34.ハンカチ
お読みいただきありがとうございます。
これは大切なチャンスだ。
あっちから話しかけてくれた。こんなことは二度とないかもしれない。朝食を食べ終えてしばらく経って、カッコウといっしょにサイさんの部屋の扉の前まで来た。
恐る恐るノックする。飯尾さんのときと同じように三回だ。「あ、はい」高い声の返答があった。その声の主はもちろんサイさんである。
「来てくれたんだ。中に入って。」
思ったよりも優しい人、そんなことを感じさせた。確かにあまり喋らないと思わせるような口調だったが、無感情というわけでは断じてなさそうだ。
...ここへ来たら、なんだかわからないが縄文人だとか無感情だとか、普通は思いづらい考え方が増えた気がする。無論縄文人をバカにしているわけでは断じてない。ただこれは若干失礼な考え方...というか、よくわからない先入観が働いている。
それを断ち切るべきなのか、それとも常に疑いの心を持つべきなのかわからない。なぜって、この人たちが何となく信用できてしまうからだ。
言われるがまま部屋に入る。やっぱり秋元さんと同じように、俺の部屋より確かに広いのだ。ただ一つ、秋元さんの部屋と変わったところがあるといえば、部屋の端にポツンと織り機が置いてあるのだ。大きいものではなく、机が一つあって、その上に小さい織り機が置いてある。後で知ったが、こういうのを卓上織り機と呼ぶらしい。そしてこれが織り機だと俺がすぐに分かったのは、その隣に織って完成したと思われる一つのハンカチが置いてあったからだ。
そして、織り機は部屋に入って左側にあったが、右側を見るとダンさんが立っていた。何となく、サイさんとダンさんは『本名かどうかわからない』という共通点があったので、勝手に仲が良いと思っていた。別に、滝沢さんとだけ喋るわけではないのだろう。
「どうしたんですか?」
俺の左にいる、さっきからずっと喋っていなかったカッコウが口を開けた。普通の真顔で、ニヤニヤもしていないし、疑いの心も持っていないようだ。
「私達機織り好きなんだ。二人にプレゼントしたいと思って。」
あまり長くは喋らない。何となくそう感じた。部屋に入ってこっちに近づいてきたサイさんはまた俺達から離れ、織り機の方へ寄った。
ダンさんも少し笑みを浮かべながら頷いていた。サイさんは机の上に置いてあったハンカチを手に取る。あれは俺達のためにつくってくれたものだったのか。手に取ると言っても、つまみ上げるようなやり方ではなく、手のひらの上にそっと乗せる上品な行動に見えた。
「単調だね。」
サイさんが二つを重ねたまま、ハンカチの正方形の一辺の両端をつまんで模様を俺達に見せた。角に何か鳥のようなものが描かれている。すべて糸だが。そのうえでダンさんが単調だと言ったが、シンプルという意味として受け取って良いのだと思う。
俺達二人は手を差し出して、「ありがとうございます」と言ってハンカチを受け取る。語尾に「!」をつけると少しわざとらしい言い方になってしまう気がしたので、ちょうどいい強さで言葉を発した。
二つとも角に同じ鳥が描かれていたが、ハンカチ自体は色違いだ。俺のが赤っぽくて、カッコウのが緑っぽい。どちらも暗い色で、鮮やかなよりかはおしゃれさを感じさせる。それ以外に模様は入っておらず、目立ちすぎないようになっている。
「まあそれだけ...なんだけどね。」
少し気まずそうに言う。何度も言うが俺は気まずい空気は別に苦手ではない。ただカッコウが気まずく感じたのかもしれない。
「一つ聞きたいことがあります」
唐突に二人に疑問を投げかける姿勢を見せた。まさか...!
「二人の名前って、本名なんですか?」
...聞いてしまった。ずっと失礼だと思って避けてきたのに。やっぱりこいつと一緒にいたらろくなことがないのかもしれない。
「ちょっと!」と小声で言って思わずカッコウの肩に手をおいたが、もう遅いようだった。
ただ、『ああ...』と気まずそうに返答してくるかと思ったが、
「え?本名だよ、何言ってるの」
と笑いながらサイさんに一刀両断された。本名...なのか...?
とりあえず、「ごめんなさい」と気まずそうな雰囲気を出しながら、カッコウを部屋の外に引きずりだして、「失礼しました」といっしょに自分も外に出た。
「ちょっと何やってんだよ!」
大声で言うともしかしたら誰かになにか言われるかもしれないので小声だったがカッコウに言った。するとカッコウは申し訳無さそうな顔をして、
「ごめんなさい...でも海斗さんが本名かどうかわからないって言うから...」
「そういう問題じゃないんだよ...」
とりあえずため息をついて、自分の部屋に戻ろうとした。ただ、
「あ...ごめんなさい、トイレ行きたいです...」
とカッコウが言うので、「わかったよ」とカッコウの肩から手を離して、一人で部屋に戻ることにした。
ただ、改めて考えてみると、あのサイさんの言い方は信用できる言い方だった。本当に本名なのかもしれない。
ただ、あれだけが本名ということになると、上かもしくは下の名前がないことになる。いや、もしかしたらサイさんだと『サ』が名字なのかもしれない...いや、そんな事あるか?
よくわからない。ただとにかく、あの二人には俺達に隠していることが特にないように思えるのだ。もしかしたら何かあったとしても、ただ伝える必要がないから俺達に言っていないだけかもしれない。
そんなことを考えながら部屋の扉を開ける。いつもすぐそこにある壁が俺を出迎える。
しかし今回はじめに目に入ったものは、俺を唖然とさせた。
だってそこには、紛れもなく軟がいたのだから。
え?え?




