25.秋元
お読みいただきありがとうございます。
今日で二回目のノックだ。二回しかしていないのに、もうドアに馴染んだ?ような気がする。はい、という声が向こう側で響いて、ドアが開くとミュウさんの顔が見えた。ある程度身長が高く、俺が言うのもあれだが若々しさを感じる。
「遺書の問題、一緒に解きませんか?」
本当は変な勘違いしてほしくないのであまり言いたくない言葉だったから、少し弱々しい言い方になったが、理由なく部屋に入るのは明らかに怪しいのでこうするしかなかった。ミュウさんだし、大丈夫だろう。
ミュウさんは一瞬困惑していたが、とりあえず部屋に入って、と言ってくれた。俺の手には飯尾さんに貸してもらった日記がある。
床に座ると同時に日記も床において、それの説明をし始めた。
「飯尾さんには内緒にしておいてほしいです、これ、さっき貸してもらった明訓さんがつけてた日記らしいんですけど、これの中に書いてあるあのー、『祭り』のあった年を、調べたいんです」
と、目的の分かりづらい内容だったが、ミュウさんはすぐに察してくれたらしい。
「なるほどね、祭りの間隔ってことか」
そうです、と俺が言う。沈黙が続くといけないので、そのまま言葉を続けた。
「俺がその日探すので、メモしててもらえませんか」
「わかった」とミュウさんが同意してくれたので、俺は日記を再び持って、パラパラとページをめくり始めた。
「ちなみに、その生活が始まった日っていつですか?」
ミュウさんはゆっくり思い出し、こう言ってくれた。
「八月の、三十一日だよ」
...夏休みの、最終日だった。
確認する日付は決まっていたから、意外と作業はすぐに終わった。驚くことに、日記に記されていた十年間(飯尾さんの言っていた通り、これで全部ではないのだろうが)のうち、祭りを行っていたのは...日記を始めてから九年目、最後から二番目の年のみだった。
「そんなこと...ありますかね...?」
これじゃあ間隔といっても、どこからカウントすれば良いのかわからない。だから、この日記のみでは遺言の謎が解けないのかもしれない。
...よくわからなくなってしまった。だから、俺は次の疑問へと頭を移行することにした。
「ミュウさん、話変えるんですけど、今って何歳ですか?」
急に何だ、というような顔をしたが、答えは決まっているはずだ、すぐに答えてくれた。
「今は、二十歳だね。ぴったり二十歳。それがどうかしたの?」
「飯尾さんは、もう明訓さんが亡くなってから十年以上経つかもしれないって言ってました。それでこの日記は十年分あるんで、合計すると二十年を超えます。ミュウさんは、この生活が始まった日から、初めからここにいたんですか?」
ミュウさんの親がここにいるようには思えない。だって秋元って人がいないから。だから、ミュウさんはある時、自分で偶然ここへ来て、ここで生活し始めたことになる。ミュウさんは答えづらいというわけでもなさそうな表情を浮かべる。飯尾さんとは違う、目を少し細める笑顔の作り方だった。
「大体八歳...の頃だったかな。いや、九歳かな。まあどっちでもいいけど、その頃はまだ人が栄えてたんだ。ただある時、誰がやったかはわかってないんだけど、環境を破壊するテロが始まった。すごい事件だったよ。人なんてあっという間にいなくなった。みんな逃げてったんだ。でも、僕に関しては違う。僕は両親がいなかった。ある日突然、失踪したんだ。それも事件として警察とかが捜査してくれてたんだけどね。」
...そうだったんだ。失踪、親がいないという想像は、親がいない人しかできない。ただミュウさんに、心の何処かで同情してしまう。
「別の人に養子として引き取られたんだけど、その人ともはぐれたんだ...。もう島も限界が近づいている。なのにテロは止まらない。一人で泣き崩れてたところに来たのが、飯尾さんだったんだ。」
「そうだったんですか...」
島が駄目になるほどのテロ活動、相当なものだったのだろう。ミュウさんも辛い思いをしたに違いない。
「ごめんなさい、辛いこと思い出させてしまって...。」
「大丈夫だよ」とミュウさんは顔を振りながら言う。俺は一旦、自分の部屋へ戻りたくなった。
お礼をして、ドアを開けて、廊下を歩く。とはいいつつその廊下もかなり短く、すぐにそのドアへ移動できてしまう。俺はドアを開けて、中に入り、閉じて、また背中をドアにつけて下へ引きずった。さっきと同じだ。
何となく前を向くと、昨日までなんとも思っていなかった壁に、妙に不信感を抱いていた。なにかあるんじゃないか、そんなことで頭がいっぱいだ。
そして俺はさっきまであった違和感が確信に変わった。この部屋、『妙に狭い』のだ。この奥には何かあるのかを知りたい。この中へ入る方法が、何かあるんじゃないか?
俺は何となくその壁をノックしてみる。やっぱり手に馴染んでいないような素材でできている気がする。もしこの奥に人がいたら、はい、と声が聞こえてくるのだろうか。
この場所から空は見えない。しかし、この壁を取っ払えば、『何かしらの空』が見えてくる気がする。
ノックって手に馴染むんですか?




