【短編】儚げ美丈夫のモノ。
ふと、儚げ美貌のヒーロー書きたくなり、結局ヤンデレになりました。
木漏れ陽の東屋の下。
儚げな美貌の少年がいた。微風に靡く白銀の髪は、鈴蘭のように可憐に見える。ライトブルーの瞳は優しく細められて、こちらに笑いかけられた。
手招きされるから、てくてくと歩み寄った。
ここはお茶会が開催されている公爵家の庭だ。怪しい人なんているわけがないと思い、危機感もなかった。
目の前に立つと、右手を取ってキュッとライトブルー色のリボンを結び付けられる。
「これで君は僕のモノだね」
なんて、にっこりと笑った。私の脳内にハテナマークが三つも並んだ。
よくわからなかったけれど、目の保養なので一緒に過ごすことにした。
前世はオタクの限界OLだった異世界転生者である私は、同じ年齢の子ども相手では退屈でしょうがなかったのだ。彼は六つも年上の少年で、とても博識だったから話を聞いていて楽しかった。
異世界転生者である私には、この世界の魔法の話は面白いもの。
儚げな美貌の少年は嫌な顔をせずにニコニコと質問にも答えてくれるから、お茶会が終わるまでずっと過ごしてしまった。
迎えが来て初めて、少年の名前を聞いた。
「あれ? 知らなかったの?」
なんてケロッとした反応の少年は、この公爵家の長男だという。フェンリル公爵のルシェント様。
ちなみに、今日のお茶会は次男のロント様の交流会だ。
魔法の腕前が優れていて、まだまだ学生の身分であるけれど、すでに宮廷魔術師にスカウトされているらしい。どうりで魔法の話が面白いわけである。
「あ。僕も君の名前を聞いていなかったね。レディ、私にあなたの名前を知る名誉をください」
儚げ美貌の少年が、芝居がかって傅いて微笑みかけた。彼の美貌には劣る茶髪茶目の地味な少女の私も、一応そのノリに乗っておく。
「わたくしは、ミーティ伯爵家のベルナと申します」
ちょこん、とドレスの裾を摘み上げて、カーテシー。
「ベルナ。僕のベルナ。よろしくね」
なんで所有物発言なんだろう。
「来週も会おうね」
いやだから、なんで?
こうして、将来有望な公爵令息とほぼ毎週会うという交流が始まったのだった。
名目は、私の魔法の家庭教師だ。私という生徒を育てた実績は、彼にプラスともなるから。
そんな出会いから、十年近くが経った。
王都学園に入学した私は、魔法科目はトップの成績を叩き出している。
彼の実績になるならと証拠の成績表のコピーとともにお礼の手紙を送りつけた。
流石にその頃になれば、ほぼ毎週会うことはなくなっていた。
というか、流石に減らしてほしいのが私の考えである。
何故、私だけが彼の弟子なのか、というやっかみはいつもあったが、入学してから酷いからね……。
手紙を送ったから、またしばらく会わなくていいと思うんだ。
卒業まで会わなくてもいいよ。なんて口が裂けても言わないけれどね。言わない方が身のためだ。
「やぁ、僕のベルナ。制服姿も可愛いね」
「……ご機嫌よう、ルシェント様」
しばらく会いません、と仄めかす手紙を送ったからなのか、会いに来た。
会いに来ちゃったよ、ルシェント様。
儚げ美丈夫として成長したルシェント様は、すでに宮廷魔術師副団長の地位に就いていらっしゃり、高級感溢れる黒のローブをまとっている。
吹けば飛んでいきそうなほどにキラキラした儚げな美貌で淡く微笑む。
そんな宮廷魔術師副団長に呼び出された私は、応接室ではなく、学園の中庭の藤の花がぶら下がる東屋の中で向き合って座った。
「様付けなんてしなくていいと言っているじゃないか。それとも昔みたいに“ルシェお兄様”って呼ぶかい?」
ふふ、と楽し気に目を細めて笑いかけるルシェント様。
