第十三WAVE 防波底
「おう、そろそろ参式も熱い夜を過ごそうぜ。
狙うは第三世代の群れ!人間にもやれるってとこを見せつけるぞ!」
「琴平に触発されたか、いいじゃん。もとより人間と戦いに来てんだ。
知性の欠けらも無い化け物相手じゃ体が鈍る」
「そうだ。
俺たちは何と戦い何を得るか」
「人間と戦い平和を得る」
「そんな大層な名分あったんだ。私は軟弱を許さない」
「すんすんっ。俺は……世界から臭いを消したい」
「困った。PC無い、カメラも無い、バッテリー諸々壊れたよ。
……やることないから人殺そう」
「お前ら……相変わらず向いてる方向は同じだな。
目指すは殲滅、行くぞ!」
「「「「おう!」」」」
(じーーー)
そんな参式部隊を後方から観察するひとつの土塊。否、第三世代の一体。
かれこれ数十分、程よく離れた位置から見つからないように尾行している。
これには彼の性格が深く関係している。
俺の名前は尾縄腎。勇名轟く大企業の社長だ。一代で築き上げた企業の業績は関連企業を食い荒らし、いつからか業界トップの称号を得た。
更なる躍進を胸に奮闘するも結果奮わず停滞。
だからこそ、あの話に乗ったんだ。
あの話に乗ったのが俺の人生で唯一の失敗。
たったひとつの失敗が俺の喉仏を濁らせた。
会社の為、相手の為、消費者の為についてきた嘘は、その日を境に自分の為に嘘をつくようになった。
気づいた時には遅かった。心は穢れ、錆び付いた両手では汚れた足を洗い流すことは出来なくなっていた。
侵食が終わった頃、すなわち全てを受け入れた時、心は黒く澄んでいた。
表には表の、裏には裏の義がある。
だから俺に出来ることをした。
慎重に時には大胆に、国を企業を欺いた。
善を欺き偽を透す。
母さんごめん。名前を裏切る人間になっちゃった。善悪のバランスは崩れて、人類の害を生み出してる。
でも知ってるんだ、これは後付けだって。
父さんから聞いてたんだ、本当は賢て名前だってこと。漢字を間違えてこうなったって。
じゃなきゃ腎を『けん』とは読まないでしょう。
賢い人間にはなれたかな。どうかな。
生まれ変わった俺は社会にも法にも縛られない世界の逸脱者。自由を許された存在。
しかし、本体は今も縛られて生きているだろう。物事を途中で投げ出さない人間だってことを知っている。
許されない罪を犯した俺は誰かに救いを乞うことは出来ない。
だから……本体の未来を作る為に俺は君たちと戦う。俺を救うのは俺だ。
俺の未来のために君たちの未来を奪う。
個々の戦いを重視しながらもその根幹には連携がある。近すぎず離れすぎず、視界を塞ぐようなものも無い。
それはここまでの戦い方を見て知っている。
連携をとる相手に対する手段は当然、連携を潰すこと。
肉幕張落とし。
参式が立っている頭上に集めた六体の伏潜種に布の様に広がって覆い被さるように落ちろと指示を出した。
(ファサっ)
早い段階で気づかれてもいい。布の様に広がっても質量は布を大きく上回る。
そしてこれは自由落下ではなく反発跳躍。
天井から地面へと跳んでいるため、空気抵抗を受けながらも十分速い。
回避先を読んで伏潜種を設置する。
回避させるためにそれぞれの足元から伏潜種を突撃させる。そのまま当たってくれればいいし、回避されてもいい。
ほぼ無限に湧く伏潜種、ふんだんに使わなきゃ損でしょ。
コンマ数秒後、俺は信じられない光景を目の当たりにする。
「進めっ!」
(((((ダダババっ!!)))))
