指輪
おなじみ『月曜真っ黒シリーズ』です。
「話ならラウンジですればいいじゃない」
あと数時間で“お式”の里奈は親友の美穂に喫茶店まで呼び出されて言葉が“不愉快”を帯びていた。
「あなたにどうしても問い質したい事があったの!私はあなたの友達であると同時に甘木さんの友達でもあるのよ!」
甘木さんとは、里奈の“お相手”の新郎『甘木耀司』の事だ。
「耀ちゃんとあなたがお友達ですって?! それはあくまで、私あっての事よ! 勘違いしないで!」
美穂は視線を落としてコーヒーカップに指を掛ける。
「何をそんな“予防線”を張ってるの? やましい事でもあるの?」
そんな美穂に里奈は気色ばむ。
「無いわよ!!」
美穂は……視線はそのままにカップに口を付け、ため息を付くように言葉を返す。
「あなた、昨日……片側ドレープのノースリーブワンピ着てたでしょ?! あの“お気に入り”のネイビー色の……
私、見たのよね! そのあなたが“ランブリングストリート”でオトコと腕組んで歩いていたのを!……
一緒に居たのはバーガンディ色のポロシャツを着たガッシリ系の背の高い人で……スリムな甘木さんとは、どう見ても身丈が違ったわ。ポロシャツの襟をこれ見よがしに立てているのもなんだか卑猥だったし、『いったいどういう事?!』って後を付けたらラブホへ入って行ったじゃない!!」
「探偵みたいな事しないでよ!!」
里奈がテーブルをバンッ!と叩くとティースプーンがソーサーの上で跳ねてカチャリ!と鳴いた。
「あなたのその“癖”! 全然治ってなかったのね!!」
美穂が“非難”を口にすると里奈はシートに背を預け、ブラックのままコーヒーカップを持ち上げて鼻で笑った。
「美穂には一生無縁で……だからこそ分からない事だらけなんだろうけど、オトコは多種多様で味も色々なの!! その中でも“卑猥なバーガンディ”との相性が抜群!!それこそ私を……身も心も溶かし尽くす程にね!! もう酔う事が出来なくなるその甘美な“ワイン”を……結婚前の最後の一夜に味わうのがそんなに悪いの?! 世のオトコ共は普通にやってる事よ! きっと耀ちゃんもね!! だからお互い様よ!!」
「甘木さんはそんな事しないわ!!」
「アハハハ! ぺんぺん草しか食べられそうにないアンタでも『そんな事』の意味は分かるんだ!
ったく! ラブホ、カレと別々に入れば良かったわ!!『バチェロレッテパーティー』ってごまかせたから! みんな、アンタの事なんて呼ぶはず無いから簡単に騙せたのに!! とにかく!! 今日のお式はアンタを“友人代表”にしてるんだから、キッチリやってよね! 変な事やったらブッ殺すわよ!」
里奈はカップを口を付けないままでソーサーに戻し、テーブルの上の伝票を引っ掴んで席を立った。
美穂は里奈の背中を見送ってから、かがんでテーブルの下を探った。
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神前挙式だったので披露宴のオープニングは、新郎新婦は和装で登場した。
お色直しで“文金高島田”の新婦の里奈が先に退場すると、司会者からマイクを渡された新郎の甘木は
「私達はお色直しで退場いたしますが、その間、私達のプロフィールムービーをご覧ください」と挨拶をした。
新郎新婦が中座している間、あどけない顔の新郎や魔法少女のコスチュームを着て歌い踊る新婦のビデオに場が温まったタイミングできらびやかなウェディングドレスに身を包んだ新婦がケーキと共に再入場。
新郎と手に手を携えてケーキ入刀が行われ大盛り上がりとなった。
その盛り上がりの中、友人代表として司会者からマイクを受け取った美穂は皆に一礼した。
「私、地味で……こんなに大勢の方々の前でスピーチなんてとても出来ません。こんな私を、友人代表にして下さった里奈さん! その優しさに私はいつもいつも救われて来ました!! 『御礼に』なんておこがましいですけど、私にできるほんのささやかな事……新郎新婦を知る古くからの友人として、このサプライズムービーを贈ります!!」
皆の拍手の中、ムービーの上映が始まる。
どこかのリゾートホテルのキングベッドの上、
みだれ髪で……今より少しあどけない顔の里奈が頬を膨らませる。
「ちょっと何撮ってんの!!」
その声にシーツの山がモゾモゾ動き、明らかに新郎とは別の男が顔を出す!!
こんなNG映像が色んなパターンで飽きもせず繰り返され、会場はどよめき、半狂乱になった新婦はリボンの付いたナイフを掴み、美穂に切りかかった。
切りつけられた肩から首の根元を手で抑えて蹲る美穂の上にのしかかった新婦を数人でようやく引き剝がした。
ちょうどいいタイミングでこんな“BGM”が流れる。
『……私を……身も心も溶かし尽くす程にね!! もう酔う事が出来なくなるその甘美な“ワイン”を……結婚前の最後の一夜に味わうのがそんなに悪い事?! 世のオトコ共は普通にやってる事よ! きっと耀ちゃんもね!! だからお互い様よ!!』
会場のざわざわが一向に収まらない中
「チクショウ!!チクショウ!!ブッ殺してやる!!」との新婦の声が響き渡った。
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「入院するほどの事でも無いし……それより甘木さんにはご迷惑をお掛けして本当に申し訳ございません。……私、一所懸命にお願いしたんです!! でも里奈は鼻で笑うばかりで聞き入れてもらえず、悩んで悩んで悩み抜いて、あのような事をしてしまいました。甘木さんが不幸な結婚をなさるのが忍びなくて……」
甘木は大きく首を振った。
「君には感謝してるよ! 例え今は……周りからみっともない人間として見られても、オレも男だ!! 勲章に変えてみせるさ!!」
「ええ!! 甘木さんならきっとおできになるわ!! 私、信じてます!!」
「ありがとう! 何かお礼をしたいんだが……」
「だったら里奈が返して寄越したエンゲージリングを私に売っていただけませんか?」
「えっ?! あれを?? 確かにまだ手元にあるけど……」
「将来、甘木さんに本当の伴侶がお出来になっても、あの指輪は相手の方に差し上げないでしょう?」
「もちろん!」
「私はあの指輪のデザインがとても好きなんです」
「そうか! あれはキミに見立ててもらったんだよね」
「ええ、甘木さんが『サプライズをやりたい』っておっしゃったから、里奈からそれとなく指輪のサイズを聞き出して、甘木さんと二人で選びに行ったんです! あの指輪は一点もので……私は目を心を奪われてしまった。甘木さんは少し苦笑いなさった様ですけど」
「今だから言うが、ちょっとだけ予算オーバーだった……でも、あの時のキミと同じ様に里奈もすごく気に入っては、いたよ」
「私は今でもそのお値段を覚えています。今の相場は分かりませんが、どうかそのお値段で譲って下さい!!」
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「それから二年も経たずして、甘木さんは素敵なお嫁さんを娶った。
私と言えば、相も変わらず、会社から真っ直ぐ帰るとシャワーをあびて、手早く作った夕飯をいただく毎日だ。
ただ、変わった事もある。
楽しい事ができた!!
それは……
シャワーを浴びた私は、左の薬指に“あの指輪”を着け、テーブルの上に置かれた甘木さんの写真に向かって、さもない今日の出来事を語り掛けているのだ。」
おしまい
今日も時間切れ投稿!!(^^;)
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