「まあ、そんな。幼子を甘やかしてそう呼ばせた頃ならいざ知らず、もう淑女として扱ってくださいませ。ルシェント様も大人ですからね」
微笑みでジャブ。
だいたいあなたがしつこく“お兄様呼びしてくれ”と言うから呼んだだけであり、妹のように溺愛して膝の上に乗せては頭を撫で回したのはあなたである。
「やだなぁ、子ども扱いしていないよ? 僕の可愛いベルナを愛でているだけなんだから」
痛くもかゆくもないと言った風に、無駄にキラキラした笑みで一蹴。
「学園生活はどうだい?」
両手を組んで頬杖ついたルシェント様は、微笑みを保ちつつ尋ねてきた。
自然を装って視線を垂れ下がる藤の花に向ける。
「ルシェント様が幼い頃から家庭教師を務めてくださったおかげで、魔法科目の成績はトップとなりました」
「それは手紙でも知らせてくれたね。おめでとう。でも、僕が尋ねているのは、成績の話じゃないんだよ?」
ちっ。逸らせないか。
「はぐらかそうなんて、可愛んだから、僕のベルナ」
笑顔が憎たらしい。
何が“僕の”だ。二言目には、僕の僕のって……。
どうせ弟のロント様から聞いたのでしょ……口止めしたのに。ちっ。
「ロント様から何を聞いたからは存じませんが、別に問い詰めるほどのことではないですよ」
「そうかい? 君の悪評が流されているそうじゃないか」
保たれていた笑みが薄くなり、剣吞な光がライトブルーの瞳に宿る。
悪寒が背中をなぞった。
ルシェント・ロジェット公爵令息は、儚げな美貌のせいで病弱な印象を持たれがち。口調も物腰も柔らかいから、穏やかな人物だと思われがちだ。
病弱な穏やかな人物と思われがち……なだけであり、事実は違う。
「まぁ……少々突っかかられてはいますけれどね」
「僕のベルナに、ねぇ……?」
儚げ外見詐欺の所有欲マシマシ坊ちゃまである。
冷や冷やした空気がだだ漏れしている気がした。
王都学園に入学してから、毛色の違う敵が出没したのだ。
儚げ美貌の公爵令息に教えを乞うている私に、嫉妬する令嬢達、時には令息も一部。
そんな令嬢達とは違い、目の敵にする少女が一人。
最近引き取られたばかりの平民上がりの男爵令嬢で、ウェーブのついたピンク色ボブヘアの美少女。学園の生徒の中でも、顔立ちがよくスペックの高い男子生徒にすり寄っては、次々と仲を深めていくから、どこの乙女ゲームのヒロインだよ、って思っていたのだけれど。
『アンタも転生者でしょ!』
と、びしっと指差されて問い詰められたことがきっかけで、この異世界が乙女ゲームの世界だと初めて知った。
乙女ゲーの異世界転生モノはウェブ小説でよく読んでいたけれど、乙女ゲーム自体は数えるほどしかプレイしていないので、いざ乙女ゲームの世界に異世界転生しても、わからない。
実際、ルシェント様とロント様の兄弟が攻略対象らしく、私は全然ピンとこなかった。
『あの乙女ゲームを知らないで異世界転生したなんて外道よ! 外道! この世界を生きる資格ないわ!!』
という、暴言を吐かれた。
酷い。そこまで言われる筋合いないし。
転生先、選んだわけじゃないし。
自分を転生させた神様に、文句言えるものなら言ってみなさいよ。
『アンタなんて、ただのモブ容姿の地味女じゃない!』
あんだと、コラ。破滅させてやろうか。
素でブチギレそうになった。
『ちゃっかりルシェント様の弟子なんかになって! イレギュラーなアンタのせいで、王太子殿下も靡かないし! ロントも微妙な反応だし! ふざけんじゃないわよ! あたしのイケメン返せ!!』
という、とてもとてもめんどくさいヒロイン(笑)に絡まれる羽目になった。
どうやら、私はその乙女ゲームとやらにはモブですらなかったらしい。
ルシェント様に弟子はなかったらしいし、そうなると必然と交流が多くなったロント様と関わりが本来はなかったはずだし、その従兄である王太子殿下も顔を何度か会わせているし、ルシェント様からも話をよく聞いているとか言っていたしね。
