56.最後の祝祭
お読みいただきありがとうございます。
「母なる大地よ。我々は今この時を過ごし、ゆえに生きることができている事に感謝する。人が栄えるこの島よ。我々はこの地球、そしてこの大地に生まれ落ち、にも関わらず、同じ人間であるという事を人々は知っているにも関わらず、島の隅に追いやられた。
貧乏、貧相、我々はどれほど、不名誉な言葉を浴びせかけられたことだろう。ただその霧中の世界で得たものは数え切れないと今思う。新たな人間関係を手に入れ、それだけでここまで生きることができただろうか。いや違う、我々は未だ発展途上にあり、発展途上という称号は今後一切剥奪されることはないのだ。」
真っ暗な部屋で、飯尾さんが読み上げているのは、僕たちの間で代々伝わる、この祭りで毎年言う言葉である。いや、代々と言っても、明訓さんから飯尾さんに、一回しか伝わっていないのだが。
僕、秋元実優はそれを正座しながら聞いていた。言葉が意味のない音となり右から左へ抜けていくわけでもなく、ただ真正面から受け止めることもできなかった。
...だって、もうここにはいれないから...。
「我々の人生はいつか終わりを迎える。ただ今ここに宿る我々の信念が滅びることは永久になく、奪われることもない。」
杉近さんに、この前言われたのだ。
―「ミュウ、君がここに来ることになったのは、自然破壊テロで居場所を失ったからだ。」
飯尾さんには今でも感謝している。後にこの場所をつくったのは杉近さんだと知ったので、飯尾さんへの気持ちは杉近さんに対しても同じだ。
祭りが近づいてきたある日、珍しく食料の配給以外で杉近さんはここに来た。祭りの準備をするためだ。和室で暗い部屋で行うとはいえど、伝統である上で必要なこともあるらしい。ただここに来た直後、杉近さんは僕たちを和室に集めた。まだ、準備が始まる前のことだった。
―「...その自然破壊テロは、俺の親父...明訓が、やったんだ。」
それを聞いたとき僕は唖然としてしまった。そもそも、僕は貧乏人ではなかった。...親がいないと、貧相ととられるのだろうか。
しかし、明訓さんがテロを行っていなければ僕がここに来ることはなかった。それに対して、僕は微かな怒りを感じたようだった。
...いや、もしかしたら、ここにこれて僕は良かったのかもしれない。だって、本当の親もいないし、本当の家もないのだから...。
そんな中で、僕の信念とはなんだろう。本物のふるさとがない中で、僕が死守すべきものなどあるのだろうか。
「その魂をこの世界は何と取るだろう。永遠に保存すべきものだろうか。それとも、自然の摂理の如く誰にも知られぬように滅ぶべきものだろうか。
どちらにしろ、我々がそれを酷と受け入れることはない。なぜならば、我々は我々として、今この時、八月三十日に生きているからだ。」
信念を持たないというのも、一つの生き方だろうか。
本物のふるさと。その意味が示すものとはなんだろう。八月三十日。その日は自分の誕生日と同じような価値があるといつしか感じていた。本物でなくても、真実というやつだろか。
違うな。真実でも本物でもない。どちらでもなくても、今この時自分がこの場所で生きようと思ったなら、それは紛れもない『自分』なのかもしれない。
「今この時、この島で宣言する。今後我々に何が起ころうと、この島を離れることになろうと、我々が決別することがあろうと、この島からこの魂が消えることはない。かつて我々がこの場所で生活し、苦楽をともにし、寝食をともにしていた事実が変わることはない。」
そんな正真正銘の自分を、飯尾さんを初めとした人たちは受け入れてくれた。その事実は今後僕の頭の隅に残り続けることだろう。
ということは結局、その正真正銘の自分は、自分の心を偽っていただけなのかもしれない。悪く言えば、周りにこれが真実なのだと刷り込まれたのかもしれない。ただ、その事はもう否定できないのだ。
「誰にも何も言われないこの場所を否定する者が表れない限り、我々はこの場所で生き続ける。この場所が真実を示さないとしても、我々はそれを本当のこの島のあるべき姿とし、それを永久に保存し続けようと思う。」
その永久的な保存というのは結局、今になって言えばかつて生きた場所がここにあることを心の中で永久に残そうということになると思う。
ただ、それを本当に実行するかどうかは、ここにいる八人の人のそれぞれの思いによる。
新しい人生を歩み始めるか、この島に囚われながら生きていくかは各々の自由だ。しかし、ここにいる人達は実際、一度本物のふるさとを捨ててしまっているのだ。同じことを繰り返し、前者を選ぶかもしれない。実際、僕もそうしようと思う。
だとしたら、この言葉をつくった明訓さんの意図は何だったのだろう。
もしかしたらこれは今後の行動などではなく、自分がこの場所を愛しているという意思表示に過ぎなかったのかもしれない。それくらい、明訓さんはここから出ていくつもりはなかったのだろうか。
...こんなことを、毎年僕は思う。これは屁理屈に過ぎないのだろうか。
これってなんだか、マトリョーシカみたいだな。
―「信念を変えてもいい。そう、遺書には書いてあった。」
これも杉近さんが言った。自分の愛した場所を捨てても良い。ただそれでも永遠に愛すべき対象が明訓さんにとってあったわけだ。つまりマトリョーシカの外側にある殻はその人にとっての偽りの抜け殻なのであって、それが消えることはないのかもしれない。そしてその中にある本物の光は、マトリョーシカを外側から見る他人にはわかるはずがなかった。
...この世界は、偽りだらけなのだから...。
「マネオン・パラスカナイス島。今日も島で、遠き良き月光が降り注ぐ!今ここに、祝杯をあげる!」
この言葉のあとにあるのは毎年普通のパーティーである。部屋の電気がつき、自分の隣に用意されていた祝い酒で乾杯をするのだ。今は午後四時。今年は終わるのが少し早い。
...僕らは、この島を出るのだから。
もう、時間がないのだ...。
今後この島に僕らがいなくなったら、この場所はどうなるのだろう。壊されてしまうだろうか。
さようなら...。
「乾杯!」
軟たちも、もう島を出る頃ですね。




