キリスト教の教会
その昔おれが
通っていた協会に
集まっていた
信者や牧師含めて
本当に
なんにも分かっちゃいなかった
いいんだよ
信じれば救われるなら
それはそれで
悪いことじゃない
だけどこのおれにとって
そんなことよりも
こっちの言うことに
少しは耳を
傾けた上で
理解してもらいたかった
まずおれが
言いたいのは
この世に救いなんて
無いってこと
救われるか
救われないかは
あくまでも
その人個人の
問題であって
この世がどうした
あの世がこうしたと
説教しても
始まらないってことだ
次に言いたいのは
牧師さんは
信じれば救われると
言っていたけど
いくら一生懸命に
祈りを捧げて
信じたところで
おれは救われなかったと
言うことだ
こんなことを言うと
「それは祈りが足りないからだ
もっと信じて
祈りなさい」と
言うかもしれないが
いくら祈っても
いくらキリストの教えを
信じても
おれは救われなかった
むしろ信じれば
信じるほど
おれは牧師の言うことに
失望して
反感を覚えた
おれの中では
キリスト教よりも
仏教が心と身体に
染み付いていたんだ
今のおれは
クリスチャンでも無ければ
何でも無い
言ってみれば
おれは中年の
パンク野郎だ
そう呼ばれるのが
一番しっくりくる
おれは
禁欲的であり
その一方で
快楽主義者だ
おれは常に
中道を行き
右にもつかなければ
左にもつかない
言ってみれば
おれは中年の
パンク野郎なんだ




