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三章#28 恋人との話(承)

 SIDE:友斗


「あ~、めっちゃ疲れたよなぁ」

「まぁな。けど明日からもサボるなよ?」

「え~……今日めっちゃ頑張ったのに!」

「だからこそだよ、馬鹿」


 勉強会が終わったのは6時頃だった。まだ日が落ちる様子はなく夜の訪れには時間があるけれども、頭と体は思っていたより疲れている。

 駅でうへぇと嫌そうな顔をする八雲に喝を入れる間にも、澪と如月は仲良さげに話していた。勉強を教える中で、今まで以上に距離が縮まったらしい。あまり共通項のない二人だが、上手くやれているのなら俺としても嬉しい。


「俺は雫たちを送っていくから」

「送り狼?」

「綾辻がいるのにそんなことができるとでも?」


 俺が言うと、八雲はぷっと吹き出した。


「なに? 百瀬は私がいなかったら、雫に変なことをしようとするの?」

「えーっ、先輩そうなんですかっ? きゃー変態!」

「そんなつもりはないから! このクソ眼鏡が勝手に言ってるだけだから!」

「ひでぇ。友斗、友達を売るのかよ」

「事実お前が言ったことだからな……?」


 五人でけたけたと笑い終えると、いよいよ解散という流れになる。

 それなりにいい時間だしな。八雲と如月は家まで電車に乗っていかなきゃいけないわけだし、あまり長居させてしまうのもよろしくない。


「じゃあ、そういうことで。またな」

「おう、また!」

「またよろしくね、百瀬くん、澪ちゃん」


 別れを告げると、八雲と如月は腕を組んで改札へ向かった。

 恋人繋ぎよりも更に密着した後ろ姿は、胸焼けしないか心配になるくらいに幸せそうだ。


 きっと、と思う。

 あの二人にも色んなことがあって、それを乗り越えたからあんな風に愛を幸せを紡げているのだろう。

 その在り様が少しだけ妬ましく思ってしまう。

 俺はあんな風にはなれない。

 そう、はっきりと思ってしまったから。


「私たちも帰ろうか」

「だねっ。今日のご飯、どうする?」

「ん……今から作る元気はないかなぁ」


 雫を俺と澪が挟んで、三人で歩いていく。

 昨日までの雨がすっかり乾いたせいか、アスファルトから変なにおいがした。今日の夕食当番である澪は、うーん、と唸る。


「コンビニで買って、それで済ませちゃおうか。どう?」

「私はそれでもいーよ!」

「俺も何でもいい。というか、何でもいいからまともなものが食べたい」

「あはは」

「……?」


 数時間前に食ったおにぎりを思い出しながら俺は答える。

 八雲のおにぎりには梅干しとかこんぶとか普通にありそうな具が入っていたのに、俺のにはなんとさくらんぼが入っていたのだ。

 微妙に梅干しと触感は似てるんだけどめっちゃ甘くて、買ってきた飲み物で流し込むように食ったのは記憶に新しい。大河が渋い顔をしていたので、あえて指摘することはしなかったけど。