どうせ“僕のベルナ”発言でもしているのだろう。王太子殿下相手に何しているんだか。
私というイレギュラーの影響で、ゲーム通りに攻略出来ていない苛立ちをぶつけられても……。
なんでそうなるか意味わからないけれど。
それからというもの、攻略したイケメン達を味方につけて、私を孤立させて追い詰めようとしている。
悪評を流したりね。
内容は、ルシェント様の弟子だからと鼻にかけているとか。他者を見下しているとか。とにかく、素行が悪い噂だ。
まぁ、宰相の息子や近衛騎士団長の息子に睨まれる令嬢なんて、ヤバいことこの上ないな。
ただ、ロント様はヒロイン(笑)に付きまとわれてうんざりしているし、王太子殿下の弟の第二王子も兄から何か聞いているのか、ヒロイン(笑)の逆ハー要員を宥めている姿を見かける方が多い。
ロント様にはルシェント様に相談すべきじゃないかと言われたが、そんなことをしたらどうなるかと逆に尋ねてみたら『……血の雨が降る』と青ざめたしかめっ面で言ったので、そういうことで口止めをしておいたのだが。
あ。そうなると、ロント様が話したとは限らないな。
第二王子から王太子殿下に伝わって、ルシェント様の耳に入ったパターンもありうる。
第二王子は困っている様子。宰相の息子も近衛騎士団長の息子も、さらにはもう一人、侯爵令息が側近だ。
その三人がすっかりヒロイン(笑)に陥落しているせいで苦労しているのだろう。お気の毒様である。
「ルシェントさぁまぁ~!!」
鼻にかかった甘ったるい声が響いてきた。噂をすればなんとやら。
ヒロイン(笑)のご登場だ。くるんと波打つピンク色のボブヘアとライトグリーン色の瞳の美少女。
攻略対象が三人も陥落したのだから、同じく攻略対象のルシェント様も、私から彼女に興味を移さないだろうか。
長年の執着がコロッと変わるのは少々もの寂しく感じるくらいには情があるが、そうなったらそうなったで軽蔑もするわけで別にいいとも思うのだけれど。
淡い期待を抱いてチラリとルシェント様を見てみたが、ゾクッと悪寒が突き抜けたのでサッと目を逸らしておく。
なんか、心読まれた気がする。
冷ややかな冷笑が浮かんでいた気がする。
ライトブルーの瞳が凍てついていた気がする。
「あたし、ローリーですぅ! ずっとルシェント様にお会いしたかったんですぅ!」
キモッ。
くねくねと腰を動かして媚びる姿が気持ち悪すぎる。外見が美少女だからって、媚びるだけで攻略がイケると思ってるの? 頭沸いているのか、このヒロイン(笑)は。
初対面で名前呼びは不敬。馴れ馴れしいわ……礼儀って言葉知ってる?
「そうなんだ。ごめんね。僕は可愛いベルナとお話し中だから、また今度にしてくれるかい?」
キラキラーと眩い限りの美貌の微笑で追い払おうとするルシェント様。
その“また今度”は一生こないやつだ。
「あたしもベルナちゃんと同じく、ルシェント様の教えを乞いたいですぅ!」
ちゃん付けされて、ぶるっと身体を震え上がらせてしまう。
「どうしたの? ベルナ? 身体が冷えてしまったかい? おいで、温めてあげるよ」
「いえ、結構です、うぶっ」
見逃さなかったルシェント様が立ち上がると、私を自分のローブで包み込んで抱き締めてきた。
ヒロイン(笑)なんて無視する形で。
「……や、やだぁ~。ルシェント様ってば、ホント、紳士ぃ~! ああ! あたしも肌さむぅい」
「そうか、風邪を引かないように気をつけないとね。教室まで送るよ、僕のベルナ」
サラッといなすルシェント様は「そ、そんな! ルシェント様ぁ!」と引き留めるヒロイン(笑)を置き去りにした。
ルシェント様が紳士……?
