54.事実確認6
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杉近さんが、はしごを使って登ってきたのだ。向こうは僕には気づいていない様子だった。気づいていないと決めつけると杉近さんの行動や心理が丸わかりみたいなことになってしまうからやめておこう。
この事は杉近さんとあの人達とが互いに知っている人であることを象徴している。だって、あの場所に過ごしているということを知らずに、あのはしごを海にいれるなんてことまずありえないからだ。
要するに、側巻さんの言っていた杉近さんの「忙しい」というのは、側巻さんたちのいうインテリトスグループと関連がある気がした。
「僕は何で杉近さんがあの時、あの場所にいたのか不思議に思いました。ただ思い出しました。インテリトにとって、八月は特別な月だったんです。」
八月三十日。それは、あの場所で、あの人達が生活を始めた日。祭りを行う日付だったのだ。もしかして、杉近さんはその祭りやらの準備を手伝ったんじゃないか、そう思った。
「それと...」
接続詞を言いながら、それ以降のことを口に出すのをやめてしまった。事務所にあったドアのことだ。なんとなく気を遣ってしまったのだろう。僕はごまかすように首をふる。なんと言ったか自分でさえわからないような小さな声を出した。
「...杉近さん、もし杉近さんがインテリトスと関係ないのなら、何であの時はしごを使って海から登ってきたのか、教えてもらえませんか?」
それとも、もう一つの選択肢としてそれは見間違えですとでも言うだろうか。
しばらく考えこんでいた様子が続いたが、やがて微笑んだ。にやりとは言い難い地味な笑顔だった。
「...はい、私は、仲間です。」
本来は、これを聞いた側巻さんと桐間さんは騒然として、味方した理由を問い詰めるだろう。ただ、僕がこの前側巻さんたちにあんなことを話してしまったから、杉近さんがあの暗い洞窟の中に閉じこもっている人たちの味方をしていても、それを批判することはなかった。
...今さらだが、あの人達がテロを行っていなかったとして、だとしたら誰がテロを行ったのだろう。もしかしたら本当に、あの人達がテロを行っていたのかもしれない。あの人達ではないという感じのことを自分で二人に言っておきながら、また自分の中で疑念が出てきてしまった。
「私が最近来なかったのは、今の話の通り、祭りの準備をするためです。」
やっぱり。
しかしやっぱり疑問に思うのは、『インテリトス追放』という名目でこの島に帰ってきた杉近さんが、なぜ味方をすることになったのか、だ。
「杉近さん、この島に帰ってきてから今に至るまで、何があったんですか?」
そしてゆっくりと、今までの十数年間のことを、話しだした。
その昔、この島には住人がたくさんいた。
ただある時、事件が起こったのだという。...窃盗である。何度も何度も、そこら中の家で窃盗被害が出てきた。奪われたのは高価なものなどではなく、財布とか、なくなったら人生そのものに影響を及ぼすようなものばかりだった。なぜ人生に影響があったか。この島では銀行などなく、クレジットカードなどもなく、持っている財産といえばその高価なものと手に握っている現金、それくらいだったからだ。
なのでその被害者は人生がそのままひっくり返り、周りに助けられることもなく、だんだん追いやられていったのだった。
...杉近さんは、この島での村長的役割を担っていたのだという。その事もあってかその俗に言う『貧乏人』を放っておけず、食料の配給を行ったり、過ごす場所をつくったり、生活の手助けをしたのだという。...過ごす場所というのに関しては、重量物運搬船で材料とか、色々持ってきてもらったのだという。
ただあるとき起こったのが、自然破壊テロだった。今まで助けてきた貧乏人と一緒に過ごしてこの場を凌ぐか、とも思ったものの、一緒に過ごしたところでまた助けられるわけもなく、周りの流れに抗えず、一度はそのまま島を出た。
初めに聞いていた通り、杉近さんは島から上がる煙の噂を聞きつけてこの島に帰ってきたのだという。まだ生活しているのか、そんな微かな期待を背負って海をわたったのだった。
島に着いたときは昼だった。ただそこから何かを初めて生きていけるわけもなく、とりあえず下見のようなものだったらしい。
さて何をしようか。生活しているかもしれないその人達に会いに来たものの、それでお金が入るわけでもないし、生きていけるわけでもない。生きがいは食べ物ではないのだ。
そして、その時桐間さんもついてきていた。ホテルを経営することを提案したのは桐間さんだったという。細かくは語られなかったもののいろいろあったらしく、後日ホテル『ザンゲツ』が誕生したのだ。
...秀和さんとも、杉近さんは知り合いだったらしい。ホテルを経営するということを聞きつけて食料を運ぶ役割を引き受けてくれたのだという。ただ残念ながら貧乏人としての秀和さん個人については杉近さんは知らなかった。もしかして杉近さんは、昔来た船が重量物運搬船だったから、今来ているのもそうなのだと勘違いしているのではないだろうか。
ただ、だとしたら今月のはなんだったのだろう。今月も船が来たはずだ。誰が来たんだ...?
もしかして、秀和さんの『船仲間』...?まあいいか。
はしごを持ってきて、その洞窟に入る。当時は鍵はついていなかった。居場所がそう簡単にバレるはずもなかったからだ。
突然かつてのリーダーが入ってきて、その人達は喜んでいたという。そしてまた、食料配給が再開したのだった。
後で分かったことだが、秀和さんはテロが始まった当時この島を出て行ったのだという。ずっとやってみたかった漁業の道に進んで、新たな家庭も持ったらしい。りんが生まれたのはその少しあとだろうか。毎年帰省のように島に帰っている内に、杉近さんもそのことを知ったのだという。
「時々ホテルにお客様も来たんですけどね。昔の島の住人だったんでしょうか。まあ、ただだんだんあの人たちと一緒に過ごすことも増えて、遺言の事を知りました。」
そして、カイと同じように謎を解いてしまった。自然破壊のことを知って...知ってしまったのだった。
「明訓さんはここでの生活を終わらせたがっているんじゃないかと思いました。微かに憤りを感じました。ただ、もうそこに明訓さんはおらず、明訓さんと向き合うこともできませんでした。」
...この一週間。杉近さんは、全員に、自然破壊テロの事を告げたのだ。もうここを出ていかないか、そう提案したらしい。
―保全委員会が、追いかけてくる、と。
自分で立ち上げた委員会だったが、それは怪しまれないための表向きのものだった。まさか、たどり着かれるとは思わなかったのだという。
最後の祭りを楽しもう。そうして準備していたが、あるときいそがしかったためしばらく置いといた側巻さんからの報告書を見てびっくりしたのだという。
「爆発がそのまま起こってしまうとは、思っていませんけどね。ただ言わせてください。爆破予告をしたのは、私達ではないです。」
「あの人達」ではなく、もう「私達」になっていた。それくらい「あの人達」は、杉近さんにとって長い付き合いがあり、大切な存在だったのだろう。
「何で最初に言わなかったの!それを知っていればもっと早く対策を取れたかもしれないのに!」
側巻さんは言う。ただそんな事を言っても、という表情を杉近さんはしていた。
「言ったところで、信じてくれるわけがない...。」
あの人達が悪いというイメージを持たせたのは杉近さんだ。もしかしたら全部、杉近さんに責任があるのかもしれない。
被害者を追いやるなんて...




