしていなければ僕たちが秀和さんの事情とやらを知ることもなかったので、誘拐として終わらせられたかもしれないが、四人中二人がそれを知っているとなると、いつ僕たちがりんにそれを話してしまうかわからないので、秀和さんにとってしらばっくれるのは少しリスキーかもしれない。

 実際、そんなことはしないんだけどな。

 なんたって、あの場所は秀和さんたちのふるさとなのだから。ただそれはもうなくなろうとしてしまっているのだが。...もうなくなる。それなら秀和さんも少し話しやすくなるかもしれない。

 ...ちょっと待てよ?そもそも秀和さんがこのことを隠している理由はどこにあったのだろう?

 僕はてっきりそれはかつて自然破壊テロを行っていた人がいたからだと思っていた。しかしよく考えてみると秀和さんがそれを知ったのは、杉近さんから知らされたつい最近のことだと思う。

―「…あの人達は今、島を追い出されると思っている。このままいけば、明訓さんの思い通りの結末になるんじゃないかな...」

 杉近さんがこう言っていたからだ。この少し前、全員にテロのことを話したのだろう。

 もしそうなら、秀和さんがここまでこの島のことを隠し通してきた理由はなんだったのだろう。

 昔自分が島の隅に追いやられたことを知られたくなかったから、とか...。

 もしかして、隠し通していたのではなく、気づいてほしかったんじゃ...。

 秀和さんがりんにこのマネオン・パラスカナイス島のことを教えたのは、自分がかつてその島で過ごし、貧乏人として過ごしていたことを知ってほしかったからなんじゃないか?

 ...あれ、まさか、杉近さんは初めから終わらせるつもりだったんじゃ...。

 爆破予告の報告書をポケットから落としたのも、僕に気づいてもらうためだったんじゃないか...?今思い出したが、鳥澤は、杉近さんに地層を見たいということを伝えていたはずだ。だから杉近さんは外出することをなんとなく知っていたと思う。

 ―もちろん、これらはすべて仮説にすぎないのだが。

「...全部、話すよ。」

 この秀和さんの行動は、明訓さんだけが原因というわけではないのかもしれない。

 

 

 自分はかつて貧乏人として過ごしていた。僕が思った通りのことを、秀和さんは話した。上京したこと、そして最近知ったであろう自然破壊テロのこともだった。

 りんの表情はだんだん変わっていった。絶望とも嬉しさともとれないような、重い雰囲気を放つ顔をしていた。ただこれは主観的な意見にすぎず、はたから見ればびっくりしているようにしか見えないのかもしれない。

 その背景として鳥澤もそんな感じだった。鳥澤にとっては真実を知ったというだけだが、この秀和さんがいなかった二十六日間、その重みは家族でも家族でなくても同じかもしれない。

 事情を知らない人なら『弁解』と称するであろうこの時間。その時間の代償であるりんの返答の中に、「なんで隠してたの」という要素はなかった。りんもそれなりに察したのだろう。

 その察したものというのは、客観的に見れば沈黙にすぎないだろうが。

「この事は、誰にも話さないで欲しい。」

 秀和さんはこう締めくくった。

 しかし、秀和さんに関しては爆破予告を知らない。言い切れはしないが、確かに爆破予告を行った人物は別にあると僕は言われた。僕はその言葉を信用している。

 りんも秀和さんも、爆破予告のことを知ることはなかった。なのでその後の帰ろうという雰囲気も重いものではなかった。

 ただいずれにしても、僕とカイ、そして鳥澤は確かにそれを知っていた。さっきはごろごろしているなどと思ってしまったが、この僕のもやもやは二人も同じだろう。

 結局どうすることもできず時は流れていく。全員の帰りの支度が整い、一階のカウンターがあるところに行って杉近さんを呼んだ。

 杉近さんと秀和さんは面識がある。二人が同時に視界に入った今、そう思ってしまうと複雑な思いに僕は襲われた。

「この一ヶ月間、久しぶりのお客様で私は大変幸せな時間を過ごさせていただきました。本当にありがとうございました。」

 杉近さんは、この言葉を誰に向けていっているのだろうか。心のなかで苦笑いした。

「またのご予約、お待ちしております。」

 適当な会釈を僕はした。全員そうだろう。確かにそれが、杉近さんといる最後の時間だった。

 ...少なくとも、今日に限っては。

 月というのは太陽の光を反射しているから、光っているように見える。ただホテルを出た時、夜の空にぽつんとあった月は自ら輝きを放っているように思えた。

結局どう...。

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