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第十二WAVE あんたらぐらいなもんさ

(ズドォォォン!!)


 大穴入口でヘリの墜落による大爆発。

 爆風が巻き上がり黒煙が立ち上るのを零式から弐式は唖然とした様子で見ていた。


 そんな彼らをよそに、黒煙の中から2つの人影が姿を見せた。

 巨大な体躯を誇る大男の五島と中肉中背で困り顔の三浦の2人だ。


「どーすんだよこれ、おい」

「生きて着地できたんだから問題ないだろ」

「問題大ありだバカ。上から怒られるのは俺なんだよ」

「そんなことかよ」

「そんなこと?積もり積もって自由に出来なくなって嘆くのはお前だぞ」

「今回サクッと殲滅して帰ればヘリの1つくらい問題ねぇだろ」

「……問題ない」

「だったらやることは1つ。終わったことに目を向けてる暇ねぇぞ」

「無茶言いやがる。でもまぁ、背中にナイフ押し当てられてるみたいで気が引き締まる」

「それを見込んでのことよ。納得したならとっとと殲滅だ!」

「おうよ」


 まるでゲームをプレイしているかのようなフランクさで交わされた会話に鳥肌が立つ。

 そんな中、向かってくる2人に会話を持ちかけた者が1人。


「参式の方ですか?」

「はい。あなた方の命を拾いに来ました」

「?」


 返答に困惑している間に黒煙の中から新たに出て来た3人も合流した。


「すんすんっ……茶色。無臭……大自然の匂い」

「わたし以上の軟強がいるんだって?軟弱だったらミンチにするよぉ」

「くっ!?くそ。電子機器がバーストした。直ちに帰還する」


 奔放さで言えば零式以上。どうやら歓迎ムードは地熱によって蒸発してしまったようだ。

 


 歩くのを止めない五島は割れた集団の真ん中を突き進み琴平を睨みつけた。

 そんなことをされて黙っている琴平ではなく、顎を上げて睨み返す。


「化け物退治に来たんだがよぉ、お前もその中に入ってんだよなぁ?」

「あ゛?その安い挑発命で払えよ厚顔馬力(五島)

