母の秘密を求めて 2
女王陛下の部屋に女官長だけが入り、私は廊下で待たされている。
「女王様、失礼いたします。」
「何、エリス?」
「本日より新しい女官が入りましたので、ご挨拶に参りました。」
「私のところで働く子なの?」
「いいえ、第四業務担当です。」
「なら挨拶はいらないでしょう?今更何を言っているのかしら。」
「慣例ではそうですが、この子は先日亡くなったシャーロットの娘なのでございます。」
「シャーロットの娘?……通してちょうだい。」
女官長に促され、私は女王の部屋に入ることができた。
王国第11代女王・ガーネット。国王ラッセル陛下の妻であり、ソフィア王女の母。噂では国王に代わって国政を動かしていると聞いている。
そのお顔を見るのも緊張してしまい、しばらくうつむいていた。部屋に入った時から、何か嗅いだことのないいい香りがする。
「名前は?」
「はい……セシリアと言います。」
女王の呼びかけがあり、私は顔を上げた。先程女官長と対面したとき、その雰囲気や姿勢から気品を感じたが、女王から感じたのは気迫だった。
きりっとした眉毛、かっと開かれた目、真っ赤な唇。この部屋の豪華絢爛さに埋もれることもなく、むしろ部屋の装飾でさえも彼女を引き立てる脇役でしかない。私はその存在感に圧倒された。
「セシリア、あなたの母のことは誠に残念であった。ご家族も葬式に出席できず、さぞかし心残りであっただろう。すまない。」
「いえ……」
「彼女は流行り病にかかってしまってな…… 最初は元気だったんだがある日突然容体が悪くなり、そのまま亡くなってしまったのだ。彼女はとてもよく働いてくれて、皆からとても慕われていた。こちらとしても、そんな優秀な女官を失ってしまい、無念なのだ。」
「そうだったんですね。」
「そなたもシャーロットと同じように、宮殿に尽くしてくれるのは大変ありがたいことだ。慣れないことが多く大変だとは思うが、どうか励んでほしい。」
「ありがとうございます……」
「女王様、もったいないお言葉ありがとうございます。お忙しいところ失礼いたしました。では。」
「うむ。」
女王陛下も、顔の表情が変わらない方であった。高貴な身分の方というのは、皆表情が固いのだろうか。だが、女官長とは異なり、私のことを見下していないことが伝わってきた。私にまっすぐ視線を送ってくださり、その言葉選びからは気遣いを感じられた。まず亡くなった母のことに触れたり、家族に寄り添うようなお言葉、私を励ますような一言……あたたかかった。一見厳格なように見えるが、そうではないのだろう。
女王の部屋を後にしても、まだ夢を見ているようだった。あの女王陛下とご対面できる日が私に来るなんて…… しかも励ましのお言葉までいただくなど、私は一生分の運を使ったかもしれない。
「あなたの出身も考慮し、上流階級のマナーを心得ていなくてもできる業務を割り当てています。しかし今後、女王陛下や他の王族の方と接する際恥じることが無いよう、言葉遣いは身につけておいてください。今のままでは失礼に当たります。」
女官長の苦言によって、現実に引き戻された。
女官長とはそこで別れ、生活部屋に戻る。すると同じ部屋の人が帰ってきていた。
「あ、あんたが新入り?」
部屋の中で一番年長者と思われる方に声をかけられる。
「あ、はい。よろしくお願いします。」
「名前はなんていうの?」
今度はかわいらしい雰囲気の方に声をかけられた。
「セシリアです。」
「セシリア!よろしく。でもなんか見覚えのある顔だなぁ。」
「私も思った。誰かに似てるよね?」
「あ、私、シャーロットの娘です。先日亡くなった……」
「シャーロットさん?」
部屋にいた全員に聞き返された。
「母を知っているのですか。」
「知っているも何も、宮殿中知らない人はいないよ。」
独特なヘアスタイルの方が口を開いた。
年長の方はコーデリア、かわいらしい雰囲気の方はポーラ、独特なヘアスタイルの方はウィニーというそうだ。
「母はそんなに有名なんですか?」
「そりゃ、だってラッセ……」
「ちょっと、言わない方が……」
ウィニーの言葉をコーデリアが遮る。
「あぁそうだね。ごめん。」
ウィニーが申し訳なさそうにこちらを見た。
「セシリア、あなたのお母さんがどんな方だったかは、ゆくゆくわかると思うよ。」
「そう……ですか。」
コーデリアからは同情にも似たまなざしが向けられた。