その判断は一瞬だった。
体がデカイ五島の声が飛んだ。
それと同時に五人が五人、一切の迷いなく銃を撃ち、幕に大量の穴を空けると真上に跳躍し、銃口で穴をこじ開けて通り抜けた。
ロボロボしい装備を多少傷つけながらも痛手となる損傷は見られない。
メイン武器のおそらく電磁兵器は使わずサブの小銃を選択するセンスと判断力に決断力に反射速度に実行力がずば抜けてる。
相手を弱く見すぎていた。所詮、機械にくるまった人間だと心の奥では思ってたのかもしれない。
そんな甘えが相手に活路を与えていた。
留まるも逃げるも敗北の場面で前進する強さ。
一瞬のうちに、どれほどの工程を踏んだのか。
一朝一夕で成り立つ連携では無い。数ヶ月、数年の月日を経て勝ち得る信頼。
が、そこにはあった。
涙でちゃうじゃん、こんなのってないよ。
もっと自分勝手な人たちであってほしかった。
こんなに後ろめたさを感じるなんていつぶりだろう、久しく感じてなかった。
きっと本体はもう感じることが出来ない感情。
喉がキュッと締め付けられて視野が狭まる。
それでも……
「引けないんだっ」
有り体に言ってしまえば、自分より優先できる事象はこの世に存在しない。
涙を飲んで君たちを倒す。
今の攻防でこっちは六体の伏潜種がやられた。あまりにも薄く伸ばし、弾幕で削られたとはいえ全滅とは。
ただの肉幕になった彼らの急所を把握できたとでも言うのか。
考えたくもないけど、もしそんなことをしてたなら、そっちこそ人間じゃないだろと叫びたい。
とにかくまずやるべき事は一人削る。
肉弾ハイウェイ、
(プヒュンっプヒュンっプヒュンっ)
複数体をまばらに出して複数の肉弾丸を飛ばす。飛ばした先にいる別の伏潜種が吸収、そして放出を無造作に繰り返す。
数十の肉弾丸が高速で戦場を飛び交う。
次はどう動く。
なんだよこのみみっちい攻撃は。大方様子見でもしてんだろ。こすい性格してんな。
こんだけの肉体を持ってりゃ精神もそれに引っ張られて強者の思考になるはずなんだけどな。
あ、元の肉体の精神なのか。
この性格に無敵の肉体は特別すぎる。ここまで精神と肉体が乖離してる奴は初めてみた。
かなり厄介かもな。できることならタイマンでやりたかったが、そこまでの余裕は持たせてくれそうにない。
俺たちが数的不利な状況で戦うのはいつぶりだっけかな。
シコいぜこの野郎。
お前らならこれくらい捌けるだろ。指示は出さねぇ、好きに動け。
道は俺が創る。
心配なのは三浦だけだな、弱いのに出しゃばるから。
場をかき乱すのにはちょうどいいんだけどな。それは今じゃない。
(プヒュンっプヒュンっプヒュンっ)
━━警告。速やかに伏潜種の排除を推奨。肉弾丸が直撃した場合、装甲は破壊され継戦能力は激減すると推測。
目標とする殲滅は極めて困難━━
お?分かってんじゃねぇか。戦いに関しちゃ三浦よりも優秀かもな。三浦は人間にしか出来ないことが特に優秀だからいないと困るけど。
そんじゃまぁ、肉弾丸の性能チェックをしてくか。
危機的状況のティータイム。
肉弾丸が身体スレスレを過ぎてく瞬間が何よりも心が安らぐ。
死を感じるから生きてると実感できる。生きてるから死を感じることができる。
表裏一体はキモチィ。この世の真理ですらある。
死を感じて生を知る。これこそが誕生日じゃなかろうか。
365日全て誕生日にしたい。まだまだ先は長い。
貧富の差関係なく、平等に与えられた一度の生と一度の死。しゃぶり尽くして味わい尽くさないともったいない。
(プヒュンっプヒュンっプヒュンっ)
死神が鎌を素振りして通り過ぎてく。
まるで家政婦の掃き掃除みたいにさっさっと過ぎ去る。
三浦が熱々の卵を至近距離から投げてきた時よりも死を近くに感じる。
お生憎様、男にとってタマは当たり前にそこに常駐してる存在だ。位置を見誤るなんてことはチンに1つもねぇ。が、さすがに数が多すぎる。
たまたまの1発は重い。特殊機動鎧装が必要な俺たちは慎重にならざるを得ない。
そう考えると零式の奴らは気楽なもんだな。被弾は気にせず負傷も気にせず。
やっぱ人間じゃねぇ。
っと。余計な考えごとしてる余裕はねぇよ。
肉弾丸自体に意思は無くて直線軌道のみ。
遮蔽物は簡単に貫通する。
弾丸で相殺可能。
当たったら致命傷で場所によっては即死。
まとめると単なる高速で動く高熱の物体。
こう考えると思ったよりも普通だな。こと戦闘においては理解の範疇に収まる生物。
あとは人格だな。そこら辺が分かるともっと楽しくなるんだよ。じゃなきゃ人間と戦ってる意味ねぇだろ。
(スルン……)
そのすり足は焦点を狂わせ。
そのすり足は脳を破壊する。
前庭感覚を停止させ平衡感覚だけが機能する。
(バタンっ)
正面の伏潜種が直立状態から後ろに倒れた。
