三章#16 お菓子研究会へ
さて諸君。
突然だが『好きな奴とペアを組んで』という即死級の呪文は、そろそろ公式によって禁止されるべきだと思わないか?
少なくとも俺は思う。体育のときのあの一言ほど惨いものはない。好きかどうかはさておくにしても、やりたい相手がいる可能性とかを考えたら近くにいる奴に声に気安く声をかけられないし。かといって余ってしまうとめちゃくちゃ気が引ける。終始ごめんなさいを連呼したくなるほどだ。
季節の変わり目は体調を崩しやすいし、一人で仕事を抱えるのは良くない。
そんな理由から、俺たちは生徒会の仕事をするにあたってペアで動くことになっていた。……ぶっちゃけ、今は迷う要素ないけど。
「流石にステージを百瀬に任せるわけにはいかないから、ステージの方は俺がやるよ。教えたいこともあるし、山本も手伝ってくれるか?」
そんな副会長の一声により、まず一つペアが出来上がる。
副会長と総務クンのペアか。無難と言えば無難だろう。仲がいいって話だし。
「じゃああとは私たちかな」
「そうだな……よろしく、如月さん」
あっさりともう一つのペアも完成。
如月と会計クンだ。役柄上一緒に動くことも多いし、これはこれで納得。
「となると、余りは俺たちか」
「余りと言われてしまうのは甚だ不服です。そもそも私はモモ先輩の補佐なんですし、ペアになるに決まってるじゃないですか」
「いやそうなんだけどね?」
またしても生徒会メンバーと仲良くなる機会を失したなぁ、と思わずにはいられない。如月の別の顔も知ったし、そろそろ副会長とも仲良くなりたい。
まぁ副会長と俺が組むのは戦力を偏らせすぎだ。如月と組んだらツッコミで疲れそうだし、これが正解だったとしておこう。
「うんうん、いい感じにまとまったね。ならボクは、今日は如月ちゃんたちについていこうかな。見本を見せなきゃだしね」
妥当なところか。
こうして見ると、改めてうちの生徒会は人数が少ないことを実感する。立候補者はたくさんいるんだし、もうちょっとメンバーを増やすことも考えるべきなのかもな。
枠を増やすと相対的な価値が下がって、立候補者が減る可能性もあるし、一概には言えないか……。
「っていうか、時雨さん。今日から行くつもり?」
「その通りだよ。アポを取ってあるし」
「あぁ、なるほど……」
謎にテンションが高かった理由が分かって、俺は脱力した。
文化系部活って趣味を突き詰めてるところが多いもんな。時雨さんはどうやら出店審査しに行くのが楽しみだったらしい。
如月たちと俺たちで審査しに行く部活を半分に分け、時雨さんがアポを取った部活を教えてもらう。
ふむ……俺たちが今日行けそうなのはここか。
時雨さんは、如月たちを連れて意気揚々と出ていく。
副会長と書記クンも、二人でどこに行くのかを相談しながら生徒会室を出た。
残されるのは俺と入江妹。
「んじゃまぁ、俺たちも行くか」
「はい。よろしくお願いします」
一人別働隊にならずに済むのはいいな、と。
去年のことを思い出しながら、胸の内で呟いた。
◇
「それで、私たちはどこに向かうんですか?」
「今日のところはお菓子研究会だな」
お菓子研究会の面々とはちょこちょこ一緒に仕事をしている。
先日の新入生歓迎会はその筆頭だし、他にも色々とお菓子研究会にお菓子を作ってもらう機会があったからな。文化系部活の中では、割と話が通じる方だ。
面倒なのはあれな、漫画研究会。
あいつらがっつりBLエロに走ったり、締切がヤバいからって俺に手伝わせたりするんだぜ? 去年の七夕フェスでは酷い目に遭った。
が、今年は如月たちに漫画研究会が割り当てられている。きっと如月なら上手くやれるだろう。
期待と安堵にほっと息をつきながら、俺はとことこと廊下を歩く。
入江妹には口を開く様子がない。
むっすりと歩く彼女の横顔は、凛としていて綺麗だ。重苦しくて暗い梅雨の廊下では、いつもより入江妹の華やかさが際立って見える。
「あの……何かご用ですか?」
「ん? 別にそんなことはないけど」
「ならジロジロ見るのはやめてください。視線を向けられるのは気持ちのいいものではありません」
「お、おう……そうだな。気を付ける」
そう謝ったところで、ふと入江妹の姉が頭をよぎった。
入江恵海。
昨年度準ミスコンにして、『可愛い子ランキング』2位の三年生。
そして――演劇部の看板女優。
うちの演劇部はかなりレベルが高く、その中でも現在の演劇部を引っ張っているのが入江恵海だ。
演劇部は今回の七夕フェスでもショート劇を披露する予定になっている。そういう意味では入江妹が七夕フェスについて知らなかったこと自体、少し不思議だ。
もしかしたら――。
そう思いを馳せそうになって、俺はかぶりを振った。
人を詮索するのはよくない。入江妹の内面に踏み込むだけの“理由”を、俺は持っていないのだから。
