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いつわり郷  作者: 融点
序章
2/65

2.出発

お読みいただきありがとうございます!

夕方。

今宵は朧気な月が見えるらしい。朧月というのは春の季語らしいから、夏の今には似合わない。朧気な月にしておこう。

 しかし、今日は朝からずっと曇っている。見えるのだろうか。

 そもそも今日、月が出るときに僕がどこにいるかなんてわからない。外での出来事なんて予想できないものだ。もし見れたら、写真でも撮っとこう。

 部屋にあった茶色い椅子に座りながら、ふと思う。

 家の外から、友達の声が聞こえてくる。

「おーい軟、行くぞー。」

 あ、もう時間か。案外早いもんだな。

 僕、天安軟(あまやすなん)は緑のカバンを手にとって、自分の部屋を出て、廊下に足をつける。

 これから一ヶ月は、この部屋にいられないんだな~。

 靴下の上からだけど、湿度の高いせいか、少しペタペタする気がする廊下を通り抜けていく。やっぱり曇っているせいか、いつもより家中が暗い感じだ。

 すぐ部屋から出ていくからと、さっきまでエアコンをつけていなかったのだか、まぁまぁ暑くなってしまって、今一滴の汗が顎から床に落ちた。扇風機ぐらい、必要だったかな。

 そんなことを思いながら、ひたすら階段を降りていく。

「軟、もういくの。」

「うん。」

「忘れ物はない?」

「うん。」

 だいたいこの前車に載せたから、きっとないだろう。

「ちょっと軟。少しはなんかないの?」

「えっ?」

「って……。もう一ヶ月も会えないんだよ?夏休み中もう会えないんだよ。」

 僕は正直言ってそういうのは苦手だ。だって、もう一生会えない気がするんだもん。

「まっ、別にいっか。」

「おにいちゃ~ん。いってらっしゃい。」

 二つ下の鋭がこっちに向かってくる。僕が今十二で、鋭が十歳。

「じゃぁ、いってきます。」

「いってらっしゃーい。」

毎日のように触れている扉が、いつもより重く感じる。

「あっ、やっときた。」

 家を出て一番最初に目に入ったのは、家の敷地に入りそうなギリギリのところで仁王立ちしているカイだった。天安あまやすと書かれた表札が目に入る。

「まだ結構時間あるんじゃない?」

「予定の一時間前にここに来た。ここで三十分待ってからきたからあと三十分。」

 随分簡単なことを無駄に喋っているように、僕には聞こえた。っていうか、あと三十分もあるのか?まぁ、予定の五分前に出発しようとして気づいたら予定の五分後になってる僕よりマシか。

「さっ行くぞ。」

 あっそうだった。ここから車のあるりんの家まではまぁまぁ距離あるんだ。

「歩きで?」

「そりゃそうだ。見りゃわかる。」

 そりゃ、見りゃわかるけど。

僕たちは暗い空の下を歩き始めた。―数秒の沈黙―。

「鳥澤はもうりんの家にいるらしいから、ついたらそのまま出発する。っていうか、お前のそのバック、なに入ってんだ?」

 そういえばカイは随分身軽だ。まぁ、この人は、旅の恥はかき捨ての人だからな。一生懸命荷物持ってかえるのも恥だから、もう持っていく前に捨ててしまうのだろう。

「えっとねー。カメラでしょ、自撮り棒でしょ、日記でしょ、南京錠でしょ、」

「何のために?」

「あとー、ノートパソコン。その他もろもろ。」

 そのパソコンを取り出そうとしたが、やっぱいいかってなった。

「あぁ~。いる?」

 どストレートな質問をされてびっくりしてしまった。

「いるよ。一ヶ月もあっちなんだから、」

 また数秒の沈黙。

「そういえば、なんていうところに行くんだっけ?」

「もう忘れたのか?」

「だって全部カタカナなんだもん。名前長いし……」

「はぁ…マネオン・パラスカナイス島。長くないだろ。」

 長いよ。僕にとっては……。

 しばらくすると、りんの家が見えてきた。白に囲まれたシンプルな家。

 ピーンポーンパーンポーン。

 学校みたいなチャイムの数秒後、インターフォン越しの返答もなく、扉が空いた。

「あっ……鳥澤~来たよ~」

 扉を開けても返答という返答がなかった。また数秒後、鳥澤が現れた。髪を切ったようで、前のようには髪がたなびいていない。

「あっ、やっほー。……まだ二十分あるんだけど、どうする?」

「中入りな~」

 奥からりんの声が聞こえてくる。

 とりあえず中に入って、靴を脱ぐ。りんはあまり汗とかに神経質な人じゃないから、カイはなにもお構いなしにズカズカと廊下を進んでいく。

 僕はちょっと足の汗を拭いてから、部屋の方に向かっていった。

「あっ来たか~。ちょっと早いけど、どうしよっか。」

 部屋ではりんの父の岡崎秀和おかさきひでかずがあぐらをかいて待ち受けていた。この部屋には初めて来たが、秀和さんとは面識がある。

「とりあえず、そこ、座り―。」

 東京生まれ東京育ちらしい。

「もう全員揃っちゃったし、こんなところで立ち往生なんてしてたって、別にしょうがないでしょ?もう出発しようよ。」

 りんが言った。

「じゃぁ、行こっか。」

 僕もそう言って、全員が賛成したあと、家を出て、車に向かった。

 秀和さんは、航海士のなんちゃらで、昨年自分の船を買ったらしい。その船のあるどっかまで車で行って、そこからまた船で連れて行ってくれると、カイは言っていた。

「うん。」

 僕たちは立ち上がって、玄関へ向かう。

 秀和さんも車へ向かう。

「あっいってらっしゃ~い。」

 と、廊下の奥からりんの母、岡崎美世おかさきみよがそう言いながら。

「いってきまーす。お母さん。」

 うちと比べては随分と軽い。これがりんと僕の違いなのだろうか。

 ドアを開けて、空には曇り空が広がっていた。でも、どこかの空から光が差した。

 ピピッ。

 車のドアが開く音がする。

「軟!行くぞ!」

 カイだ。

「あっ待って~」

皆が車に乗り込んだとわかったあと。この全身黒ずくめの車は、静かに動き出した。

 これから行くのは、特別な色彩に彩られたりして特別とか、地図に乗っていない島とかではなく、誰かが心のなかで捨ててしまった、テーマも題材も、なにもわからない、ただ、特別といわれる可能性が秘められているであろう、僕たちにとっては、ただただ、普通の島なのであった。

もうすぐ夏本番!

軟たち、素敵な思い出ができるといいですね。

10/7 追記 岡崎秀和と書くところが名字を大胆に間違えて瀧本秀和となってしまっていました。ごめんなさい。

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