倒れる瞬間感じたのは風を押してることと背面に衝撃が響いたこと。
五島の足運びに惑わされ脳は深い酩酊状態に陥り、意識が飛び無意識だけが
為す術なく、肉体を地面に潜らせることも叶わない。
今もなお、風だけを感じている。
生きたまま殺す。
(ビクンっ)
伏潜種の肉体が一度跳ねる。
特殊機動鎧装着用による弊害。重い武装で効果は格段に落ちた。
それでも十分すぎるほどの効果。離れた意識が肉体を起こそうと揺らした。
「第三世代は視力も回復してるってわけか。こりゃ都合がいい」
(バチュンっ)
完全に回復する前に、撃ち抜かれ消失した。
「雑魚は力でねじ伏せ、兵は技で翻弄する。それが醍醐味ってもんだろォ。なぁおい!」
対する伏潜種たちはその技に目を奪われている状況では無かった。
それぞれが窮地に追いやられていた。
「その癖、どこかで見覚えが……。
ああそうだ、地上にいる司令班の中にいたな。確か名前は。
俺をただのスーバー動画編集マンだと侮っちゃいけない。
対象の性格、精神、肉体を観察して行動原理を丸裸にするアナリスト。
あんたは録画して見返す必要すら無い戦闘素人。日常の癖を戦場に持ってきてるくらい話にならない。
まな板の上に立ってることを自覚しな。と忠告しておくよ」
人間に対してのみ行使可能となる原理原則に基づき論理的思考に導き出された現在完了形未来。
これまでの経験からくる独自の理屈による、理屈なき感情的思考と行動の掌握。
すなわち限定的未来予知。
(バチュンっ)
狙われた伏潜種は傍から見たら自ら望んで弾丸を受けたように見えた。
それが本来不確定であるはずの未来が確定した未来になったことで起きた理不尽。
理不尽とはどうにもならない現実である。
人の手によってもたらされる理不尽は少しばかり性格が悪い。
「ちっ。なぁにが軟強だよシラケるなぁ。骨がない芯がない。
これならまだ人体模型の方がやりがいあるね」
「おい腕の装甲が溶けてんじゃねぇか」
「だって、癖で絞めちゃったんだもん。あっなんか意識朦朧としてきたかも」
「ばっ!だからっ」
━━損傷甚大。緊急措置開始。
保幕シート展開。限界活動時間、一時間━━
白い膜が私の腕を包み込む。このしっとり感は湿布を貼った時みたいな感覚。
なんだ、こっちの方が動きやすいじゃん。デザインが野暮ったくなくて好きだわ。
「来な、サンドバック。装甲の手入れを手伝ってもらうから」
挑発にのったのか本能で向かってきたのか知らないけど、まずは脚部から削ってもらおうか。
(ズリュっ)
森川は伏潜種と衝突する寸前で体の軸をずらしたことにより、脚部の装甲が伏潜種の体とぶつかり溶け落ちた。
そうして脚部は白い膜に覆われる。
「いいじゃん、いいじゃん。程よい緊張感も相まって気持ちいい」
ほぼ全身が白い膜に覆われた森川。その本領を発揮し伏潜種を蹴散らしていく。
それを見ていた五島もやはり、装甲を溶かしてもらって白い膜に覆われる。
これには動きやすくなると言うだけでなくもうひとつ利点がある。
それは制限時間の短縮による集中力の
そんな五島のところに第三世代の伏潜種が現れた。
「俺は地上にいる俺の平穏の為に君たちを生かす訳にはいかない。この殲滅作戦を成功させる訳にはいかない」
「随分とお優しいこって。そんな覚悟でやれるとでも思ってんのか?腐っても社長なんだろ?」
「っ!?そこまでバレてたのか。
そうだよね、そりゃそうだ。そこまで言われちゃ軟弱は見せられない。
一代で大企業を築きあげた前進力を見せてやる。
アップデートを忘れるな?時代を置いてくぜ」
「そうこなくっちゃなぁ!」
言葉通りの第三世代の前進。それは他の枚二世代を足場にした移動法だった。
肉体が衝突した時に見られる特性は透過、吸収、反発の三つである。
今回利用するのは吸収と反発の特性。
そこら中に突っ立っている第二世代に衝突した瞬間、吸収で思考を共有させる。
脊髄反射の要領でお互い反発しあって想定の角度で吹っ飛ぶ。
これを繰り返し全ての第二世代と思考を共有。雑多の第二世代が戦闘を始めた。
そこをビュンビュンと縦横無尽に飛び回る第三世代。
戦闘が始まった第二世代へと注意を強めれば第三世代が腸を削りにくる。
「くっ」
これがなかなか厄介。数の暴力の合間を縫って飛んでくるミサイルと化した第三世代。
そちらに注意が向いてしまうと、思惑通り数に押されてしまう結果となり、安牌に苦戦する。
ここで最も焦りを覚えるのが三浦だった。特段、身体能力に長けている訳でもなく、頭脳戦を繰り広げることもない。
本当に五島の制御装置として配置されたものだった。
役不足。
当然浮き彫りになった弱点は狙われる。第三世代が殺意を持って懐へ飛び込んだ。
(ブシャっ!!)
