母の秘密を求めて 4
ノックして部屋に入る。
「し、失礼します。」
薄暗い部屋の中に、男の人がいる。
「やあ。よく来たね。」
近づいてくる。この人は誰なんだろう。暗くてよくわからない。
「君がシャロンの娘かい?」
「シャロン……?」
「とぼけなくてもいい。ほら、明るいところで顔をよく見せおくれ。」
その人は手を私の腰に回し、ぐっと顔をろうそくの灯りの方へと寄せた。
「あぁ、初めてあった時のシャロンにそっくりだ。特に目と口元が似ている。なんて懐かしい。あの頃に戻ったようだ……」
私の顔をべたべたと触りながら、そう言っている。
「やめてください……」
「嫌がらなくてもいいじゃないか。ほら、力を抜いて。」
その人は私をベッドの方へと押し倒した。この後されるであろうことが頭に浮かぶ。怖い。逃げ出したい。でも体がこわばって動くことができない。顔を背けるだけで精一杯だ。
「やめてください…… シャロンって誰なんですか……」
その男がふっと笑いながら答える。
「君のお母さんの名前はシャーロットだろ? シャロンは僕が彼女につけたあだ名さ。彼女のことをシャロンと呼んでいいのは僕だけなんだよ。」
こいつが何を言っているのかさっぱりわからなかった。
「……何なんですか……?」
すると、その人はきょとんとした表情で言った。
「おや、君は何にも知らないのかい?シャロンの娘が女官に入ったと聞いたから、てっきりそういうことだと思ったんだが。」
「……? 何をおっしゃっているんですか。」
その人は私の腕を掴む力を少し弱めた。
「僕は国王のラッセルだ。」
「え……?」
この人が国王?あの国王陛下……?
「シャロンと僕は愛し合う関係だったんだよ。」
与えられた情報の多さに戸惑い、頭が一瞬真っ白になった。でもすぐに、そんなことはありえないと思った。
「バカなこと言わないでください。母には父がいます。」
「うん。でもそれは表向きだよ。君の父とシャロンが出会う前から、僕たちは運命に導かれていたんだよ。」
男が語り始めた。
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あれは20年前の冬だった。僕はまだ国王に就任し、1年経ったか経っていないか頃だったと思う。
その日は公務でノセルの街を訪問していた。
「国王陛下、今晩の夕食会ですが……」
「すまない、連日の訪問でとても疲れているのだ。明日からの旅に備え、休ませてはくれないか。」
「陛下、お疲れの気持ちもお察しいたします。しかし、ノセルは前国王時代に反乱が起きた場所ですし、そこで夕食会に参加しないというのは、彼らに何と思われるかわかりません。今日は村の女たちも歌を歌ってくれるそうでし、参加される方がよいかと……」
訪問した地方で、その地方の女どもが夕食会で歌う、というのには見飽きている。どこを訪問しても代り映えがしないので、乗り気はしない。でも、それは断る理由にならない。
「わかった。会が始まるまで部屋にいる。そして夕食会はできるだけ早く切り上げ、明日からのレノール訪問に支障が出ないようにする。」
国王という立場に自由はない。常にその立場を意識しなくてはならず、時には休息することも憚れる。
先代国王である父が治める時代、王国としては100年ぶりに市民反乱が起きた。反乱はなんとか抑えられたが、父はその後の対処もままならないまま病に倒れてしまい、それ以来、現国王である僕が、その処理に駆り出されている。反乱の第一人者を処刑するのは容易いが、今後二度と反乱が起きぬようにするのが難しい。今回、地方を巡っているのはそのための目的が強い。
「陛下、ご夕食会の準備が整いました。」
芋臭い地方のオッサンどもとの食事が、楽しいわけがない。とりわけノセル地方の料理は味付けが薄いものが多く、好みに合わない。やはり夕食会を切り上げて部屋に戻ろうか、そう思った瞬間だった。
「陛下、本日は村の女たちによる宴をご用意しました。どうぞご覧ください。」
僕は、一人の女性に釘付けになった。
どこか儚さを備えた優し気な笑顔、美しい歌声、ゆるくカールしたブラウンの髪に白い肌。彼女が歌えば田舎臭い民謡も、讃美歌のように聞こえた。
なんて魅力あふれる女性なのだろう。僕は宴が終わった後、彼女を個別に呼び寄せた。