表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/478

三章#13 すれ違い

 6月も早いもので、第一週が終わろうとしている。

 一年は365日。週数で言えば52週しかないわけで、そういう意味では52分の1があっさり終わったことになる。

 なんだか、今週は疲れた割に実りの少ない週だった。


 体育祭の事後処理も終わり、来週までは生徒会も休憩ということになっている。教室にも体育祭後のちょっとした燃え尽きた感が漂っており、どうにこうにも、勉強に身が入っていない生徒が多そうだった。


 かくいう俺も、その一人。

 とはいえこの気の抜けた一週間を経て、雫と俺の関係についてもあまり騒がれなくもなっている。

 そりゃそうだ。

 幾ら人気があるとはいえ、他人のことでいつまでも盛り上がってはいられない。無論、折に触れて妬み嫉みを吐かれることはあるが、さほど悪意がこもったものはなかった。


 そんなこんなで、今日は土曜日。

 月に数度の土曜授業を終えた俺は、八雲との会話もそこそこに一年生の教室に向かっていた。


 すれ違う一年生の視線がやや気になるが、自意識過剰として切り捨てて。

 やがて辿り着くのは一年A組の教室。


「あれ、モモ先輩? どうなさったんですか」


 教室を覗き込むと、黒板を掃除していた入江妹が声をかけてきた。


「ん、いやちょっと……っていうか妹子。お前は教室でも変わらないのな」

「教室で妹子って呼ぶの、本当にやめていただきたいんですけど。まぁ変わりませんよ。私は誰に見られていても自分が正しいと思ったことをするって決めているので」

「そりゃ大層なことで」


 堂々とした回答に、俺は肩を竦める。

 と、入江妹のクソ真面目さに感心している場合ではなかった。ここにきた本来の目的を果たそうと教室を見渡す。


 ……あれ?


「なぁ妹子。雫ってどこにいる?」

「雫ちゃんならついさっきモモ先輩の教室に行きましたよ。一緒に帰りたい、とのことで」

「え゛」


 予想外の展開に、つい変な声が出てしまった。

 マジかよ。完全にすれ違ってるじゃん。妙な脱力感に襲われていると、はぁ、と溜息が聞こえた。


「それくらいの報連相はこなすべきなんじゃないですか? というか、仕事だったら絶対してますよね」

「うっ……ま、まぁな」


 ごもっともすぎるので、平伏するしかなかった。

 そうなんだよな。普段の俺なら一通メッセージを飛ばしてからきていた。それを今日しなかったのは、その方が恋人らしいかもしれない、という陳腐な考えからなわけで。


「とりあえず今から連絡をとればいいんじゃないですか? お互いを想いあった上でのすれ違いなら、別に悪いことではないですし」


 くしゃっと頭を掻いていると、入江妹は真っ当な指摘をしてくる。

 そうだなと呟きながら、RINEでメッセージを送信した。


【ゆーと:すまん。俺、一年の教室にきてる】

【しずく:今日、生徒会なんですか?】


 はてなマークの帽子を被ったペンギンのスタンプがぽつんと送られてきた。


【ゆーと:いや違う】

【しずく:じゃあ大河ちゃんですか?】

【しずく:彼女の私を差し置いて他の子のところに行くのはどーかと思いますよ】


 ぷんすか、と怒ったライオンのスタンプ。

 いやなんでそうなる? と思わないでもないが、きっと雫も気を遣っているのだろう。怒ってはいないが俺が気に病むと思って、あえて怒っている素振りだけ見せてくれている。

 そういうところが敵わないよな、ほんと。


【ゆーと:違う】

【ゆーと:雫に会いに来た】


 …………。

 ………………。


【しずく:突然変なこと言わないでくださいよ!】

【しずく:びっくりしたんですけど!】

【しずく:心臓止まるかと思いましたし】


 ぽん、ぽん、ぽんぽんぽん――。

 なんかすごい勢いで色んなスタンプが送られてくる。何かの嫌がらせかと言いたくなるレベルだ。

 ニ十個ほどのスタンプをスルーすると、今度は、


 ――とぅるるるるるっ


 とスマホが着信を報せてきた。


「何故か知らんが、電話がかかってきた。もうちょい人が少ないところに行くわ。またな、妹子」

「妹子なんて名前の人は知りませんので。少なくとも教室にいるときは」

「真面目な印象が崩れそうだもんな。どんまい、妹子」

「だから知らないって言ってるじゃないですかっ!」


 今にも蹴りを入れてきそうな入江妹に別れを告げ、人が少ない方に移動する。

 まぁ誰もいない場所に行こうと思ったらとんでもない時間がかかるので、ひとまず通話の音声がちゃんと聞こえるくらいの静かさで妥協しておく。


「あー、もしもし?」

『先輩っ? あーもう。やっと出てくれました』

「そっちが急に電話をかけてくるからだ。人が少ない場所に移動してたんだよ」

『一年生の教室の廊下ってうるさいですもんね』

「ほんとそれな」


 雫に同意しながら、廊下で騒いでいる奴らに目を向けた。

 ワイワイガヤガヤと子供っぽくじゃれ合っている奴らを見ると、ここが高校なのか疑問に思えてくる。なんというかこう、秩序がない。


 それもしょうがないことだろう。

 一年生にとっては初めての三大祭が終わったのだ。友達との絆は深まり、つい羽目を外したくなってしまうのは当然だと思う。


『それで先輩。どーして私に会いにこようとしたんですか?』

「どうしてって……付き合ってるしな。まだ昼間だし、どうせならどっか寄っていこうかと思って」

『つ、つまりデートのお誘い?』

「…………まぁ、有り体に言えば」


 はっきりと言ってしまうのは気恥ずかしいが、事実そうなのだからしょうがない。

 俺が言うと、ふふっ、と笑い声が電話から聞こえてきた。


『先輩って、なんかそーいうところ可愛いですよね』

「あ、悪ぃ。やっぱり生徒会の用事が――」

『嘘です嘘です! 別に『あ~、この人彼女ができたらこういうことしようとかラノベ読んだりゲームしたりしながら妄想してたんだろうなぁ』とか思ってませんから』

「絶対思ってるだろそれ?! ディティールまで語るんじゃねぇ!」

『てへっ』

「それを電話越しにやられてもあんまり意味ないんだよなぁ」

『つまり電話越しじゃなければとっても可愛いと』

「……チッ」


 先にいつもの調子に戻りやがって!

 これでは、まるで俺が後手に回ってしまっているみたいじゃないか。なんかそれはちょっと不服だぞ……。


 まぁこういう方が雫らしいか。

 頬が緩んでいることを自覚しつつ、俺は話を切り替える。


「そんなことより、そっちも二年の教室にいるんだろ?」

『え、あ、はい。私も先輩を探しにきたんですよ。どこの「賢者の贈り物」ですか』

「そうやって最近読んだラノベで仕入れたネタを使おうとするんじゃない。お前は何かと太宰治って言いたがるラノベ好きの中学生か」

『ひどっ。先輩ひどっ!』

「はいはい、分かった分かった」


 会話がぽんぽん弾むのだが、流石に同じ校舎にいるくせに電話するだなんて馬鹿な真似を続けるつもりはない。

 ひとまずは……そうだな。待ち合わせればいいか。


「どっちかの教室に行くってのも面倒だし、玄関で集合でいいか?」

『了解です!』

「じゃあ、また後で」


 つー、つー。

 通話が終了すると、寂しさの鳴き声みたいな音が聞こえた。まぁ別に、俺は寂しいとは思っていないんだけど。


 んんっ、と伸びをしてから、俺は玄関に向かって歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