そのまま黙って移動すること数分。
お菓子研究会の部室まで辿り着き、こんこん、とノックをする。
「失礼しまーす」
と部屋全体に聞こえるように言うと、ちょうど料理が終わっていたらしい部員たちの視線がこちらに向いた。
その中の一人が、あっ、と声を上げる。
「生徒会じゃん。百瀬くん、久しぶり~」
「どうも。先輩も相変わらずお元気なようで」
エプロンを着けたままのその人は、けらけらと快活に笑う。
縦にも横にも大きいこの人は米沢先輩。お菓子研究会の部長だ。
「んー? そこの子はもしかして彼女かな?」
「俺が生徒会の仕事に彼女を連れてくるほど軟派な奴だとお思いで?」
「どーだろうね。百瀬くんなら意外とあるんじゃないか、とは思ってるよ」
「なんすか、それ……」
呆れた笑みを見せつつ、俺は入江妹の紹介に移る。入江妹には確実に生徒会になってほしいし、今から推していかなきゃいけないからな。
……やだ、推し活とか燃えちゃう。
「こいつはうちの新入りですよ」
「一年A組、入江大河です。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」
「あ~、はい、よろしくね~。なんだか真面目な子じゃん。百瀬くんとは真逆って感じ」
「不真面目で悪かったですね?!」
「冗談冗談~」
にかっと白い歯を見せる米沢先輩をよそに入江妹は他の部員に向けて頭を下げていた。
そうして挨拶を終えたところで、こちらも本題に入る。
「それで。会長から話は通ってると思うんですけど……」
「あ~、うんうん、聞いてるよ。ついに七夕フェスの時期がきたんだって思って、今日は張り切ってたんだから」
「あはは、それはご苦労様です」
「そんなわけだから、二人には試食してもらうよ。ちょうどさっき出来上がったからね」
ちょいちょいっ、と部員に手招きされる。やや躊躇した様子を見せる入江妹も背中をぽんと叩いて、先に行くように促す。
「試食も仕事のうちだ。嫌なら帰ってもいいぞ?」
「……帰りません」
ツンとした表情の入江妹は、案内された席についた。
込み上げる笑みを堪えて、俺も入江妹の隣に座る。
「そうしてると本当の――」
「早く説明をお願いします。俺が後輩に殺される恐れがあるので」
「そうね~。なら説明を」
こほん、と咳払いをした米沢先輩は俺たちの前に小さなカップを差し出した。
そのカップに入っているのは青いゼリー。黄色くて小さな星が埋まっていて、まさに七夕って感じだ。
「見ての通り、私たちが今年出そうとしてるのは七夕ゼリーね。低コストで量産も楽だし、毎年七夕フェスタって暑いじゃない? だから爽やかな方がいいかなって」
「なるほど……いいっすね。資料とかは」
「あ、うん。その辺をまとめたのは用意してあるよ~」
「了解です。なら細かい手続きはこっちでしておくので」
「うん、よろしくね~」
流石に手際がいい。これなら今日は速攻で終わりそうだ。
米沢先輩含むお菓子研究会一同がじーっと見てくるので事務的な話はこれくらいにして、とりあえず試食させてもらうことにした。
「それじゃあ、試食させてもらいますね。いただきます」
「い、いただきます」
使い捨てのスプーンでゼリーを掬う。
なるほど、割と固めにしてるのか。外だと確かにその方が食べやすいかもしれない。プルプルすぎて落ちちゃった、なんてことになったらアンラッキーだしな。
味は……ソーダか。うん、これはすっきりする。触感も相まって食べてて楽しいな。
そうして食べ進めていると、やがて星に辿り着く。
掬って口に運ぶと……おお、すっぱい。いい感じのアクセントになっている。
「どうどうっ? 結構自信作なのよね」
「いや、マジで美味いですよ。なぁいも――っ」
妹子、と同意を求めて入江妹の方を向き、息を呑んだ。
だって入江妹は――あるいは、大河は。
普段決して見せないような、あどけない笑みを浮かべていたから。
まるでもぎたての果実みたいに。
あるいは、30円でめいっぱい買った駄菓子のように。
――不意に、何かが胸の奥で目を覚ましそうになる。
けれどそいつは、入江妹のしょぼしょぼとした呟きを聞いて、すぐに戻ってしまった。
「なんか、懐かしい味ですね。夏祭りって感じがします」
「懐かしい……?」
「はい。あ、あの別に貶しているわけではないので! むしろ好きです、この味」
ひらひらと慌てて補足する入江妹。
そんな彼女を見て、米沢先輩はそれはもう嬉しそうにはにかむ。
「ねぇねぇ百瀬くんっ! この子、やっぱりうちにちょうだい!」
「断固として拒否します。こいつはもはやうちの大切な戦力なので、引き抜かれたら死にます。俺が」
きっぱりと言った俺だったけれど。
米沢先輩の気持ちも分かるな、とは思った。
ともあれ――。
お菓子研究会、七夕フェスへの出店、承認。




