温泉街の金時計
うすら寒い冬のことだった。
故郷に帰ってきてから半年。私は打ちひしがれていた。
都会でかっこいい仕事がしたかった。なんとかデザイナーとか、うんたらスタイリストとか、横文字ならなんでもよかった。
だけど、ほにゃららコーディネーターになれないまま一人暮らしの予算が尽きて、私は実家に帰ることになった。
寒さと虚しさは仲が良いらしい。冬が深まるにつれて布団の上でごろごろ転がる回数が増えていく。
その夜、耐えきれなくなった私は外へ飛び出した。
温泉街である地元は、記憶よりもさらに暗くなっていた。ここ数年で旅館の半分が閉鎖したなんて話も聞く。
懐中電灯を持って歩き回ればノスタルジーを感じられるかと思ったけど、ますます落ち込むばかりだった。
なじみの旅館の前を通りがかった。明かりがついていない。看板が外されている。
ここも閉鎖になったのか。
郷愁に浸れないか試してみたけど、たいした思い出はなかった。
靴の裏まで冷えているのがわかりそうな気分。
「なんや姉ちゃん! 暗い顔してんなあ!」
「ぎゃあ!」
いきなり暗闇から男が現れた。ピカピカの金時計を腕に巻いている。
まわりには誰もいない。私は腰が抜けそうだったが、男はニコニコ笑っていた。
「まだ若いんやから、死ぬ気でがんばるんや!」
彼には寒さも暗さも関係ないみたいだ。
「はあ」
私はバクバク鳴っている胸を押さえてうなずくばかりだ。
「ワシも若いころは苦労したもんや。でもな、死ぬ以外はなんとでもなる!」
「がんばったんですか?」
「せや! おかげでこんな立派な旅館のオーナーになったんやで!」
男が金時計を着けた腕を振り上げて建物を示した。
中身の抜けた、旅館だった建物。
「バブルがはじけた頃は大変やったけどなあ、みんなと力を合わせて……」
男は意気揚々と自慢話をしていたけど、私は妙な確信を感じていた。
「それって……」
確信が正しいかどうか、恐る恐る聞いてみた。
「もう死んでるんじゃないですか?」
男はかっと目を見開いた。まるで忘れ物を指摘されたときみたいに。
「せやったわ!」
次の瞬間、男はいなくなっていた。
彼がいた場所には、ぴかぴかの金時計だけが残っていた。
金時計は買取に出したところ、二千円の査定だった。
売り払うのもなんだか悪いので、私の机の上に置いてある。