「おぉ話がわかるやつで助か━━」

「よせ、早まるな。多分だけどこの人まだ熟してないぞ」


 後ろに立ってた三浦は五島の肩を引いて割り込む。

 そこにはおよそ人相手に使う言葉では無いものが使われていた。


 五島の腕を引いて下がっていく中、呪い殺してやる。と五島ではなく三浦の背中を睨む琴平。

 それに気づくことはなく、五島を早い段階で止めれたことに達成感を感じていた。



「初対面であそこまで絡むなんて珍しいな」

「そりゃそうだろ。ありゃ化け物だ、伏潜種(ハイド)に横取りされちゃ堪らねぇ。

 殺られる前に殺ろうってことだ」

「なるほど」

「つーかよぉ、1ヶ月無駄にしたろ」

「俺もまさかだった。特殊機動鎧装(マンデイ)伏潜種(ハイド)の情報が入ってたなんて」


 そう、実は全ての特殊機動鎧装(マンデイ)に情報共有がされていて、AIによる補助でいつでも閲覧が可能になっていた。

 それを三浦はヘリでの下降中に気づいた。この情報にはヘリが揺れた。主に操縦席が。




 アタシは先行くよ、と一言残して少し屈んだ琴平は地面を滑るような高速移動を始め、大穴の奥へと進んだ。

 その後を追うように零式が追従し、これに反応した五島がフライングすんじゃねぇ、と話しを切り上げ追いかけた。



「嘘だろ。零式についていけてるだと…ありえねぇあいつほんとに人間か?」

「普通は逆だよなぁ。なんで特殊機動鎧装(マンデイ)と生身の人間が張り合えてんだよ。なんだけどなぁ、俺も感覚狂っちまったよ」

「あれ、特殊機動鎧装(マンデイ)の上限引き出せてるんじゃ」

「だろーな」


 五島の動きに驚く者と改めて零式の人間離れした身体能力を理解する者が唖然としその場に立ち尽くす。

 置いてくなし、と森川をはじめとした参式の残りの者たちも後を追う。


 その場には取り残された壱式と弐式。



「気負うな!俺たちにできることをやるだけだ!行くぞ!」


 壱式の隊長、柳が激を飛ばし空気を引き締める。

 俺たちも戦う側の人間だと、たとえ力が足りなくとも戦わなくてはならない。日本を守るために。


 その人並みの一言が、人肌で溶けて胸に沁みていく。心は1つに、息を飲み強ばる体を奮い立たせるように喝を入れる。


 『俺たちはやるぞ!』


「「「「「おう!!」」」」」


 覚悟を決めた者たちを試すかのように、死の奉公者(ハイド)が背後に現れた。




(ムリュっ)


 彼らは既に罠に嵌められていた。


 大穴の入口でわざわざ出迎えた伏潜種(ハイド)。そして視界内に映る伏潜種(ハイド)を殲滅。

 これにより、残りの伏潜種(ハイド)は奥で待ち構えているという結論に至る。

 なぜならこの大穴は一本道だから。


 当然、先陣を切るのは零式部隊。その場に取り残され、後を追うようにして動き出す壱式と弐式という構図が容易に想像出来てしまう。

 なぜなら伏潜種(ハイド)が知恵を得て十分に戦闘を繰り返したから。


 弱者が初めに狙われるのは狩りの基本。そのまま狩れたら良し。強者が庇いに来れば尚良し。

 戦いが始まる前から場は整えられていた。



 最後方にいる者の背後の地面から伏潜種(ハイド)が数体飛び出した。



 ほんの瞬きの間にそれは始まった。当人はまだ背後の存在に気づいていない。



 先陣を切り、80m先にいる琴平は視界の端でそれを捉えた。

 コンマ0秒。強い怒りに駆られると思考が暗闇に落ち、その瞳は仄かに歪む。




 潜透率(レート)70。




 呼吸が乱れ体温は上昇、頭痛に目眩、閉塞感に襲われる。

 明らかな異変。それは変態の兆候。人限超尽NΩ(アンディシンバー)の作用による身体構造の造り替え。


 潜透率(レート)70に至ったことで起きる肉体の大きな変化。


 身体能力の大幅な上昇。臓腑の変容。五感の鋭敏化。肉体の液状化。



 方向転換を終えた琴平の脚はヌルりと地面に沈む。

 前進する意思を強く持つと体は倒れんばかりの前傾姿勢となり地面と並行になるまで傾いた。


(プリュンっ)


 それは『跳躍』を通り越した『射出』。その勢いは琴平の体が黒い弾丸と化す程だった。人影とは言い難い程にその形は歪に崩れ、しかして空気抵抗を最大限まで減らした速度を出すには最適のフォルムを形成していた。


 瞬速。

 既に苦痛は消え、間に合うかどうかという不安、助けられるかという疑念も消えた。

 今考えているのはどう対処するのか、決着は一瞬。対処を誤れば仲間の死は確実。


 琴平の持つアドバンテージは予想されていなかった進化による奇襲。伏潜種(ハイド)たちはまだ高速で近づいている影に気づいていない。



 そして訪れた接敵。


 琴平の左腕は狙われた男の首筋を滑るように通り過ぎ、背後の伏潜種(ハイド)へと伸びた。


 伸ばした左手は貫手の形を作り、右目を突いた勢いそのまま脳天をくり抜く。

 アボガドの種をスプーンでくり抜くように。


(リュプっ)