そりゃ外面は紳士だけども……中身はねちねちの執着男よ? しかも外見スーパー詐欺の。
「ベルナ? 今失礼なこと考えている顔しているよ?」
「まさか! なんのお話かわかりませんわ、うふふ」
「そっかぁ、エスコートをするね」
「遠慮します」
「僕のベルナをしっかり見せつけないと」
ローブを羽織った状態のまま、がっしりとエスコートをされた形で教室まで送り届けられてしまった。
儚げなのは外見だけだからね、マジで。力強いから、この男。非力な魔法使いだと思ったら大間違い。
「いいかい? ベルナ」
嫉妬と羨望の眼差しが突き刺さる中、教室に到着すると、改まって向かい合うルシェント様。
両手で私の頬を包み込むから、令嬢達から黄色い悲鳴が上がる。
「僕のベルナは、特別だ。わかったかい?」
にこりと優雅に微笑む儚げ美貌の美丈夫。
誰もが魅了されるその美貌で微笑まれても、狂気を感じ取れるので、素直にはときめかない。
なんなら意味がわからないので、初めて出会った時と同じくハテナマークが三つ並ぶくらいだ。
十年近くの付き合いでも、未だに彼の執着の理由がわからない。
言うだけ言って満足したのか、よしよしと頭を撫でると、ルシェント様はローブを着直して引き返していった。
いつもは嫌悪の視線が突き刺さるけれど、本日は嫉妬と羨望の視線がビシバシと突き刺さって、なんとか放課後まで乗り越えた。
帰ろうと校舎を歩いていると、呼び止められる。げんなりしてしまう。
ヒロイン(笑)の一行である。
宰相の息子、近衛騎士団長の息子、第二王子の側近の侯爵令息。
攻略対象はあと、王太子殿下と公爵家の兄弟となると、侯爵令息はパッとしない。でも、先頭で私と対峙しているのは彼だ。
あ、でも、宰相の息子とか騎士団長の息子とか、別に『次期』という肩書きがついているわけでもないから、そんなに変わりない?
「ベルナ・ミーティ伯爵令嬢! 悪逆非道だぞ!」
なんか突っかかってきたなぁ……。今度は何。
「ルシェント・フェンリル宮廷魔術師副団長の教えを乞いたいローリーの邪魔をしたそうじゃないか! 最低だぞ!」
いちゃもんつけられた……。
あの無視を、私のせいにされてもなぁ。
「ビンズ、そんなに責めないで! きっとベルナさんは、ルシェント様の弟子の座を譲れないの! だって魔法トップなのは、ルシェント様のおかげだもの!! 彼女も必死なのよ!」
ザ・悲劇のヒロインぶるな、寒いな。
「フン、ルシェント宮廷魔術師副団長の庇護にしがみついてみっともない」
宰相の息子が、眼鏡をクイッと上げて言い放つ。
「宮廷魔術師副団長の教えを独占するなんて、烏滸がましいにもほどがあるぞ!」
近衛騎士団長の息子が、怒鳴った。
「宮廷魔術師副団長がいなければトップの成績も出せないのだから無理もないが、その恩恵を他者に譲らず、妨害までする卑劣さ! 軽蔑する!」
侯爵令息が、声高々に放つ。
はぁ〜、やれやれ。
「一方の話だけを聞き、決めつけた上に、複数でよってたかって一人の女子生徒に詰め寄るなんて、軽蔑します」
「なっ!!」
「っ!」
侯爵令息も近衛騎士団長の息子も、カッとなって赤面した。
ちょっと言い返しただけでブチギレてやんの。
「やめて! 酷いこと言わないで!」
ワアッと嘘泣きするヒロイン(笑)が、マジ気に障るんだが。
「ローリーを泣かせるな!!」
「!?」
侯爵令息は血走った目で突撃したかと思えば、突き飛ばされた。
後ろには、階段。当然、私の身体は落ちる。
沸騰点低すぎだろ!!