両脚の膝から下が弾け飛んだ。
天才アナリストによる正確無比な未来予知。
一代で大企業を創り上げたその手腕、経験から来る直感を信じる力。
戦闘という未知の分野でも、それに頼らざるおえないほどに築き上げた自負というプライド。
つまりは驕り。
他分野でも通用するとその道のプロへの侮り。
欲から生まれた安易な選択は容易く人生の岐路へと立たされる。
そして、この大乱戦に唯一適応できていない人物、三浦が狙われるのは必然だった。
あとは獲物を捉える瞬間に生まれる意識の隙間を捉えるだけの作業。
反発を利用した移動法により、第三世代の脚部が伸びきった時、ちょうど弾丸で貫ける細さになる。
空中に放り出された肉体は身動きが取れず、脚部を貫かれ、その反動で肉体が跳ねた。
「のぬぉ!」
驚きながらも天井に張り付いた第三世代と遅れて反応した三浦はその時、目が合った。
「なへっ」
焦った三浦はトリガーを引き損ねるという痛恨のミスをした。
五島は駆けた。
友を見捨てた道に俺はいないと。
その瞬間から理想と現実が際限なく無価値なものになると。
理想を語らず浪費する現実を想像し。
生きながらに死を謳歌する愚者。
それは死のつまみ食いであり、すなわち生への冒涜。
その心に意志が応え、その意志に肉体が応える。
心がある限りそこに不可能は実在しない。
「うぉぉぉおおおおおお!!」
三浦までの最短距離、一直線に伸びた手は第三世代よりも速く、その体に触れた。
(タンっ!)
勢いそのままに突き飛ばすと三浦と体の位置が入れ替わる。
体を捻って第三世代をとらえる。
第三世代の拳は胴体部の装甲を抉り、腹を割る。
「ぎぃっ!」
衝撃で目が半開きになるも勝機を見据えることをやめない。
お互いの間に距離ができたことに気づきすぐさま電磁兵器に手を伸ばし構える。
そして気づく。
(やっべぇ!?肉体が耐えられないの忘れてた)
常人が生身で電磁兵器を撃てば肉体が耐えきれない。そして生身では撃った時の衝撃で照準が大きくズレてしまうため、即死以外は無傷の伏潜種には効果が無い。
つい先ほど、身軽さを選び嬉々として脱いだ事が浅はかな行為だと思い至る。
空中でこちらの腕は届かず身動きも体を捻るくらいしかできず、重力に従って落ちている。
真上には空中でも肉体操作自由自在の第三世代。
終わった……。
このまま空中で身動きとれずに喉元掻っ切られて死ぬんだろうな。
あーあ、こんな地下で死ぬとか酷くね?結構貢献してきたと思うんだけど?
敗北ってのはこういうことなのか。残酷すぎるぜ。
ああ、心做しか目の前のこいつが笑ってるように思えてきた。ろくに表情なんて読めねえのに。
ただもうダメだ。手も足も出ねぇ。
俺……死ぬんだ。
こいつら全部ぶっ殺して……お前ら全員生きて地上に帰れよ。
ってなりゃよかったなァ!!残念っ絶体絶命?計算通りだっつうの!!