 再生不可の即死。


 事態に気づいた残り二体の伏潜種(ハイド)は当然琴平に襲いかかる。未だ空中にいる為、安牌な的となる。

 返り血を頭から浴びた琴平の形相は神をも恐れぬ悪魔のそれ。


 目は異様につり上がり口角は耳たぶ辺りまで大きく伸びている。そこにダメ押しとなる鮮血がさらなる奇のエッセンスとなる。


「血シャンって案外気持ちぃじゃん」



 不意を突かれた伏潜種(ハイド)はともかく素の身体能力では互角とは言えない為、当然反撃をくらう。


(グジュっ)


 恐らく心臓を狙った伏潜種(ハイド)の一撃は体勢をずらしたことで脇腹を深く抉るだけに終わった。


 伏潜種(ハイド)を区別するとしたら、

 知性を持たないのが第一世代。

 言語を介すのが第二世代。

 人格を持つのが第三世代。


 この二体は第二世代。


 人間の狙うべき急所は理解している。



 だからこそ見える次の一手。一撃で命を絶てる場所を知ってるが故に、脅威を前にして1秒でも早く排除しようという考えが働いて本能で狙ってしまう。

 半端な知性を持つが故の弱点をその一撃で看破した。


「承諾無しで接触なんてご法度だろーがミソカスゥ。北方領土に埋めるぞ」


 人間である琴平にとって空中での行動には制限がある。それは数秒前までの話。

 潜透率(レート)70を迎えた琴平は感覚でそれを理解していた。


 捻った上半身と連動した下半身がグリンっと回ったことで両脚がうねりを上げてしなり、遠心力で外側に引っ張られた結果、伸びた。


 前後にいる伏潜種(ハイド)を両断。


((バチィィンっ!!))


 一方は頭から股へ。一方は股から頭へ。


 脚力プラス遠心力プラスしなりによってとんでもない威力を生みだした。雷鳴もかくやというほどの轟音。


 真っ二つに裂けた伏潜種(ハイド)は地面に染み込むように消えた。


「テメェの贖罪は消えること。たった1つ、それだけだ」



 この一幕が瞬きの内に終わる。



「どわぁっ!?」


 狙われていた男が音に反応して振り返れば先程まで遥か先にいた琴平が立っていることに驚く。


 少し間を置いて他の零式4人が集まる。


 最初に口を開いたのは坊主頭でニヤつく丹波。


「おいおい、もうそこまでいったのかよ。

 俺なんてまだ30だぜ。単純に驚くわ」

「お前がバカだからだろ。頭使ってないからエネルギー消費量が少ないんだよ」

「はっパチこくなや。

 単純に脳の処理速度が違う。負け惜しみにしか聞こえねぇな」


「頭が良いと思ってるバカ程問題を複雑にしたがる。手間を増やしてやった気になってるだけなんだよ。

 例えば、アタシが1から10を数えるのに10カウントだとしたら。

 お前が1から10を数えるのに100カウント。必要のない小数点を数えてんだよ。


 それと視野が狭いから見えてるものしか見ない。表面しか見えないしそれで見えた気になってる」

「バカか。

 単純に嫉妬してんだろ、いい加減見苦しいぞ。

 まずは現状を認めろ。じゃなきゃ成長しねぇぞ」




 30分後。


 (やなぎ)  千冄(せんねん) 死亡。  壱式部隊。

 島田(しまだ) 由奈(ゆな) 死亡。  弐式部隊。

 平川(ひらかわ) 京磨(きょうま) 半身損傷。壱式部隊。



 佳境を越えたかと思えばそこはまだ丘の上、目の前にはいくつもの山が待ち構えている。

 振り返ればどこまでも続く血まみれの畦道。退くは後悔、進むは煩慮(はんりょ)

 願う未来は皆ひとつ。欠けた者たちのためにもここまでの歩みを無為にしてはならない。

 その醜念(しゅうねん)が背中を強く押し出す。

 



 順調に進んでいた琴平の前に行く手を阻む第三世代の伏潜種(ハイド)が現れた。




 くっそ、まじで気配を感じねぇ。地面と完全に同化してるじゃん。



(プヒュンっ!)


