三章#24 後輩との話(急)
「それじゃあ撮影の準備をするんで、ちょっと待っててほしいっす」
まだ時間はあるので、撮影は今日のうちにすることになった。
幸いなことに雨も止み、タイミングを狙ったように夕日が顔を出している。この機を逃すわけにはいかない、というのが創意のようだった。
そんなわけで、俺たちは今、花壇の近くにいる。
雨を受けて瑞々しく咲く花やすくすく育つ葉をよく見れば、確かな生命力が伝わってきた。これならいい写真が撮れることだろう。
懸念点があるとすれば……。
俺は、髪留めをつけて待機している入江妹に声をかける。
「大丈夫だったのか? 分かってると思うが、宣伝写真ってSNSにも上げるぞ」
宣伝写真自体は、ここだけが撮っているわけではない。他の団体もそれぞれが出す品を撮って、生徒会にデータを送ってくれている。俺が運営しているSNSアカウントでも既に幾つかの部活の画像をアップし、それなりの反応を得ていた。
「そんなこと、千々承知しています。確かにSNSに載ってしまうのは、少し気になりますけど……」
「なら」
「でも、霧崎会長が仰ってたじゃないですか。相談にも乗るように、と」
「だからそれは時雨さんを呼べば――」
「大丈夫ですから。私はやれます」
見えないガラスの壁を張ったみたいに、きっぱりと入江妹が言う。
こちらを向いた彼女は、それとも、と続けた。
「モモ先輩はそれでも私を止めるような理由があるんですか?」
「……っ」
ある、とは言えなかった。
言えるわけがない。何も知らないくせに、ただの上司と部下でしかないくせに、これ以上踏み込めるわけがない。
踏み込むべきかすら、俺には分からないのだから。
「まぁ、そういうことなら頑張れよ。会長を目指すなら顔を広めるいい機会だしな」
「そんなことこそ、百々承知してます」
「さいですか」
たとえ強がっているように見えたとしても、そのかつぎを脱がす“理由”を持ってはいないから。
ぽん、と入江妹の背中を押すだけで留めた。
「準備整ったっす! それじゃあ写真撮るんで、百瀬パイセンは退いてもらっていいっすか?」
了解と答えて、俺は被写体から離れる。
本多先輩は、写真部かよとツッコミたくなるくらいに高そうなカメラを構えていた。
……ほんと、人は見かけによらねぇよなぁ。
そんなこんなで宣伝写真の撮影が始まった――。
◇
「うーん……」
ぱしゃぱしゃと色んなアングルで撮影しところで、ひとまず休憩ということになった。
撮影は順調……とは言えない。
カメラを覗きこんだ本多先輩は、何やら浮かない顔をしていた。
「本多先輩。あいつ、どんな感じですか?」
「はうっ……えと、あの……」
「急に話しかけちゃってすみません。見せてもらっても?」
「も、もちろんです……」
落として壊したらシャレにならないので、しっかりとカメラを受け取る。
撮れている写真を確認すると、なるほど、と先ほどまでの本多先輩の表情に納得できた。
なんというかこう、めちゃくちゃ表情が硬い。
笑おうとしているのは分かるけど、どう見ても『あ、引きつってるな』ってなってしまう。それを不器用さと表現すれば魅力的に聞こえなくもないが、先に不恰好という感想が浮かんでしまうのが実情だ。
確かに髪留め自体は似合っている。
あるいは、元々入江恵海につけてもらうことを想定していたのかもしれない。ブロンドヘアーの入江妹の華やかさをより引き立て、けれども黒髪の日本人が『自分なら似合うかも』と思えるような存在感があった。
だがなぁ……如何せん、モデルの不自然さに目がいってしまう。
時雨さんか雫の方が上手くやることだろう。
「あの……モモ先輩、どんな感じですか?」
休憩を早々に切り上げたらしい入江妹が聞いてくる。本多先輩ではなく俺に聞いたのは、俺じゃないと言いにくいであろうことを言われる自覚があるからだろう。
ならば、と思う。
俺は上司として、はっきりと告げるべきだろう。
「端的に言って酷いな。勢いよく啖呵切ったのが笑えるくらいに」
「うっ……そ、そこまで言わなくてもいいじゃないですか」
「でも事実だし。実際、表情がヤバいぞ。こんなのを見て買いたいって思う奴は、元々これを見なくても買うつもりだった奴だけだ」
きゅっ、と入江妹は唇を噛んだ。
園芸部や手芸部の部員は『そこまで言っていいの……?』と心配そうな顔をしているけれど、きっと考えていることは俺とさほど変わらないんじゃないかと思う。
入江恵海の代わりの入江大河だったから。
そこには『がっかり』という無慈悲な四文字の失望があって、それでも口に出すことはない。そうやって相手を気遣って嘘をつくのは誰もがやることだし、すべきことだ。
「……っ、ですよね。すみません。姉の代わりになれなくて」
でも入江妹はそんな嘘を見抜いてしまう。
ありのままの正義はともすれば危なっかしいけれど、そんなところも含めて彼女なのだ。
その有様はとても美しく、一方で自傷的でもある。
ふるふると肩を震わせながら、入江妹は申し訳なさそうに続けた。
「後日でよければ、私の方で姉に頼んでおきます。こんな写真を宣伝に使うのは申し訳ないですし。生徒会の一員として、できることはさせてください」
「それは……その……」
「私たちはいいっすけど」
そっちはいいんですか、と部員たちが入江妹を見つめる。
気遣わしげな視線に気付くと、入江妹はにへらと笑う。
「大丈夫です。姉も、一日くらいなら余裕があると思います。七夕フェスの舞台の宣伝にもなるでしょうし」
「はぁ……ったく」
