26.浅い海底に
お読みいただきありがとうございます。
...結果的に、森には何もなかった。無駄骨を折ったという言い方はやめておこう。これはこれで一種の『証明』になったのだから。もう午後三時、さっき昼ご飯を食べにホテルへ戻って休憩をとった(杉近さんもいた)。その後にまた捜しに出て、かなりはかどっている(とはいいつつ、何一つ成果は得られていない)。ただりんも鳥澤も何一つ文句を垂れることはなかった。
「なんか、壁の中?も半分くらいは探したんだよ。そっち捜したいんだけど、カイたちがいなくなった方から捜す...?」
鳥澤がそんな事を提案してくれたので何となく頷くが、ここからあっちまで歩くのか...しかし、見つかる可能性が高いのならそうしたほうが良いと思う。そんなことをこの場にいた三人全員が思っていたようで、ほとんど何も言わずに、雰囲気だけで僕たちは歩き出した。
どのくらい経っただろうか。いや、そんなに長い時間かかったわけでもないと思う。この島は長方形に近いとはいえど円にも近い。その直径を表す線の上を歩いてきたわけでもないので、多分数分だった。
今日も海はきれいだ。自然豊かな島、そのことを言われずともそう心のなかで言ってしまう。今思い出したのだが、ホテルザンゲツを見つけて、初めて杉近さんに会った時、杉近さんはこう言っていた。
『当ホテル『ザンゲツ』はこの島の特性を活かし、食事、水道、お風呂、その他の水をす・べ・て用意しています。月に一回食料を運ぶ重量物運搬船が来ますが、それ以外この島で用意しています。』
この後に杉近さんは水が目玉というわけではないと続けた。しかし、この島の特性と言ってしまっていたので、やはり水が良いのだろう。ただ聞いた話によればこの島では環境破壊が行われていた。その状況からここまできれいにすることができたのは技術のおかげだろうか。
「きれいだね」
そう、鳥澤は言った。確かに鳥澤は海の綺麗さに圧倒されていて、何度見ても飽きないという事を強調しているように思える。一度見たら離れられない。この海には長い歴史と、それを引き立てる魅力でもあるというのだろうか。一度汚れてしまってもまたやり直すことができる。それはまるで人間関係を表しているようだ。
...気づくと僕はよくわからない哀愁に浸ってしまっていた。何かを感じた、というか、映画とかによく出てくる『過去にあった悲劇』を思い出した?みたいな感覚だ。いや、この感情に含まれるのは悲劇だけではない。どこか壮大なものを感じたのだ。映画のプロローグによく出てくると言ったほうが正確だろうか?
「自撮り棒持ってきた?」
そう鳥澤に言われた。僕は約束を守る方だ、持ってこいと言われていたのでその通りに鳥澤に自撮り棒を手渡す。...実は、カイが落ちていった後、不思議なことに自撮り棒が地上に投げ込まれた。そのおかげで僕のスマホは無事だったのだ。だから僕たちは誰かの仕業という仮説に確信を持った、それだけのことである。
念の為カメラ(スマホ)もつけていたが、鳥澤は何も言わずにそれを外し、僕に「はい」と言って差し出した。鳥澤はよくわからない笑みを浮かべるが、鳥澤のしようとしていたことに疑問をいだいたのだろう、僕はりんと鳥澤を交互に眺めていた。
「海を見てるだけじゃ何もわからない。もしかしたら何かあるかもしれないよ。」
どういう意味だろう。海底になにかあるというのか?りんもぽかーんとしていたが、多分鳥澤はなにか知っているというわけではない。意外なことに、なにか知っているのならすぐ態度に出るのが鳥澤だからだ。
鳥澤は自撮り棒を下の方にやる。なにか感触があることはなにかあることを示している。下に向いた自撮り棒は鳥澤によって伸ばされ、少しだけしなっているのがわかる。
すると鳥澤は不思議な顔をして首を傾げた。どうしたのだろう?
「違和感があるよ。」
鳥澤はそう言うと僕にその自撮り棒を手渡した。手渡したと言うより、単純に下に向いた自撮り棒を僕の手に移しただけだ。
すると鳥澤の言ったことがよくわかった。水中にあるなら、当然自撮り棒は軽いはずだ。これはプラスチック製。変に重く感じる。あと、しなっている。
それを感じたらりんにも渡した。鳥澤と同じように首を傾げて、眉間にシワを寄せた。
「何かあるんじゃないかって思ってたけど、何もなかったみたいだね。」
この鳥澤の発言についてはすぐに意味がわかった。重い、そしてしなるならこの下には空洞があることになる。しかし下は海だ。明らかにおかしいだろう。
「行ってみたほうがいいよ。」
行ってみるなんて言っても...水に濡れることになる。その事を鳥澤は重々承知だと言うのか?
「まあ、濡れたら着替えあるしね。」
りんが何も重く思ってないように軽く言う。二対一、どうやら同意するしかなさそうだ。
…とはいいつつ、安全面はしっかり配慮したいようだ。鳥澤だけホテルに戻って木製のはしごを持ってきた。今回は僕じゃなかった。っていうか、どこから持ってきたんだ?多分杉近さんに頼んだら渡してくれたのだろう。ただ何のためにとは思われただろうが。
海にはしごを入れると、そのまま下におろした。鳥澤は海底にそれがついた感覚がするとにっこり笑い、「行こう」と言って服を水に浸し始めた。それに僕たち二人も続いた。
なんだろう、この感覚、と思ったのも束の間、不思議なことに水面があってそのすぐ下には空洞があった。水族館などではガラス張りの水槽の展示があったりするが、それのガラスを取っ払った感じだ。こんな技術が存在するなんて、と僕は驚いたばかりだった。いや、もっと本当は驚くべきなのだろう。
海底に着くとすぐ目に入ったのは暗い闇に包まれたような洞窟だ。なんだろう、この場所。ただ地面には太陽の光が差し込んだときにできる糸のような模様が映し出されている。神秘的としか言いようがないほど絶句に近い状態が、僕に関しては続いた。
しかし、鳥澤とりんに関しては、なんだろう、この場所。のところで思考が止まっているようだった。まあ普通のことだろう。僕が少し発想がぶっ飛んでいるだけだ。そもそもこんな場所は物理的にあり得なかったはずだから。それはあのりんに関しても言える。
「この洞窟のさきになにがあるんだろう」
童話のような『なにがあるんだろう』を鳥澤は発して、好奇心に取り憑かれたように入っていった。
はしごは、地上に吹くそよ風ではびくともしないようだった。
..なんだそれ