「俺には若者(じゃくしゃ)をいたぶる趣味がある。

 どしたん、話聞こか?」

「テメェの性癖なんか興味ねぇよ。くたばれミソカス」

「元気な子ほど落差に心がグッとくんねん。せやから気長に苦しんでな」

「気が合わなくて良かった。アタシは即落ち希望だ」

「あかん、戦争や」

「ああ、戦争だ」


「「その身体に刻み込ん(だる)でやる」」


 集中しろ。




(ズリュつ)




「…は?」



 足の甲から何かが生えて…いや、わかる。これは異物。異物なのにアタシと似た何か。嫌でも理解する。

 アタシはもう人間じゃないんだと。この酷く嫌悪してる何かと同質なんだと。


 無理。急に足に力が…膝着いちゃう。


(プヒュンっ!)


 んふっぶね!

 上体を反らして何とか、正面からの膝蹴りを避けた。立て、とにかく立て!



「見えてるものしか見てへんなぁ。全方位警戒しとったみたいやけど、現実は壁の向こう側にも地面の中にも何かが存在してるもんやで。

 靴履いとったら地面の隆起に気づいて避けるまでの間があったかものはし。かものはなし。

 せやけど、最初から靴を履く選択肢なんてもんはあらへん」


 ムカっ。あの時の会話聞いてたんじゃ。ムカつくぅ。んふぅん!言い返せないのが1番腹立つ。

 危うく即落ちしかけたし。


「東京人は健気やなぁ。

 泣いてええんやで、大丈夫や、泣かしたる」


 はぁ?死ね。


「自分のいたぶられる姿楽しみにしとるのぎょうさんおるで。

 ひーふーみーじゃ足りへん、増殖しとって助かったわ、ほんま」


 墓から這い出たような、上半身を地面から露出させたミソカス共がにやけ面でアタシを見てくる。

 キショすぎる。1秒でも早く消し去りたい。


「弱者やなぁ。せやから女は台所立っとけ言うたやん。出しゃばって惨めな姿晒すん、そんなんかわいそすぎるやん。

 ほんでお先真っ暗やろ?」

「ぺちゃくちゃぺちゃくちゃうるせぇなぁ、自覚無いよな。年寄りは口を動かさないと血液回んないんだろ。

 お先真っ暗?ったりめぇだろ、今が輝いてっからなァ!

 周りが霞んでんだよ」


 受け身じゃダメだ。身体能力でも数でも負けてる。

 アタシから動かなきゃ活路は見い出せない。

 アタシの新しい身体(からだ)の能力を存分に見せてやる。即落ち必至の高速ラッシュ!


 さっきの戦闘での頭股(とうこ)かち下駄割りからインスピレーションを得たびっくりぽっくりパフォーマンス。

 アタシの超頭脳と超絶身体能力と神秘的技能が合わされば鬼に金棒、水を得た魚、翼を持った人間。AIに自我。


 つまり、独壇場のサンクチュアリ。



 フレキシブルな両腕が風を斬る。うねりを上げてしなる両腕はそのスパンを伸ばし、1mから2mとぐんぐん伸びる。

 地面を叩く両腕の衝撃で次第に体が浮き上がり、滞空状態を維持し始める。


 攻防一体、縦横無尽、荒唐無稽、天衣無縫。


 イメージするのは鞭。


 十分な骨密度からくる頑強さ、伸びるほど柔軟性を増す筋線維。

 しなりを帯びたこの腕は……。


(パチィイイン!!)


 音の速度を纏い周囲を食い荒らす。



 『鞭奮(ムチブルイ)


 やばっ。技名とかつけちゃった恥ずっ。


 今は脳みそも柔軟に、ミソカスに読まれない程にぐちゃぐちゃにかき乱す。

 高速戦闘で必要なのは次の一手を読まれない突飛な発想。それを反射でやってのけろ!

 全身にシナプスを!



(パチィン!パチィン!)


