4.大地にて
お読みいただきありがとうございます。
「あ~ついた~」
空は日本とは全く違うような青さだ。濃い色とも薄い色ともいえない、とにかくきれいな色だ。雲一つ存在せず、空は「白い絵の具など持っていない」と言っている。
五時間くらいは車に乗っていたはずだ、そこから六時間くらい船で移動した。案外近いもんだ。うちは旅行に行き過ぎて、長時間の移動は慣れているから、あまり長く感じなかった。出発したのは多分十八時くらい。真夏だったからまだ空は明るかった。今日は、八月二日だ。
昨日出発したのが八月一日だったから、間違ってはいない。夏休みの八月は、ここで過ごすのだ。
「ちょっとカイ~そこは上陸でしょ~」
僕にとってはどうでもいいツッコミを鳥澤が入れる。そういえば、あんまり鳥澤はこれまで喋っていなかったな。喜びを吐き出すのをここまで取っておいたとでも言うように。
この島には港など存在しない。だから、広いとは言えないこの島の一角の砂浜に、船は置いてある。車もまるごと船に乗せてきたと、秀和さんは言っていた。
「ハ~。着いたな~。」
秀和さんは、何事もなかったように喜んでいる。……疲れなど、ないのだろうか。
そして、鳥澤は言う。
「ねぇ、この森に突っ込んでくって言うの?」
周りを見渡すと、この砂浜は海と森に囲まれていた。「この森を通る者、侮るなかれ」とでも言うように、威圧感のある森だ。
「当たり前だろ。もう上陸しちまったし。」
カイは静かに言い返す。しかしどこかもう知っていたというような自信がある。あっ、そりゃそっか、車の中で秀和さんはデカデカとした声で言っていた。鳥澤は聞いていなかったのだろうか?
……あっ今思い出した。鳥澤、車でも船でも寝てたんだった。真夜中の移動だったから、寝るのは当然か。特に鳥澤に関しては。
一方、僕とりんとカイは見事に船酔いと車酔いを繰り返し、結局二時間ぐらいしか寝れなかった。カイに関しては良いに強そうな性格をして一番苦しそうだった。船のときも車のときも秀和さんと僕たちしかいなかったため、「なにかあったら伝えて。一回運転やめるから。」
と言っていたのだが、みんな酔っているか寝ているかだったので、結局誰も伝えることができずに朝を迎えてしまった。そのおかげでとにかく今は調子が悪い。さっきから鳥澤と秀和さん以外乗り気じゃないのもそのせいだ。︙…月、全く見れなかった。
「おい。三人、大丈夫か。」
自分が下を向いていることに気づき、少しずつ頭を上げていくと、秀和さんがこっちを見ていることに気づいた。
「んゥゥ……」
でも、さっきよりはマシになったような感じがする。
「おい、軟、早く来い。」
あれ。なんでカイとりんはあっち側に?
「ちょっと、待って……」
今までで一番重い「待って」だった。
その森の中に入りしばらくした頃、僕の気分の悪さはすっかりなくなっていた。カイとりんはもう随分前にスッキリしてたけど。
「これ、どこまで続いてるの~?」
とはいえ、まぁまぁ森の中だけを歩くのも疲れた。
「ぜんっぜんなにも出てこないな~」
秀和さんが突然放った言葉に、背筋が凍った。
「お父さん、もしかして迷った?」
「いや、そんなことはないはず……」
しかし、いくら歩いても景色は変わらない。この島、そんなに広いのだろうか?
