遭遇
しばらく木の上で休んでいたボクはそろそろ食べ物を探しに行くかと動き出した。
見れば湿気の関係か、少しだけ葉っぱの上に水が溜まっていた。
僅かな量ではあるが、ボクはそれを飲む。
「ふう、落ち着いた。もう少し大きめに作っておくかな」
ビニールシートがあれば楽なのにな、と思いつつ葉の位置を整えてからボクは木から降りる。
周囲はまだ暗くない、森の中ということで見通しは悪いが、木々の隙間から太陽の光が見えている。
昼過ぎ…くらいだろうか。
「食料、食料かぁ…ボクあんまり狩りは得意じゃないんだけど」
豆狸の里は自給自足が基本だ、自然の恵みを享受しなければ生きていけない環境だった。
なので動物を狩ることもしばしばあったのだが、今は手元に弓もないし、そもそもボクは弓が得意ではない。
子供の頃は病弱で、家にこもっていることが多かったのも原因である。
他にも色々な手段で動物を捕まえていたように思ったが、どれも道具がない現在では難しそうだ。
「うーん、ただ針葉樹ばっかりで、木の実とかなさそうなんだよねぇ…」
問題はそこである、木は針葉樹が多く、実がありそうなものは見当たらない。
ただ低木なども探せば、そういったものも見つかるかもしれないと思い直し、ボクは歩きだす。
最悪食べられそうな草をそのまま食すという方法もなくはない。味にさえ目をつむれば。
背の高い草を適当に拾った木の枝でかき分け、先に進んでいく。
方向感覚はそれなりにある方だ、遠出しなければ水の場所までたどり着くのは容易である。
水たまりを中心にして円を書くように探索する。目当ては背があまり大きくならないベリーなどの低木だ。
水分補給にもなるし、多少はお腹も膨れる。
「この歳になって採取に精を出すことになるなんてなぁ」
嘆息するものの、他にできることもない。ボクは探索を再開した。
◯
探索を開始してから30分ほど経っただろうか、ボクのパーカーのポケットにはベリーがパンパンに詰め込まれていた。詳しい種類はわからないが、その場で少しだけかじってみたところ毒はなかった。
なんとなく見覚えがあった気がしたので、見つけたときは狂喜したものだ。
「食べ物の問題も当面はなんとかなりそう」
ホクホク顔で水たまり周辺に戻ってきた時、ぞくりと悪寒がした。
「なに、この感じ…」
何かいるのだろうか、ボクは足を止めて周囲を見渡すが、見える範囲に何がいるようには感じない。
ただ悪寒が強くなっていくのを感じた。
─本体への危険を察知、演算を開始します。
その時突如頭の中に声が聞こえた。聞こえたというより、アナウンスされた…の方が近いかもしれない。
その声が聞こえた瞬間、一気に周辺状況がわかるようになった。
目に見えている範囲だけでなく、背後の状況も何もかも、色々な情報が頭の中に流れ込んでくる。
普通なら情報過多になるような量だが、不思議とすんなり受け入れられた。
ただおでこの裏側が疼くような感覚がある。
「そこに何か、いる?」
ここから僅かに進もうとしていたら、危険があることがわかった。
「えっと、どうしよう…」
頭の中を整理する、思考は驚くほどクリアだ。周りの時間が遅く感じるほどにボクの頭は冴えわたっていた。
(何かがいる?それともある?迂回してみようかな)
ただこの感じだとその何かは生物かもしれないと思った、逃げられるだろうか。
(動物かな…それにしたって気持ちの悪い感覚だなぁ)
ボクは寒気にぶるりと体を震わせ、慎重に後ずさる。
そしてすぐに気づく。
(あ、駄目だこれ、気づかれてる)
自分が気づかれていると理解したのだろう。
草むらから小柄な体躯の動物が姿を表した。
唸りながら発達した前歯をむき出しにして威嚇している。
ただ、その姿は、
「うさぎ…?」
それはどう見ても兎だった、ただ見た目は黒く染まっており、前歯は肉でも噛みちぎれそうなほど鋭く尖っている。
「なんで兎が?いやそれよりも、襲ってくる…の?」
疑問を覚えながらも、頭の冷静な部分がそうであると肯定しているような気がした。
あれが悪寒の元であると。
「…逃げるしか、ないかな」
自分はほとんど丸腰だ、あるのはナタ代わりに使っていた太めの木の棒だけである。
それに狩りの経験などほとんどない、子供の頃に親世代のを見たことがあるだけだ。
だが逃げよう、と思ったときには既に遅かった。
「わ、ちょっと待って!」
そんな情けない言葉を発しながら体の前で手をぶんぶんと振る。もちろん伝わっている訳はなかった。
兎は前歯をギラつかせるとボクに飛びかかってきた─
なんかヤバそうな兎に見つかった。どうなるボク!