 なんで…なんで避けるんだよぉ!


 急所以外は豆鉄砲、手足に当たりはすれどもただちぎれるだけ。表情ひとつ変えず何事も無いように動き続ける。まさにそのとおりで今のアタシにはこの肉体の性質がわかる。

 そして、より完成されたミソカスの肉体はこれを凌駕する。第二世代(カスのミソカス)は倒せるけど、やっぱり虚を突かないと無理なのか。


 それはそうと常にイニシアティブを取り続けないといつ連携をとって反撃してくるかわからない。

 一難去らずまた一難。


 次の技へのジョイント次第で攻守のバランスが崩れる。そこだけは注意してやんないと。


 あーなんか頭がハイになって変なこと言ってるような。ちょっとヤバいかも。



 くっそ。神の肉体とでも言いたげじゃねぇか!

 腕が地面を叩いた瞬間の一瞬の停止、そこを狙ってミソカス自身の体を当てることでアタシの腕は溶ける。

 1度停止してることもあって勢いで引き剥がすことも難しい。

 その度に部位再生を強いられる。

 一番やばいのがこれを反応して狙ってやってるってこと。確実に第二世代とは格が違う。


 やばい。アタシの直感がやばいって言ってる。

 この場で乱れてるのはアタシだけ。ミソカス共は落ち着いた対処で捌いてる。

 それに、これだけ部位再生してちゃどれだけのカロリーを消費してるのか。想像するだけでチビる。

 対して向こうは地中で悠々自適のカロリー摂取を満喫してる。


 クソ野郎!無限性有限のミソカスと有限性有限のアタシじゃ取れる手段の差が大きすぎる。


 有限性無限。ミソカスみたいに養分さえ補給してれば理論上不死身な肉体。

 有限性有限。アタシみたいに養分を補給してれば不死身だが、代償を伴う肉体。

 普通の人は一時性有限。


 まだミソカスになる訳にはいかない。

 アタシには生まれた意味がある。生きる意味がある。

 世界総人口約82億。日本に絞っても約1億2000万。そんな中でアタシたちが出会うってのは定められた奇跡。

 ミソカスが生まれたから今のアタシはこの世に存在してる。

 アタシが死ぬのはミソカスが亡びた時。

 つまりは運命共同体って訳だ。



「なあ。生まれた意味、生きる意味があるってとっても素晴らしい事だとは思わないか?」


 そう思うだけで力が湧いてくる。現にそうだから。託されたものがある。

 きっと地上じゃ情報が流れてる頃だろ。

 アタシ1人じゃない。日本全て約1億2000万人がミソカス共の敵だ!


「想いは収束すんだよ!」

「おもんな。1人で抱え込め思い悩め、そんで全部俺に吐き出さんかい。限界迎えるんは早すぎる」


 こんな奴が社長でしかも日本の食をこれまで支えてきたとかぶっ壊れてる。大丈夫か日本。


「吐いてええんやで、大丈夫や、吐かしたる」


 1匹ずつ…そう1匹ずつだ。刺さったトゲを1本1本抜くように、1度掴んだら離すな。命の灯火をぶっこ抜け。



(プリュンっ)


 痺れを切らして突っ込んできたか。速さはあるけど悪手だろそれ。

 今のアタシの集中状態ナメんな。



 伸びてきた腕を掴んだ途端理解した。

 アタシの細胞がミソカスの細胞と反発してるような抑え込んでるような。

 液状化しようとする細胞の変質を防いでる。

 気持ち悪いのがミソカスと同化してるような錯覚に陥ってること。

 恋人繋ぎをしてるような不快感。ディープなキッスをしてるような嫌悪感。


「ふんだらぁ!ふんっ!」


 地面に叩きつけて頭を踏み潰す。

 手足が跳ね上がり肉飛沫をあげる中、コンディションが良すぎたせいか見えてしまった。


 ミソカスの胸元から飛び出る三本目の腕が。


 考えれば簡単な事だ。物体の中を自由に動き回れるのがミソカスの特徴。肉体の中を別のやつが動けるのも当たり前。

 そんなことに今更気づいた。というか目の前でやられて思い至ったんだよちきしょー。


 動け。動けぇぇぇぇ!!