っと、りんがスマホを取り出した。
「あっここどこかわかる。」
スマホに入っていた地図が使えることに気づいたのだ。
「ってりん!なんで気づかなかったんだよー。」
カイが怒っているのか笑っているのかわからない声でりんに向かって叫んだ。僕はカイの前にいたので、顔は見ていない。
「お父さん。これ別の砂浜に向かってるよ。」
と言いながら、りんはスマホの画面を秀和さんに見せる。
「あれ、ホントだ。歩く方向途中で間違えたか。こっから左に進む……」
左に進めば、この森を抜けられるはずだ。
「ってこれ……」
しかし、左を見ると、そこには頂上が見えない崖が広がっていた。しかし目の前は扉のようなつくりをしている。そういえばこれまで、左にずっと崖があったので、無意識にそれを避けながら進んできたのだ。
「こんなの、行けるわけ無いじゃんかー!」
短気なカイが叫ぶ。
「あれ、ここに道あるけど……」
りんはスマホの地図を見ながら言った。秀和さんがそれを覗き込む。
「なに、あれ。」
僕は正確な数値は知らないが、みんなより比較的視力はいいので、一番最初に、上の方に白いボタンのようなものがあることに気づいた。
「軟、双眼鏡。」
鳥澤が偶然双眼鏡を持っていたので、それを使ってあのボタンを見た。
「イリグチ……」
白いボタンには、『入り口』と刻まれていた。
「あれを押すのか……」
カイが絶望という絶望の顔をして静かに喋る。すると鳥澤は、
「でも、ただ単に押せればいいんでしょ。長い棒とかないの?」
という。あそうか。長い棒……
「それなら、軟、自撮り棒持ってなかったか?」
「あっそういえば持ってた。届くかな?」
緑のカバンから自撮り棒を取り出して、上に伸ばす。先端でボタンを押そうと試みたがぎりぎり届かなかった。
「軟。ちょっとかわり。」
後ろから秀和さんが言う。そうか、身長の問題か。
すぐに秀和さんは自撮り棒でボタンを押し、目の前の扉はすぐに開いた。
ここで生まれた問題が一つある。どこに一ヶ月住み込もうか、まともに決まっていなかったのだ。テントは持ってきたものの、りんが「一ヶ月テントはきつい」と言っていたので、今、家のような存在を探していた。インターネットの情報もなかったし、どこになにがあるか、一回来てみないと分からなかったのだ。二回来るとなると、流石にコスパとタイパが悪いので、当日考えよう、という準備が悪すぎることになっていたのだ。
「どっかにホテルとかないかな~」
周りには、大きい建物があまりなかった。
「ホテルじゃないなら、どっかの民家とか?」
りんが真顔でなにかを提案することは珍しい。いつも調子に乗ったような顔してるからな~。
森を抜けたとき、そこには縄文時代かとでも言うような、茶色の砂による大地と、藁でできたような、住み着きたくはない小さい家だけが広がっていた。
「そういえば、りん、ここがすごい場所とか言ってなかったっけ。」
「うん。そうなんだけど……」
りんはすこし納得のいっていないような雰囲気を出す。
「衛星画像でずっとそこだけ曇ってたから、行ってみたいな~って思っただけだから。島の中は知らないよ。」
りんに、衛星画像という言葉は似合わない。……そんなことはどうでも良い。そういえば、りんがそこに行きたい理由を言うときに、島がどんな見た目かは全く言っていなかった。秘境っぽいで片付けられていたのだ。
「それでよく八月まるごと使うなんて言えたなぁ!」
ここでカイが発狂するのは当たり前だ。
「しょうがないでしょ~分からなかったんだからぁ。」
「ね、ねぇ。今は良いんじゃない?」
そう僕が険悪ムードをやめさせようとした。しかし、僕だってりんのポンコツぶりにはため息を付きたい。いろいろな意味で絶望的だ。そもそも、秀和さんはどう思ったのか?
「あっなにあれ。」
僕が険悪ムードを絶とうとしていたとき、しばらく喋っていなかった鳥澤が言った。
遠くの広大な砂地の中にぽつんと、かなりの大きさがあるであろう四角い建物があった。
「ざっと一キロは歩いたかな~。」
適当な見当をつけて目を凝らすと、明らかに色の違う扉のようなものがあることに気がついた。
「中に入れる?」
またちょっと歩いて、だんだんその建物がはっきり見えてきた。
「なんだろう。これ。」
鳥澤が呟いたとき、僕の目の前には、煉瓦でできている壁と、あるドアプレートがぶら下がっていた。
『ウェルカム』
少し煉瓦の一マスより大きいドアプレートは、ここに吹くそよ風では揺れないようだった。
.....結局莉里、ポンコツですね.....