希望は絶望の闇により強く光り輝く。この暗く前後不覚になるほどまでに深い闇を俺は待ってた。
希望を見つけるために深く濃い絶望に入ったまでよ。
闇ってのはなぁ、希望を照らす光りだ。
闇に光が差し込むんじゃない差し込む光が闇にある。
だってそうだろ。外からじゃ見つけられない突破口が闇に入って見つけられたんだ。
今この状況において光があるから闇がある。じゃなくて闇があるから光があるだ。
深い闇に潜ることで光はその輝きを解き放つ。
形だけでもどん底に落ちたように見せておいた方がいいだろ?運命に同情されたら勝ちよ。その天秤は大きく傾く。
「全部想定内だ。そう、想定内なんだよ。
わかるか?俺はテメェの心配してんだよ」
一度死線を超えた俺はつえーぞ。普通のやつは意識の常識に囚われ、心臓を潰されたら死ぬという思考になるが、俺はそれを経験して死なないことを知ってる。死線の上書き。
五島は再度、電磁兵器を構え、照準を定めることなく前方へ撃ち出した。
散々見てきた電磁兵器の直撃を防ぐために腕を伸ばしたのは同時だった。
(バチュンっ)
(ブピュンっ)
電磁兵器の衝撃に耐えられず、五島は地面と平行に後退した。その負荷に耐えられず、左肩は外れ電磁兵器は手から抜け落ちた。
五島は左腕をだらりと垂らし地面に着地した。
第三世代は伸ばした腕を戻し地面に着地した。
五島と向き合うということ、それは敗北を意味する。
地に足をつけた五島は正しく最強。相手が生物である限りこれが覆ることは無い。
五島の歩みは神経を支配する。
五島の歩みは精神を汚染する。
その全て、訓練の果てに習得した技術によって成されている。
朝、誰もが顔を洗うように。夜、誰もが歯を磨くように。
無意識の動作にまで昇華させたそれは、天衣無縫の域となる。
「……っ。こんな大事になるなんて知らなかった。世界の闇を……いや、若葉社長の欲望を甘くみていた。あの人が世界を巻き込んだんだ。
あの人こそ本物の化け物だ。
だが、証拠がなければこの国では裁くことができない。俺が死ねば俺が関与したという証拠が無くなる。
お別れは言わないよ。存在しない存在だからね。
そして最後に。
残念だが勝者は俺……だハァフンっ」
特殊な足運びに魅せられ、第三世代の意識が閉じた。
((バチュンっ))
そして、左右の二方向から電磁兵器によって脳天を貫かれた。
「随分と理性的な断末魔じゃねぇか。教科書に載せてやりたいぜ。
そんで錆び付いた考え。脳みそのメンテナンス足りてねぇよ。知らなかったで済むと思ってんのは犯罪者だけなんだよ」
残った第二世代の伏潜種が五島目掛けて一斉に襲いかかる。
「テメェの死に様拝んで興奮したか?あ?ど変態共が。
テメェらの昂り俺が処理してやるよっ!」
(((((((ッ!!!!!)))))))
その鋭い眼光から何かを感じ取ったのか、はたまた肉体から発せられる何かを感じ取ったのか、全方位、全ての伏潜種は動きを止めた。
「「「「「「「ワカバ、ワカバ、ワカバ、ワカバノトコロ二ー」」」」」」」
一瞬の硬直の後、目にも止まらぬ速さで踵を返し地面の中へと消えていった。
その様子を目にし、参式部隊の五人は大きく息を吐く。
失望。安堵。警戒。驚嘆。困惑。とそれぞれ異なる思いを抱くことになった。
「ありゃりゃ、逃げられちまった」
「大丈夫か?データだと前に一度逃げられた時は言語を学習されただろ。ここから先となると、成長か進化か」
この時、伏潜種という種族において初めて恐怖という感情が芽生えた。
これが今までになかった逃げるという行為として現れた。
前回、言語を介すきっかけとなったのは壁に潜って攻撃に向かう過程で増殖した結果であったため、今後これがどう影響していくのか。
命を懸けた者の執念に気圧された。
恐怖を植え付けられた生物は一段階進化する。時には完全な別種に変態することもある。
生物としての根源である子孫を残すということに心血が注がれ、天敵に対して適応を試みる。
弱さを知ったということは壁を知ったということ。
その壁を乗り越えた時、生物は進化を遂げる。
壁を前に怯むか克服するかはその者の執念次第。
逃げた先にあるのは生か死か。誰にもわからない。
━━━警告。肋粉砕、内蔵破裂、右肩粉砕骨折━━━
「うっわマジか。俺の体ダメージめっちゃエグい」
「悪い、俺を庇ったせいで」
「は?仲間なんだから補い合うのは当然だろ。
こんなもん腹筋割れてる俺からしたら問題ねぇ。
人間、本気出したら大抵の事はできんだよ」
「統計的に隊長が重大な負傷をしてると事が丸く収まる。ナイスダメージ」
「おいこら天才アナリスト」
三浦を助けられてなかったら今、間違いなく笑えてねぇ。
今回もまた、こいつらには助けられた。
「ったく、もういい。帰るぞ」
くそっ。こんな序盤で戦線離脱とか、この戦いでの俺はモブかよ。しゃあねぇ、零式に主役は譲ってやるからさっさと生きて帰ってこいや。
モブとして場は整えてやったぞ、暴れろ主人公共っ!
悔しさのあまり、血の涙を流す。
それが誰かの目に留まることは無かった。
完結しました。