 なんだよその、二本立てたその指はよぉ…目を抉ろうってか?

 ふざけるな、脳天貫かれて終わりだ馬鹿野郎。


 どぅぉぉおおおおおお!!


(グベジュっ)


「はへへーお(させねーよ)」


 なんとか…なんとか頭を数cm動かせた。

 ハハハっ!どうだ!喰ってやったぜ馬鹿野郎!ざまぁミソカス!てか、歯つよっ。

 変なもん食わせんな。


「味噌の味しねぇじゃねぇか死ねぇ!」

「ちょっまちょ━━━」


(グジョブっ)


 下から飛び込んできた所、腕を食いちぎって勢いそのまま頭を潰した。



 追撃は無しか。静かじゃん、何を狙ってんだか。



「知性を捨てぇ!」


 そんな時、目の前のミソカスが動いた。その言葉を頭で理解するよりも早く肉体(からだ)が理解した。


 さっきまで伏潜種(ハイド)が発していた圧はネットりと包み込むようなものだった。

 それが今、右後ろにいる伏潜種(ハイド)から放たれた圧は研ぎ澄まされた1本の槍のように鋭く、野性的殺意を持つものに変質した。


 異質。


 これに右腕が反射的に反応してしまった。


(あ、やばっ)



 相手から予想された反応。最も読みやすい反射で行われた防衛反応。

 正面のミソカスはそれを見逃さなかった。狙ってやったのか。


 そう身構えた時、ミソカスの顔面が眼前に迫っていた。




(は?)


 環境の状態変化に対して敏感脳になってたから反射で動いた結果の窮地。

 焦り、緊張、恐怖は体を硬直させる。

 ミスを引っ張るな。切り替えろ目の前の状況から脱する方法を考えろ。


 大丈夫。今のアタシは調子がいい。

 極限の集中状態でスローモーションに見える。見え…み…動け。動けよ体ぁ!!

 集中状態違う、走馬灯だこれ。

 脳は動いてるのに体が動かない。

 死前硬直ってやつかよォ。こんな中途半端で死ねるか。


(ダメだ……死んだ)




 幸か不幸か。


 伏潜種(ハイド)にとって琴平の心が全く崩れないこと、思い通りにいかないこと、予想以上の苦戦がこれまでにないほどの大きなストレスとなっていた。


 従って消費カロリーは今までの比にならない。

 次の増殖は本来数時間後のはずが今…この瞬間に肉体(からだ)の内で新たな命が芽吹いた。

 伏潜種(ハイド)自身がそれを観測したことにより象られる生命。

 胸の中で誕生した命は即座に武器へと変換された。うまく事が運ばないことに対して変化を求めたのだろう。排除したいという気持ちが強く働いた結果、他の個体には無い個性を持って生まれた。

 それはただ、目の前の命を刈り取る為の肉体(ぶき)へと。


 伏潜種(ハイド)は頭部から順に形成される。本来はここから全身を成形していくが、今回は全身に回されるエネルギーが頭部に集約され誕生した。

 異形伏潜種(ハイド)


