【完結】 腐れ縁のセフレと小悪魔な後輩が義妹になったんだが、どうすればいいと思う？

第二部 三章『あわてんぼうの織姫様』

三章#07 私を見て

「…………」

「…………」

「なぁ友斗。どうしてあんな勝負持ちかけてきたんだ？　もしかして負けたかったのか？」

「うるさい、それ以上言ったらもう片方の部屋に投げ入れんぞ。『彼女とイチャついてるから重罰に処していい』とでも言って」

　俺が歌い終わると、ぱちぱちと微妙な拍手が鳴った。

　その気まずさを振り払ってくれたんだと思うと八雲に感謝する気持ちが湧かないこともないが、それはそれとして、めちゃくちゃムカつく。

　べっ、と悪戯っぽく舌を出す八雲に代わって口を開いたのは、恋人である如月だった。

「百瀬くんって万能な感じがあったけれど……音痴なのね」

「ぐっ……ちょ、ちょっとだけな」

　大変不服だが、ここで反論するのもみっともない。

　俺は素直に認めた。だって、表示されている点数が６０点台だったし。さっきから見ていたが、低くても７５点くらいしか出ていなかった。

　八雲のおかげで他のメンツも俺の歌唱力を弄ってもいいと判断したようで、口々に感想を言う。

　下手だけど頑張ってた、とか。

　声が綺麗だよね、とか。

　意外な感じがあって可愛いかも、とか。

　めちゃくちゃこそばゆい。でも嫌な弄られ方ではなかった。

　マイクを次の曲の奴に渡すと、八雲が肩で小突いてくる。

「友斗、どうする？　三本勝負とかにしてみるか？」

「絶対に乗らないの分かって言ってるだろ」

　まぁな、と八雲が肩を竦める。

　別に今のがトラウマになったわけではないが、下手な歌を披露するのはもう充分だろう。第一、俺は音痴ってだけじゃなくてカラオケに慣れてないっていうのも点数が出なかった理由だからな。合唱コンクールとかではもう少しまともだったし……。