暴力に出た侯爵令息にカチンときたが、それよりも自分の身の安全確保。
風魔法で風のクッションを作ろうとしたけれども。
その前に、誰かが下に滑り込んだので、魔法の発動を止めた。
受け止められたようだ。
「っ! あぶね! 怪我はないか!?」
「ロント様……!」
ルシェント様の弟であるロント様だった。
儚げ美貌の持ち主のルシェント様と違い、眉毛が太くキリッとしていて、精悍な顔立ちのロント様。
「兄様のためにも怪我しちゃいけないだろ!!」
「……解せない」
私自身の怪我の心配より、怪我をしたあとのルシェント様の反応を心配しているロント様は、軽く酷いと思う。
ルシェント様の所有物認識、浸透されている。解せぬ。
「ロント様! なんでそんな人の味方をするんですか!?」
立ち上がろうとしたが、ズキンと痛みが走ったから強張ってしまう。
しまった。さっき右手をついてしまって、痛めたか。
「名前呼びを許可した覚えはないと何度も言っただろう。複数で問い詰めた挙句に暴力振るって階段から突き落として……最低なのはどっちだ」
ロント様は立ち上がることを手伝ってくれながら、ヒロイン(笑)一行に物申してくれる。
「確かに、ビンスの暴力はいけない」
宰相の息子が、侯爵令息を咎めた。
顔色が悪い辺り、悪いことをしたとは自覚しているようだ。
「だが、その令嬢は君の兄君に教えを乞いたいローリーの邪魔をしたのだ」
「はぁ? 責められる謂れはないだろ。兄様は以前からベルナ嬢以外に教えることはしないと明言している。断られた腹いせじゃないのか?」
「なっ! 違うわ!!」
「ベルナ嬢の悪評も、所詮妬みから来ている噂。出所を突き止めて処罰してもらおうか」
「っ!」
犯人と決めつけるロント様の眼差しに、ヒロイン(笑)は近衛騎士団長の息子の陰に隠れた。
「言いがかりも大概にしろ!」と、彼は庇う。
「そっちだって同じだろうが」と、ロント様は言い負かす。
怯んだヒロイン(笑)一行。ブーメランだもんね。
「どちらにせよ、君達が女子生徒に詰め寄って階段から突き落とした処罰は受けてもらおう」
「「「!!!」」」
物腰柔らかな声が聞こえて、私もロント様もびくりと震え上がった。
階段下にはもう多くの生徒が野次馬化していたけれど、そんな彼らが道を開けるとそこを突き進んで、ルシェント様が現れる。
ダイア型の魔石から、上部に映し出される映像。音声も録音されている。
そして突き落とす決定的瞬間が収められていた。
マズい。バッチリ現行犯逮捕された。
私もロント様も、ガクブルしてしまう。
「君達加害者は、生徒指導室へ行くんだ」
「「「殿下!」」」
顔色悪い第二王子が、ルシェント様の後ろから出てきた。
「止めたのに……」と曇らせた顔を俯かせる。
やっぱり、ストッパーしていたのか。
視線に気付いてルシェント様を見てみれば、彼は私の右手に視線を注いでいた。
ギクリ。まさか、気付かれたか。
平常心、平常心。冷や汗ダラダラ。
「じゃあ、先に行ってくれないかな? ベルナの師として特別に今回の件は僕に一任してもらったから。待ってて」
ルシェント様は、にこりと笑いかける。
「はい!」と篭絡するチャンスだと思い込んでいるのか、飛びつくヒロイン(笑)がそこにいた。
ルシェント様の断罪行きだと知らず、しぶしぶと不満げに生徒指導室へ向かうヒロイン(笑)一行。
第二王子は、憐れみいっぱいの眼差しで見送る。当人達は、誰も気付かなかった。
「ベルナ。大丈夫かい?」
「ひっ!? 怪我したのか!?」
ルシェント様が私を覗き込むから、ロント様は悲鳴を零して震え上がる。
そして、ルシェント様を怯えた目で見上げた。ガタガタブルブルだ。
「ほら、診せて? 手当てするから」
優しく言い聞かせて、私の右手を丁寧に持ち上げると、手を翳して『鑑定』で診察するルシェント様。
すぐに『空間収納』から、湿布を取り出されて、ペタリと手首に貼られる。
そして、チュッと手の甲に口付けをされた。
「すぐに終わらせるから、待っててね。僕のベルナ」
「……帰っちゃだめですか」
「いい子」
ニコリと、笑顔でスルーされる。
頭を一撫ですると、ルシェント様はヒロイン(笑)一行のあとを追った。
「……生徒指導室を血の海にしないよな?」
「え? そんなこと、ないだろ……?」