 そういうわけで、今の俺は一般的な味覚で美味しいと思えるものなら何でもオッケーなのだ。凄い腹は減ってるしな。


 結局コンビニで買って帰ることになり、俺たちは駅前のコンビニに寄る。

 雫はサンドウィッチとサラダを、澪は天ぷらそばとやきおにぎりを買っていた。俺も適当に夕食を見繕い、早々に外へ出る。


 三人分の夕食が入った袋を片手に持って歩いていると、エモいな、と脈絡もなく思った。

 決して心地いいとは言い切れない空気感とか、二人との距離とか、疲れた頭と体とか。そういうのを全部閉じ込めて砂時計にでもしてしまえればいいのに。


 なんて、そんな唐突な願望が叶うわけもなくて。

 そもそも駅と家との距離はたかが知れているので、あっという間に家に着いてしまう。


「あの……先輩」


 家に入ろうとすると、雫がそんな風に声を絞り出した。

 まるで雨上がりの若葉からぽつんと落ちる()のような弱々しさを孕んでいる声。ちょこん、と俺の服の裾を摘まんでいることに気が付く。


「……雫?」

「あっ、えと、その。おうちに帰る前に二人で話したいなー、なんて思っちゃったりしまして。ダメ、ですか?」

「いや、ダメじゃねぇけど」


 どうしてこのタイミングで、とは思う。

 もう家はすぐそこなのだから、入ってしまった方が楽だ。二人っきりがいいのだとしても、どちらかの部屋に行くなり方法はある。


 澪を見遣ると、雫を慈しむような微笑が返ってきた。


「しょうがないなぁ。雫の可愛さに免じて、お姉ちゃんは先に帰ることにするよ。ほら百瀬、荷物かして」

「え、いいのか」

「何言ってるの、嫌だよ。百瀬が雫に何するか分からないし」

「その心配はマジでないから安心してくれ」

「どうだか」


 肩を竦めた澪は、でもね、と続ける。


「雫の気持ち、分からないわけじゃないから」

「…………」

「だから少しだけ、二人は遅れて帰ってくればいいよ。ね、雫」

「お姉ちゃん……」


 雫に優しく笑いかけると、澪は俺の手にある荷物を取って家に入っていった。

 がちゃり、扉が閉まる音がする。

 三人っきりから二人っきりになった俺たちは、ようやく始まりかけた夕焼けの下で見つめ合う。


「あー。雫は急にどうしたんだ?」

「ごめんなさい。迷惑でしたよね」

「いや。迷惑とかじゃねぇよ。ただ気になるだけ。ここまでしおらしい雫を見るのって珍しいからな」

「むっ。なんですか、その言い方。まるで私がいつも生意気みたいじゃないですかー」

「うん、割と間違ってない自覚を持とうな?」


 ふふっ、と雫が頬を緩めた。

 サイドテールの先っぽをゆるりと撫でてから、あのですね、と雫が口を開く。


「甘えたくなったんです」

「お、おう……随分とまた、ストレートな告白だな」

「たまには直球勝負もいいかなー、と」


 またからかう気かよ……と思って見遣れば、雫の頬には仄かな朱が差している。

 熱っぽい上目遣いに心音が鳴った。


「そっ、か。何をしてほしいんだ?」

「ぎゅってしてほしいです」


 ん、と雫が腕を広げる。

 その仕草と言葉が求める行為はただ一つ。

 ハグだ。


「えっと……ここで?」

「ここで、です」

「人、それなりに通るぞ」

「今はいないですよ。それとも……そんなにたくさん、私をぎゅってしたいんですか?」

「……っ」


 別に、そういうわけじゃなかった。

 ただ公共の場でそういうことをするカップルが頭をよぎって、見ていて恥ずかしいなって思っていただけで。


 けど――誘うように揺れる雫の瞳を見ていたら、言いようもない感情に襲われた。


「ん……っ」

「これで、いいか?」

「もっと強くしてほしいです」

「っ。分かった」


 ぎゅぅぅ、と雫を抱き締める。

 肩の上から右手を、反対側の肩の下から左手を回して。

 どうしようもなく、雫の体は柔らかい。母性の塊みたいな部分は腹のあたりに当たっている。けどそこだけに意識は集中したりしない。

 触れあう首筋。

 こつんとぶつかる肩。

 自然と絡まる脚。

 吐息に撫でられる耳。

 そして俺を突き動かしている脳の奥が、じんわりと熱くなった。


「あのね、先輩」

「うん」

「さっきの。八雲先輩と如月先輩を見て、いいなって思ったんです」

「……あぁ」

「とっても幸せそうで、愛し合っていて」

「そう、だな」

「だから甘えたくて……けど、大丈夫です。勘違いしたりはしないですから」


 どうか、とみっともなく思う。

 その言葉の意味を、今はまだ、分からないままでいさせてほしい。

 0点のテストを隠したロッカーみたいに、鍵が開かないところにしまうことを許してくれ。

 だって、俺は――。


「勘違いしないから……今だけ、ぎゅってしてください。私のこと、壊しちゃうくらいに」

「壊したらダメだろ」

「先輩になら壊されてもいいのに」


 トロトロに溶けた雫の声が耳たぶに染みていく。

 蟠っている息を吐き出すと、んっ、と雫が漏らした。


「壊さねぇよ。雫は俺の、大切な人だから」

「……大切、ですか」

「あぁ。大切だよ。だから……離さない」

「もっと。もっと強くしないと、離れちゃうかもしれないですよ」

「…………これなら、いいか?」

「………………うん」


 痛いんじゃないかと心配になるくらい、抱擁に力を込める。

 でも雫は痛いなんて言わない。細い腕で俺を抱き締めていた。


「先輩」

「ん?」

「大好き」

「…………」

「大好きです、先輩」

「ありがとうな」


 触れた分だけ、熱も想いも伝わってきてしまうから。

 だからこそもどかしい。


 頭の奥で響く✕✕の声が痛くて、痛くて、痛かった。

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