24.船仲間
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森を進む。つま先は靴に覆われているが、感触がなくても音で草があたるのがわかる。鳥澤が先陣を切って、その後に僕とりんが続く。陽の光が上から差し込み、汗が頬を流れていくのがわかった。
「ここらへんは草ばっかりだから、違和感あるところが分かりづらいかもしれないね」
鳥澤の言葉に頷いてみる。ただ鳥澤が歩くのが何となく早いので、あまり喋っている余裕はなかった。多分歩くのが早いのは、昨日言ってた『測量』やら何やらをやめたからだろう。
「ほんとにこれでみつかる?」
りんが少し不満げに言うが、今更、って感じだ。第一こんな荒っぽい探し方なら結構わかりやすいような違和感がなければ気付けない。ただゆっくりやってる暇もないし、何度だって言うが今はこれしかできないのだ。
森はまあまあ幅がある。だから全体を歩けるようにジグザグに進んでいて、壁の方に着いて、砂浜の方に着いてを繰り返している。森は島全体を覆っている訳では無いから、そこまで時間はかからないはずだ。そして今はまた、砂浜の方へ向かっている。すでに三往復くらいしただろうか。ただ多分まだ三十分くらいしか経っていないと思う。だから今は九時すぎくらいかな。
「入口が見つからなくても、なにか手がかりはあるかもしれないよ。...てさ、ここにいない証明になるって言ったのそっちじゃ...」
それを言おうとして、鳥澤は口をつぐんだ。りんも同じだ。鳥澤は気を遣ったのだろう、りんは父を失ったかもしれないのだ。
そのまま気まずい沈黙が流れ、どうしたら良いかわからなくなってしまった。いや、これも何度も言うが今すべきことはとにかくカイたちを捜すことだ。
やがて砂浜に着いた。
「あ、船だ」
そこには僕たちが乗ってきた船が置かれていた。僕たちが酔いながら乗ってきた船が―。しばらく下を向きながら歩いていた鳥澤とりんも顔を上げ、「あ」と心のなかで言ったと思わせるような表情をした。
「あれ、なんか人いない?」
確かに、よく見ると船の窓の奥で、何かが動いているのがわかった。そんな事を思っていると、その人は外に出てきて、こっちを見て「あっ」と声を上げた。
「君たちって秀和さんと一緒に来た...そうそう、天安くん、岡崎さん、鳥澤くんだよね、こんなところでどうしたの?」
黒い服を着た、高身長の男性だった。秀和さんと同年代くらいだろう。少しの間唖然としていたが、そういえばこの前、朝食を食べているときに秀和さんが『色んな人に来てもらう』と言っていた事を思い出した。船を直してくれているのだろう。
ただその事をりんは思い出せなかったようで、しばらく眉間にシワを寄せていたが、鳥澤がその事をりんに小声で教えたので、「あぁ」と言ってりんの警戒心は消え失せた。
「ちょっと何してるの!さっさと済ましてさっさと帰るよ!」
船の裏側から女性の声が聞こえてくる。
「ごめんなさい、今そっち行きます!」
多分女性の方が先輩...なのだろう。だとしたら、仕事仲間だろうか?
「あれ、秀和さんって何してる人なの...?」
鳥澤が気になったらしく、りんの耳元でそう囁いた。
「漁師だよ。なんか知らないけど、八月の間は休みだって」
突然の『漁師』に思わず「え」と声が漏れてしまった。そりゃ、唐突に『漁師』なんて言われたらびっくりするだろう、鳥澤も同じような反応をしていた。勝手に、漁師は数ヶ月は家を開けて、少し休みがあってまた数ヶ月家を開ける、みたいな想像をしていたが、多分漁師によるのだろう。鳥澤はふーんとでも言うような相槌を打って、再び船の方に目を向けた。
「あ、待ってください」
鳥澤が呼び止める。その男性も再びこっちを向いて、鳥澤の言葉を待った。
「船、どのくらいで直るんですか...?」
「うーん、でも三時間くらいすればすぐに...」
三時間、想像の十倍くらいの速さで驚いてしまった。しかし、一つ疑問がある。
「直ったら、すぐに帰るんですか?」
そう、この人たちは、船を直すためだけにここに来たのだろうか...?その男性はちょっと困ったような表情をした。
「うん、すぐに帰るよ。帰るための船はしっかり用意してあるからね。」
そうですか、と相槌を打つと、男性は「んじゃ」と言いながら手のひらを顔の横にやって去っていった。
「色んな人って、ただの仕事仲間か。」
りんがそうつぶやいた。
「じゃあ、再開しようか。」
僕たちはまた、森の中へと入っていった。
秀和さん「八月中には帰れる」って言ってたのに、全然余裕があったみたいですね。