ぺらぺらとまくしたてるのは、実に入江妹らしい。
だがなんだ……こう、見てられないんだよ。
その在り方は入江妹らしいだけにすぎないじゃんか。
――なんて、ついさっきまで気付けなかった俺が言えた義理じゃないけれど。
「何を言ってるんだよ、大河。生徒会になろうとする奴が引き受けた仕事を放棄していいわけないだろ?」
「そんなことは百々承知してます! だからこそ私ではダメだったので、他の案を――」
「上司権限で、そのやり方は却下だ。コネを使うような汚いやり方を教えたつもりはない」
「……っ。普段から邪道なやり方をしてると仰っていたのはモモ先輩だと思いますが」
「さて、なんのことかな」
今は自分のことを棚に上げる。
怪訝な顔の大河に向かって、俺は強い口調で告げた。
「入江恵海の代わりなんて生徒会にはいらないんだよ。うちには入江恵海にミスコンで買った時雨さんがいるんだ。大河が姉の代わりになるくらいなら時雨さんがモデルになった方がいいんだ」
「なっ……」
たとえ元々求めていたのが入江恵海だとしても。
その代わりとして大河に頼んだのだしても。
時雨さんでもいいかと提案したとき、彼女たちは納得した様子を見せた。ならその時点で、大河が姉の代わりになる必要は消えている。
「入江大河を貫けよ。誰に何を思われようと、そこは絶対変わらないんだから」
「――……ッ。分かり、ました」
大河は俯いてしまっているから、どんな顔をしているのか分からない。
でも分かってくれているんだってことはちゃんと分かった。
俺も、俺にできることをやるとするか。
「あー、そんなわけなんで。本多先輩、ここからは俺が撮ってもいいですか?」
「えっ……えと、その……」
「昔、ちょっとだけかじったことがあるんですよ。なのでそれなりにはいい写真が撮れると思いますよ」
かじったと言っても、漫画で読んで興味を持ったときに軽く勉強しただけなんだけどな。
本当に甘噛み程度でしかないが、今回は大河の精神的な問題が大きいんだし、大丈夫だろう。
そういうことなら、と本多先輩がカメラを貸してくれる。
体育祭の日の朝、大河と雫のツーショットを撮ったことを思い出す。
「うし、じゃあやるか。まぁ別に笑ったりする必要はない。大河の表情には期待してないからな」
「……モモ先輩、どういう意味ですか?」
「そのまんまの意味。愛想がよければ雫以外にも友達できてるだろ」
「別に友達がいないわけじゃないですから……っ!」
「この前の大河は完全に一人だったけどな」
「あのときは――というか、さっきから流してましたけど大河って呼ぶのやめてくださいよ!」
「なら妹子?」
「それ……も、嫌ですけど! モモ先輩に名前を呼ばれるのは甚だ不服で――ってなんで今撮るんですか?!」
「シャラップ。ポンコツモデルがカメラマンに口出せることなんて一ピコメートルもねぇんだよ。そういうのは姉みたいに看板役者になって初めて許されるんだ」
「~~っ! どうしてそう、人が気にしてることを……ッ」
「あぁ、目が怖い。もっと植物への慈しみを持ってほしいなぁ」
からかうたびに、大河の顔がキラキラと輝く。
怒ったり、睨んだり、ムッとしたり。
ともすれば最悪な宣伝写真になるけれど、カメラが切り取るのは魅力的な大河の姿だった。
別に怒ってる姿が可愛い、なんて言うつもりはない。
もちろん可愛いけど、そんなショットを宣伝に使えるわけがないから。
怒ったあとの、ほんの一瞬の間隙。
反省したような弱さとこちらを気遣う優しさが滲む顔は、とても魅力的だ。
かしゃ、かしゃ、かしゃ。
本人が気付いていなくとも、誰も見つけられなくてもいいから。
大河の優しくて弱いところを積み重ねた写真になりますように、と願いながら。
俺はシャッターを切った。
◇
「ふぅ……今日の仕事は終わりだな」
「ですね。誰かさんのせいでとても疲れましたけど」
「誰かさんがモデル一つまともにできないからでは?」
「…………」
「俺が悪かったからその目はやめてね? マジで殺されるんじゃないかって怖くなるから」
無事撮影を終えた俺たちは、生徒会室に戻りながら駄弁っていた。
ギロリと俺を睨む大河の頭には先ほど撮影で使っていた髪留めが鎮座している。外すタイミングを失したのか、それとも気に入ったのか。
深く詮索するのは野暮だな。
「なんだかんだいい写真を撮れんだしいいだろ? 本多先輩も喜んでた」
「そう、ですね……。モモ先輩が写真を撮るのもお上手だとは知りませんでした」
「さっきも言ったけど、ちょっとかじった程度だよ。ちゃんと勉強してる奴ならもっと上手く撮れる」
そんな風に言う俺の手にも、大河が着けているのとは別の髪留めがある。
写真を撮ってくれたお礼、と言って本多先輩がくれたのだ。
澪のプレゼントはこれでいいかもなーと考えていると、隣を歩いていた大河が、あの、と口を開いた。
はてと首を捻りつつもそちらを見遣ると、何故か目が合う前にそっぽを向かれてしまう。
「さっきのお話なんですけど」
「さっき?」
「勉強会のことです」
ああ、と納得した。
そういえばそんな話をしてたっけ。
「あれ、私も参加したいです」
「マジで?」
「マジですよ。こんなこと嘘つくわけないでしょう? よく考えてください」
「あ、そうね……」
そもそも大河は嘘つくタイプじゃないもんな。
くすっと苦笑してから俺は首を縦に振った。
「了解。じゃあ今週の土曜な。細かい時間は……早めに伝えるよ」
「はい。よろしくお願いします」
若葉のように、大河はにこりと笑ったのだった。