 胸から押し出されるように放たれた頭部弾丸は刹那、琴平の眼前に迫った。




 幸か不幸か。


 極限の集中状態、限界以上の肉体酷使、度重なる部位再生。突然訪れた確実な死を目の前にしたストレスはこれまでとは比にならない程のカロリーを消費した。

 その絶望たるや、肉体が死を覚悟して硬直するほどに。

 コンマ0秒、普段の琴平なら動けたであろう時間は何十倍にも引き伸ばされ走馬灯に浸っている。


 意識は既に界を渡った。

 肉体が動かないのでは無い、避けるという意識が既に無いのだ。



 潜透率75。



 今もなお活動を続ける肉体は生きるために消耗を続けた。

 走馬灯により引き伸ばされた時間の中で続く、確定した死のストレスは計り知れない。

 その結果が数十分のうちに潜透率5の異常な上昇だった。


 たった5の上昇だが、肉体は次の段階へと変態を遂げた。より伏潜種(ハイド)に近い肉体へと変化を始めた。

 これにより、琴平は頭が割れんばかりの痛みを感じ…




 割れた。



「は?」



 誰が発したものか。全員が発したものか。

 琴平の頭が大きく割れたことにより、頭部弾丸は顔面の間を通過してそのまま天井に染み込んだ。



「自分…何したんや」

「言うかよバァーカ」


 なにが起きたかわかんねぇ。

 そんなことよりも体が軽い。今までの疲労が全部吹っ飛んだ。


「お先真っ(ぴか)だぜミソカス」


 意味不明な状態がどうした。そんなの関係ねぇ。

 アタシには使命があんだよ。

 神だろうが死神だろうが力貸せ。地獄できっちり精算してやるからよ。

 アタシの生を祝福しやがれ。



「頭割れて脳みそ捨てたんか。1回窮地を脱したかて数的不利は覆らんで。ガキでも知っとることや。

 こぼさへんようおつむにオムツ履かせときや。

 遠慮は美徳やあらへん。ただの無礼や。

 履いてええんやで、大丈夫や、履かしたる」

「自分のキモさを自覚しろ、普通に生きてていい変態じゃねぇよ。

 土の痴態に埋もれて死ね」


「人権に配慮せんかいっ」


「人に危害を加える変態は終わりだろ。

 痴漢、盗撮、DV、どれも社会に適さないカスだ。変態は部屋ん中で1人シコってろ。

 どうしても抑えられないなら人間やめろカス」

「とっくに人間辞めてんねんっ!……あっ。

 思わずツッコんでしもた。これじゃ俺が変態になってまう。

 なんでこんな状況でツッコまなあかんねん。

 恥ずい……恥ずすぎる。あかん、死にたい。



 殺す殺す殺す……頭ん中で99回ぶっ殺したわ。

 ほないこか。最後の1回いただくで琴平ァ」



 やっと敵意剥き出しできた。ねっとりよりか百倍マシだな。全方位から全身にビンビン来る。


 いいじゃん。アタシは日本を救うために。ミソカスは変態の汚名を晴らすために。

 戦いらしくなってきたじゃん。


「アハハハハッ」


 ねぇ、そんなにアタシを……


「殺したい?大丈夫や、殺したる」


 ……アタシがね。



 ん?ちょっとニュアンス違ったか。やっぱ変態の言葉は難しい。一朝一夕で真似できるほど優しくないな。

 潜ってきた修羅場の変態値が違う。




(ッ!!)


 静寂を戦闘開始の合図ととったのか、一番槍は右後ろからの知性を捨てた第一世代(ミソミソカス)

 命までの最短距離を本能のまま突っ込んでくる。


 アタシは最初に左膝を弛ませ次に右足、腰、左肩甲骨、右肩甲骨を連動させるように波打たせる。

 

 最速の肉弾丸になったミソカスが背後に来た時、全身から流れてきたエレルギーが右腕に集約した。


(ブヒュンっ!)


 全身のしなりを利用して放った右腕は鞭のようにうねりを上げて。


(バチィンっ!)


