55.ポリシー
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なぜ、杉近さんがあのとき部屋を見に来たのか。杉近さんが秀和さんに、秀和さんが地上においていってしまったスマホを届けたとき、真夜中に僕たちにばれないように金庫からスマホを取り出したため、あとからその事がばれるような要素が残っていないかを確かめたかったのだという。...いや、ちょっと金庫に違和感があったからって、僕たちが杉近さんにたどり着くわけがないのだが...
それと、鳥澤から聞いたのだが、スマホのマップアプリで、この島の地図がなくなっていたのだという。ついでにそのことも杉近さんに聞いたのだが...。すこし苦笑いしながら、ただどこか寂しさを抱いているような声でこう言った。
―「...どうせ、追い出されたら、残るのは私達三人だけです。地図になんかあったって、仕方がないでしょう...。」
...もしかして、あの人達がいなくなったら、自分も島を出ていこうとしているのではないだろうか。
「…あの人達は今、島を追い出されると思っている。このままいけば、明訓さんの思い通りの結末になるんじゃないかな...」
突然タメ口になったのは、僕の存在が薄くなり、杉近さんが自分自身に向き合い始めたからだろう。
「そんなことして...なにがしたいの...?自分の信念はどこにあるの...!?」
僕があんなことを話したから、側巻さんの中には、何度も言うがかつての被害者を養護する気持ちが芽生え始めたのだろう。それも一週間前から。
喪失感など、そういう絶望の感情は誰も持っていなかった。だって、実際その人達が島から追い出されたところで、杉近さんを除けば僕たちはその人達と関わりがあるわけではないので、特に悲しくなかったからだ。しかしどこか負の感情を抱いている。それは僕たちがこの島を愛しているからなのだろうか。それとも、テレビのニュースで何らかの事件を見たときに心が締め付けられるあれだろうか。
「信念なんてない!」
杉近さんは机を叩いて席を立つ。
「自分はこの島を守れば良い、困っている人がいたら助ければ良い、いい人であれば良い、そんな中で信念なんて持てるはずがない!
―自分の心を偽って、生きちゃだめですか...。」
ちらりとこちらを見た。...杉近さんは、自分の生きる指針があるのだろうか。
例えば、都会という迷路があったとしよう。迷路というのは攻略法がある。自分の右か左にある壁に手をあてて、その壁を伝って進んでいくだけだ。これを右手法または左手法というらしい。なのでこの場合は歩くための指針があることになる。
ただ、それが砂漠という空っぽの空間だったらどうだろう。壁などない。だからさっきの二つの方法ではどうにでもならないだろう。だからゴールに辿り着くために人は無作為に方向を選んで進んでいくだろうか。それとも、誰にも想像がつかないような方法を見つけ出すだろうか。いずれにしても、この場合は歩くための指針がない。
昔この島は栄えていた。だから前者の迷路のようなものだろう。指針がある中で杉近さんが生きるための信念を見失ったのなら、それは自分からそれを捨ててしまったということだろうか。
いや、違うかもしれない。実は右手法と左手法、片方では迷路を抜け出せない場合がある。壁が一つだけでぐるっと輪をつくっている状態だ。この壁を伝っていってしまうと、同じところをぐるぐるするだけになってしまい、永久にゴールに辿り着くことはできない。つまりアイランド的な状態ということだ。
もしかしたら、このマネオン・パラスカナイス島は、ゴールにたどり着けないアイランド状態にあったのではないだろうか?ただ、アイランド状態なら、右手法と左手法片方だけではなく、両方使えばいいのではないか。
それに杉近さんは気づかず、信念を捨てた...。気づいていたとしても、今杉近さんが言った通り自分の心を偽ったことになる。もしかしたら宿命だったのかもしれない。島の住民としても、島の長としても。両方使うという考えにはなかなかたどり着きにくいのではないだろうか。
「わかったよ...杉近が思うようにやりなよ...」
その言葉は、結局あの人達を追い出そうとしていることにすぎないのかもしれなかった。
ただ、側巻さんが追い出すとか追い出さないとか、そういう信念もないのかもしれないな。
...側巻さんが来たのは、もう人がいなくなったあとの話か。
ホテルに戻ったのは午後三時。意外とすぐに戻ってきてしまった。部屋に入るともうグループ課題のラストスパートに入っていた。
流石にそんなに何度も散歩散歩と言っているとただグループ課題から逃げていると思われてしまう。なので秀和さんを探しに行くとか、日によっては「ちょっと...」と安直なごまかし方をしたり、怪しまれないように努力していた今日このごろ。その努力の必要がやっとなくなるかもしれない。
「ああ、軟。もう絵かいたら終わるよ」
唯一鳥澤がこっちを向いて言った。...一応、ここ一週間はできる限り貢献するようにはした。全く関わっていないわけではない。だからそんなに申し訳無さを抱く必要もないと思う。僕は空いていたところに座る。なんとなく正座になってしまった。布団を部屋の隅においやっただけで何故か開放感が生まれたこの空間で、全員が何をしているのか、とりあえず把握しようとした。
右隣にいるりんは太陽。紙の右上の方から光が差し込んでいた。前にいる鳥澤が描いているのは...一瞬ひっくり返っていてわからなかったが、紙の下の方でどこにでもありそうな島の絵をかいていた。上空からの見た目ではなく、島全体を前から見た感じだ。その右にいるカイは鳥澤の島の横から青い海をのばしていた。
さて、何をかけばいいだろうか。とりあえず鉛筆で下がきをしようか。
僕はそこら辺に転がっていた鉛筆を手に取り、月の絵を描いた。
もうすぐ年末ですね。ただ...終わるのは一月になりそうです...。