ガクブルしっぱなしのロント様の呟きに、聞き取った第二王子はさらに顔を真っ青にする。
「ミーティ伯爵令嬢。ど、どうか、止めてはくれないか?」
「……王太子殿下からどう聞いているかは存じませんが、私がコントロール出来るお方ではありません」
第二王子にすがられても応えることは出来ない。
だってあの人はオレ様じゃなくて、僕様だもの。
儚げ美貌でひ弱イメージ詐欺で、ねちねち執着する暴君だ。
私がコントロール出来ていたら、苦労しない。私の何がいいのか。独占しては絶対に放そうとしない。
ホント。なんで私に執着するのやら。
さすさす、と右手を擦っていれば、肩を落とした第二王子に「サロンで待ったらどう?」と提案されたので、お言葉に甘えてサロンでお茶をもらって待つことにした。
◆・◇◇◇・◆
魔法の天才だと持て囃されて、宮廷魔術師にスカウトまでされて、将来は公爵と両立して宮廷魔術師を務める未来がほぼ確定したルシェントは、ハッキリ言って退屈をしていた。
気だるげに日々を過ごしている中で見つけたのは、ベルナ・ミーティ伯爵令嬢。
客観的に見れば、茶髪茶目の少女は顔立ちが整っているが、比較的地味と分類されかねない容姿だった。
それなのに、ルシェントの目には輝いて見えたのだ。
弟のロントのために開かれたお茶会に参加していた他の令嬢や令息とは明らかに異質。
同じく退屈していそうな大人びた雰囲気の彼女は、ルシェントには綺麗に見えたのだ。
「(この子は僕のモノにしよう)」
所有欲は、ただの思い付きによるものだった。
リボンを結びつけて話してみれば、子どもらしく好奇心旺盛の質問の山。クリクリと動く明るいブラウンの瞳がパチクリするのがいつまで見ても飽きず、上機嫌に答えていっては話を盛り上げた。
「(可愛い)」
退屈な日々を過ごしていた少年にとって、あまりにも刺激的な体験を味わったのだ。
それは沼にズブズブ嵌まるようにあっという間に虜にされる感覚。
腹を空かせた猛獣が極上の肉を味わい、覚えてしまった。もう他では満足しない。
こうして。
もう一人の異世界転生者が知るルシェント・フェンリルは、いなくなった。
存在するのは、イレギュラーのベルナの味を知ったルシェントだけ。
転生者のベルナの存在は、大抵は無害だ。
ただ、あの瞬間、ルシェントの目に入り、ルシェントが大きく反応をして、彼の中であまりにも巨大な変化を与えてしまっただけ。
その変化は、ルシェントの周りに少なからず影響を与えた。
他の攻略対象である弟のロントと王太子殿下は、その筆頭だ。
深い交流があるからこそ、ベルナへの執着を理解していた。第二王子も、ベルナだけは敵に回してはいけないと王太子殿下から口を酸っぱくして忠告されていて、今回は加担せずに済んだ。
だからこそ、彼らは乙女ゲーム知識を駆使したところで、効果はイマイチなのである。
単純に、心に響くのは、ローリーではなく、ベルナだったから。それだけなのだ。
学園側に話を通して貸し切った生徒指導室に入るなり、ルシェントは結界を張った。防音と感知を妨げる効果を付与して。
なんのつもりかと、その結界に気付いた攻略対象三人はキョトンとした。
構わず、ルシェントは手を翳して四人に魔法をかけた。
「宮廷魔術師副団長殿? 今のは?」
「呪いだよ」
「は!? 呪い!?」
「大丈夫。共有効果があるだけの呪いだし、すぐに解くよ」
ニコリと顔色を変えずに、翳した右手の人差し指を振り下ろすルシェント。
ズンッと重力がかかり、ローリー達はその場に平伏した。
「ぐあ!」
「きゃあ!?」
「何をする!?」
「何って、処罰だよ。僕のベルナに手を出した罰だ」
苦しむ様子を眺めながら、なんてことがない風にルシェントは答える。
「こ、こんな暴挙が許されるものか!」
「学園側から許可はもらっているよ。一任されたとさっき言っただろう? 君達の親にも許可をもらっているんだ。僕のベルナに手を出すようなら、お灸を据えてくれってね。低脳な男爵令嬢に熱を上げて、最近目に余るらしいから」
自分達の親にすら許可をもらっている発言を聞き、彼らは顔から血の気が引いた。
宰相や近衛騎士団長から、お灸を据えるよう頼まれたなど、自分達の過ちは計り知れないとショックを受ける。