 肉弾丸をブチ弾き飛ばした。



「やっ!冗談きついってら」


 残りのミソカス共が知性を捨てた圧を一斉に放った。その刺々しい殺意に紛れて気づくのが遅れた。


「ッ━━」


 放たれた頭部弾丸。


 たぶん、さっきのやつとは別のミソカスによる増殖がこのタイミングで来た。それを共有したのか示し合わせて全霊で欺いてきた。

 集団の殺意に紛れた小さくも巨大な一撃。迎撃は当然回避も間に合わない。


 軌道上には心臓がある。曲がりなりにも体の中心、失えば相応の痛手になる。再生する前に追撃を仕掛けられれば打つ手がない。

 どうにか、どうにか被弾箇所をずらしたい。


「どぅぉおおおおお!!」


 伸ばせ伸ばせ体を伸ばせぇええ!!


(ブィインっ)


 予備動作無しの超伸縮からの半ひねり!


 しゃっ!意外と避けれた!?


(ピュシャっ!)


「わっ」


 半ひねりしたことにより直撃は避けた。と、安心したのも束の間、そのまま通り過ぎると思った頭部弾丸はその勢いによって顎がしゃくれ、舐めるように股間部分を容赦なく引き裂いた。


 薄皮一枚、ボディースーツが破れた。



 ボディースーツの破れたところからパンティが…。




       「あ」

 



(プヒュンっ)

(((((バチュンっ!!)))))


 あ?なんだ今の一瞬の間は。

 後ろのやつ以外の動きが一瞬止まった。それに参式も来てるのがわかったから後ろのやつに集中できた。



 まさか、まさかだけど、まさかなら。考えられる可能性の1つとして。

 パンティーに目を奪われて敗北?


 ハッハー!

 ちんぽハメてやったぜ。ちんぽに足元掬われたってか?知性を捨てて本能のままに動いた結果か。

 作戦通ーり!わざとボディースーツだけ破けさせた神業見たか!


 もう死んで確認しようが無いから言いたい放題だ。


 それに、参式全員が今の一瞬の隙をつけるのも驚いた。

 あいつらこそホントに人間か?

 アタシは戦闘中だったから集中して見逃さなかったけどさ。到着早々割り込みでこれって、かなり予想外。



 そんでまた何か嫌味のひとつでも言われるのかと思ったけどそうでもなかった。


「最後動き止まったよな。何かやったのか?」

「さぁ?美女を前に緊張でもしたんじゃない?」


 ミソカスの方が興味あるのか。

 ここは伏せておこう。変態が喜ぶような死に方が逆に腹立つから言わないでおこう。

 アタシの切り札でもある。後でさくまみにも教えよう。



「死んだやつのことはいい、この戦いを生きて俺と戦うと約束しろ」

「年下だからって舐めてるよな。他のやつとやればいいだろ」

「お前が一番……美味いだろ。不味いやつ食ったところで満足なんか出来ねぇ」

「だったら敬意を払えよ。厚顔馬力(五島)

「俺はお前と戦いたい。俺にとってはそれが敬意に等しい。それを伝えたつもりなんだがな」

「年寄りは自分が常識だってことを疑わない。だから煙たがられるんだよ」

「お前と10個も違わないだろっ」

「へぇ、20代だったんだ。てっきり30後半かと思った」

「度肝座ってんな。この野郎」




 話してみると戦闘狂なところ以外は案外普通の男って感じ。ある意味さくまみと一緒だ。あっちは理性が飛ぶ分、こっちの方が常識的だし。

 肉厚が鬱陶しいくらいだ。



「若者にいたぶられるのが趣味なんだって」

「なんてこった、伏潜種(ハイド)ってのは変態した変態ってわけか」


 アタシを死の恐怖に染め上げたんだ、これくらいしないと気が済まない。それと変態なのは間違ってないし。危害を与える側から与えられる側に変換しておいたんだから感謝してほしいね。



 ここまで静かだった罵詈醜穢(三浦)がポツリと発した言葉に耳を疑った。


「熟しを通りすぎて蒸れてるまである。たったの数十分で何をしたんだか。

 再認識したよ、伏潜種(ハイド)と拳でやり合えるのはあんたらぐらいなもんさ」


 お前は必ず殺す。本気だから口には出さない。

 確かな執念を持ってお前を地獄に捻り込む。

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