　と、何の意味もない言い訳をぶつぶつと心の中で考えつつ、俺は白旗を上げた。

「いいよ、俺の負けだ」

「おっし。じゃあ約束通り話せよ。あ、もちろん広められたくないって言うなら内緒にするぞ？」

　肝心なところで調子に乗りすぎないから憎めないんだよなぁ。

　さっき注ぎ足してきたメロンソーダに口を付けてから、分かったよ、と頷いた。

「で、どっちと付き合ったんだ？　後夜祭でどっかに消えてたし、何にもないってことはないんだろ？」

　嘘をついてまで隠すことではない。どうせ噂になっているはずだ。雫が借り物競争でやらかしたわけだし。

　噂を真実に変えてしまった方が、変な飛び火の仕方をせずに済む。

「雫だよ」

「えっ、マジで？」

「……聞いてきたくせにそこで驚かれると複雑なんだが」

　八雲には以前、自然に澪と昼食を摂る方法について相談したことがある。そういう意味では澪と付き合っていると思ったとしても無理はない。

　悪い、と謝ってから八雲は続けた。

「いやどっちの可能性もあるって思ってたけど、びっくりしたわ」

「そうか？　借り物競争とか、色々あっただろ。邪推されてもおかしくないと思ってたぞ」

「まーな。けど二人三脚とかリレーとか、そういうのを見てたらな。合うのはこっちかも、とか思ってさ」

　そこまで言って、八雲はくしゃっと渋い顔をした。

　自分の発言が褒められたものではないことに気付いたのかもしれない。

「今のはよくなかったな。妹ちゃんの方とそういう関係になったって言うんなら、それはそれでいいと思うぜ。お似合いだと思うし」

「そりゃどうも」

「まぁ嫉妬は凄くなりそうだけど」

「それな」

　借り物競争終わった時点でビシバシ嫉妬を孕んだ視線を受けていたので、そこは今更な部分でもある。

「今度、ダブルデートでもしようぜ。白雪も喜ぶだろうし」

「喜ぶって言っても絶対ベクトルが違うんだよなぁ……それ、俺は要らないパターンだろ」

「そうでもないぞ？　可愛い女の子がデレるるところとかも好きだって言ってたから」

「さいですか」

　ますますダブルデートしていいものか迷う情報である。

　まぁ雫は上手く流しそうだし、なんなら気が合うとも思うけど。むしろ入江妹の方が如月とは合わない気がする。澪以上に押し負けて、あたふたしそうだ。

　……それはそれで合ってるのかもな。

「……ん」

「――……？」

　脳内リトル入江妹に怒られていたら、澪と目が合った。

　ＳＯＳではない何かを視線で伝えてきている。が、その目ッセージを読み取ることはできない。あえて読み取らせないようにしているとすら思えた。

　澪がぴっぴっとデンモクを操作すると、新しい曲が登録された。

　他に予約されている曲がなかったためか、すぐに澪の番になる。

「おっ、澪ちゃん歌うの？」

「うん。皆、休憩してるみたいだし。何曲か続けて歌ってもいい？」

「もちろん。皆もいいかしら？」

　澪の言う通り、誰も彼もかなり満足している節があった。積極的な澪の歌が気になることもあってか、こくこくと皆頷く。

　ぽちぽちぽち、と続けて二曲追加された。

　本気で歌うつもりらしく、澪は席を立ってパーティールームの広い場所まで移動する。

　一曲目は、古いラブコメアニメのＯＰテーマ。ヒロイン三人で歌うその曲はポップで、分かりやすくアニソンで、でもアニメを知らなくてもノれるものだった。

「～～～♪」

「……っ」

　意外だった。澪ならもっと、しっとりした曲を選ぶと思っていたから。

　けれどいざ歌い始めると、あまりにも合っていて、つい息を呑んだ。

　いや『合っている』という表現は正しくはない。澪が曲に合わせているのだろう。ポップでノリがいい曲だからこそ、あえて歌唱力を発揮するだけじゃなく、小さな身振り手振りもつけている。

　雫のようにあざといが、雫ほど身近に感じる可愛さではなかった。

　それは喩えるなら――そう、アイドルのような。

「すっげぇ……。ぶっちゃけ誰だこれって感じなんだけど」

　絞り出すような八雲の呟きに部屋の中のほぼ全員が同意しているはずだ。

　当の本人はそんな反応を気にすることもなく、画面に表示された９０点の結果をスキップしていた。

　二曲目――俺がリクエストした曲。

　こっちは最近放送していたラブコメアニメの、ＥＤテーマ。

　ヒロインが義理の妹で、主人公は妹とのラブコメを書くラノベ作家で。

　とにかくヒロインの可愛さに全振りしたようなＥＤ映像は記憶に新しい。

　そして――その映像がフラッシュバックするくらいに、澪はまたしても弾けた。

　また少しだけ歌い方を変えて、身振り手振りの代わりに跳ねるように体を動かして。

　アイドルのような可愛さから、無邪気な妹のような可愛さへとシフトした。

　ぱちぱちと、サイダーみたいに。

　シュワシュワきゅぽんと、ラムネみたいに。

　歌唱力だけじゃなくて、魅せる技術ないし演技力が卓越しているのだと思う。

　義妹と姉と、クラスメイトとセフレと。色んな姿を使い分けることができるんだし、考えてみれば演技力は元々備わっていたのだろう。

「ふぅ……」

　２点上がった結果にも、やっぱり澪は見向きもしない。設定を切り替えるのが面倒だから採点モードにしているだけのようだった。

　額にぽつりと浮かぶ汗を拭うと、最後の曲に移る。

　最後の曲は――季節外れの曲だった。

　夏の終わりを描いた曲。しかもしっとりとした曲調で、さっきまでとの落差が大きい。盛り上がりを挫くような、そんなミスマッチ感は否めない。

　しかしもう澪から目を離せない。

　たった二曲で、澪は自らのライブを創り上げてしまった。そのラストソングにバラードを選ぶことは、何ら間違いではない。

　――夏の終わり、太陽、月、夜空に花火

　夏が来てすらいないのに、気付くと夏の出口に立っている気分になった。

　今年こそ笑顔でお別れできるのだろうか、と。　

　気付けばーっと雫が頬を伝っていて、ミニライブは終わった。

　余韻を断ち切ったのは、更に５点上がった採点結果。

　それを合図にパチパチと鳴った拍手のおかげで、思考の沼に沈まずに済んだ。

「すっご～い！　澪ちゃん、すっごい上手いわね」

「……ありがとう。結構、歌は好きだから」

「ほんと凄いじゃん。これなら文化祭はミュージカルとかにしてもいいかも」

「お、それ名案じゃん。絶対勝てるっしょ」

　如月だけじゃなくて、今度はクラスメイトたちも澪に話しかける。

　それは電車に乗っていたときに話していた『面倒なこと』であるように思えて。

　けど澪は、面倒そうな素振りを見せはしなかった。

『どう？』

『……見れば分かるだろ』

『だね。私の勝ち』

　それ以上視線でメッセージを交わすのは躊躇われたから、俺はメロンソーダを飲み干して部屋を出る。

　八雲の気持ちが少しだけ分かったような気がした。