「まっ、待ってください!! こんなのルシェント様らしくないです! おかしいです!」
「おかしい?」
ローリーは重力の拘束に抗い、なんとか顔を上げた。渾身の涙目の上目遣いをする。
しかし、実際はカエルのように床に張り付いた姿勢なので、美少女であっても効果はない。現にルシェントはなんの同情もせずに、ただ首を傾げた。
「ルシェント様は紳士のはずです!! 元のルシェント様に戻ってください!! 優しいあなたに!!」
必死に懇願。
ローリーの知る『ルシェント・フェンリル』は、見た目の儚さに相応しい穏やかで紳士キャラ。
普通なら、あり得ない暴挙なのだ。だから、懇願する。
しかし、それは叶わない願いだ。
「僕の優しさはね、ベルナのためにあるんだよ?」
ローリーの知る優しい笑顔と声で答えるルシェントは、激しく重い感情をベルナだけに注ぐ見た目詐欺の暴君である。
昔、ベルナのご褒美と称して街デートに行き、ゴロツキに絡まれた際には、ベルナを泣かせた上にデートを邪魔した罰で半殺しにした。
嫉妬でベルナに嫌がらせをした令嬢達は、翌日にはまとめて実家が潰れた。
ルシェントは持ちうる力を、惜しみなく使う暴君だ。
理由を問えば、悪気なくこう答える。
『ベルナは僕のモノだから』
とんだヤンデレなのだ。
「な、なんでっ……! なんであの子なの!? あんな地味な子のどこがいいの!? あたしがヒロインよ!?」
独占される攻略対象の愛に嫉妬を燃やして、床にへばりついたまま、ローリーは叫ぶ。
自分こそ、その愛を受けるべきなのだ。
「んー……僕も形容しがたいけれど、一言で済ませるなら、君なんかよりベルナが綺麗に見えるからだよ」
あっけらかんと答えるルシェントは、容赦なく心をへし折りにいく。
きれい……?
ローリーには理解不能だった。
美少女ヒロインの自分より地味なモブが綺麗だと言うのだ。理解が出来ない。
「じゃあ、罰を受けてもらうね。手始めに、連帯責任でベルナと同じ怪我を負ってもらう」
笑顔で告げられた言葉に「はっ?」と素っ頓狂な声が零れ落ちる。誰のものかは、定かではない。
遅れて思い出す。今四人は、共有の呪いがかかっているのだと。
「突き落としたのは君だから、君の右手を潰すね」
「へっ?」
侯爵令息の前に歩み寄ったルシェントは、儚げな見た目に反して、力強く足を振り下ろし。
バキンッ!
右の手首の骨を折った。
共有の呪いによって、四人全員が同じ目に遭い、激痛に叫ぶことになるが、防音の結界が誰の声も外部には漏らさなかった。
報復、もとい処罰を済ませたルシェントは、魔法でベルナの居場所を突き止めて迎えに行く。
悪評を流してベルナを孤立させていた悪行も、今回の処罰でもうしないと判断した。
あとは当分の謹慎処分を言い渡して、おしまい。
ガラス張りのサロンに、一人きり。
日向でポカポカしていたせいでうたた寝してしまったベルナが、ソファに凭れて眠っている。
それが堪らないほど可愛く見えてしょうがないルシェントは、口元を緩めた。
「(あの三人の令息を篭絡した男爵令嬢に、僕も惹かれないかなんて期待したみたいだな、ベルナ)」
チラリと思い出す、昼間の接触のベルナの様子。
「バカだな、ベルナ。来世だって君は、僕のモノだよ?」
茶色の髪をひと房、手に取ったルシェントはチュッと口付けを落とす。
「君だけなんだから」と、甘く囁く。
ゾッと悪寒に襲われたベルナは、夢で魘されて眉間にシワを寄せて身じろぎした。
「僕の可愛いベルナ」
もう少しだけ寝顔を眺めていよう。
ルシェントは隣に腰かけると、肩を貸してやった。
ぐりっと一回頭を押し付けたベルナは、すやすやと眠る。
それが堪らなく可愛くて、ルシェントは起こさないように丁寧に頭を撫でてやったのだった。
end
儚げ美貌のヒーローに、所有物認定されてしまったお話。
乙女ゲー転生者(ただし今回はモブ)に、狂わされるヤンデレも書きたかったので、そうなりました。ヤンデレ好きが止まりません。
一人の相手に、理解不能なほどズブズブとハマり、ヤンデレていく愛が好きです。キリッ。
激しく重い溺愛……いいじゃないですか。
こちらの話、よかったら、続編も書きたいですね。載せたらまた読んでくださると嬉しいです。
応援のいいね、ポイント、ブクマ、よろしくお願いいたします!
2024/04/04◎