三章#06 体育祭打ち上げ2
「おぉ、友斗! よっす!」
「テンションたっか……」
待ち合わせ場所に行くと、まだ集合時間ではないのに八雲が待ち構えていた。
その横には、見覚えがある女子がいる。
いや同じクラスなんだから当たり前だけど、そうじゃなくて。『あ、同じクラスだったんだ?』と失礼ながら思ってしまうような相手だった。
丸眼鏡を付けた少女――通称、書記ちゃんである。
体育祭の準備では別々に動くことも多かったが、同学年の中では関わっている時間が長い少女だ。
それなのに同じクラスだったことに気付かないとかどうなの……と思いつつ書記ちゃんに目を遣ると、八雲は幸せそうにニカっと笑った。
「あー、そうそう! ちょうどいい機会だから俺の彼女を紹介しようって思ってさ。別のクラスなんだけど、連れてきたんだよ」
「あ、別のクラスなのね。よかった――ぁぁあアァっ?! 今なんつった⁉」
俺の残念さが否定されたのも束の間、それよりも遥かに聞き捨てならない情報が降ってくる。
けろっとした顔の八雲は、噛みしめるように今一度言った。
「俺の彼女を紹介しようって思ったんだよ。別のクラスを呼ぶのはどうかなぁとも思ったけど、他の奴に聞いたらぜひ連れてこいって言われたし」
「は、はぁ……えっと、じゃあなに? 書記ちゃんと八雲って付き合ってるの?」
「書記ちゃんって呼び方はやめてほしいって前にも言ったわよ。助っ人くん」
サラサラと長い黒髪が靡く。
生徒会にいるときよりもどこか大人びた、そして毒性強めに書記ちゃんは笑った。
しゅるるるる、と蛇が背を這うような悪寒を感じる。え、なにこの感じ……。
「私の名前は如月白雪。如月、と呼んでくれると嬉しいわ。下の名前で呼んだらどこかの誰かさんがむくれちゃうか」
「べ、別に俺はそんな小さなことで拗ねねぇし」
「ふふ、そうかな。晴彦は結構ヤキモチやきじゃない? だから百瀬くんのことだってつい最近まで話さなかったのよ」
「……ちょっとだけだし」
お、おぉ……八雲がタジタジになっているところを見るに、付き合っているというのは嘘ではないらしい。
そういえば書記ちゃん――改め、如月――は大きいもんな。どこがとは言わないけど。
小学校からの憧れの相手が如月ねぇ……うーむ。色々と妄想が捗ります。ごちそうさまでした。
「そ・れ・よ・り!」
ぱたんと手を叩いた如月は、視線を八雲から澪の方へとスライドさせた。
何かを絡めとるような表情をしながら如月は澪の手を取る。
「え、あの……距離、近い」
「ふふふ~。私ね、綾辻さんとぜひ仲良くなりたいって思ってたの。生徒会では会長と綾辻さんの絡みを見るのに満足しちゃってたのだけどね」
「えっ?」
餌を前にした獣のように、ぐいぐい澪との距離を詰める如月。
そういや如月は応援団関連でも動いてたみたいだし、澪ともそれなりには面識があるのか。聞き捨てならないことを言った気もするが、ひとまずは八雲の彼女ということでセーフ判定をしておく。
「あぁ、もうっ! こうやって間近で見ると本当に可愛い! 流石は『可愛い子ランキング』2位よね」
「……? なにその不穏なランキング。っていうか、近いって」
「あ、その嫌そうな顔もいい! クーデレ? でもただのクーデレじゃないわよね。その曖昧でフラットな感じも最高!」
「…………百瀬」
フルスロットルな如月を前に、澪が視線でSOSを出してくる。
気持ちは分かるが、俺も戸惑っているのでいかんともしがたい。
――そのときはお兄ちゃんがどうにかしてくれるし
まさかこんな早く、しかもこんな奇天烈な形でどうにかしなきゃいけない場面が訪れるとは思っていなかった。
ニマニマとデレている八雲の肩を小突き、おい、と説明を求める。
「あれ、なんなんだよ。生徒会のときの如月とは全然違うぞ」
「ん。生徒会のときは擬態してんだよ。霧崎先輩の尊みを穢れなく満喫したいらしい」
「なんだそれ」
と零すけれど、何となく理解できてしまう自分がいるのも事実だった。
つまるところ、如月は可愛いものに目がないのだろう。特に女子。それが二次元にまで及ぶのかは分からないが、広義的な意味でオタクと呼んでしまうのが手っ取り早い。
ってことはあれか。『可愛い子ランキング』も如月がサーチしきれない隠れた可愛い女子を見つけるためのランキングだった説が……。
「なぁ八雲。色々言いたいことがあるんだが、今は飲み込んでおく。だから綾辻の救出を手伝ってくれ」
「了解。悪いな、ちょっとテンション上がりすぎちゃってるみたいで。あんなところもかわ――」
「惚気るなにやけるなさっさと手伝えっ!」
このカップル、推せはするけど難ありすぎる!
◆
「で、八雲くんや」
「なんだい旦那」
「あの勢いに押し負けて結局二人が隣に座るのを許した今、どんな気持ちだ?」
「……あれはあれでありかなって」
「ほんと大概だな、お前」
あっという間に集合時間になり、俺たちはカラオケにやってきていた。
参加者全員が一部屋に入るのは難しいということで、パーティールームを二部屋使っての打ち上げになっている。
まぁクラス全員が仲良しってわけじゃないし、ある程度はグループで別れた方が楽しめるもんな。選択として間違ってはいない。
俺たちがいる部屋は、どちらかと言えばクラスの目立つ女子がメインになっている。後は体育祭で特に目立っていた運動部の男子連中か。
スクールカーストなんてものはもはや形骸化しているが、ここにいる奴らは真っ当な青春を楽しんでいる組だと思う。そんなこともあって、かなりノリよく盛り上がれている。
「ねぇねぇ、澪ちゃん。澪ちゃんは何を歌う? あ、歌わないのもそれはそれでありよ。カラオケとか苦手なのも、それはそれで可愛いもの」
「えと、歌うけど。もうちょっと後で」
「それがいいわね。じゃあ先に私が歌っちゃおうかしら」
その盛り上がりの片隅にいるのが澪と如月だった。
二人とも、このメンツの中にも当然のように溶け込んでいる。如月のハイテンションもカラオケボックスの煌びやかな空気にはベストマッチだ。
目立ちすぎず、かといって目立たな過ぎて空気を悪くするようなこともない。
女子高生らしいな、と素直に思う。
「知らなかった。彼氏の八雲に言うのも変かもしれないけど……如月はもっとこう、お淑やかなのかと思ってたよ」
「あ、それ俺も。付き合うまではあんな一面があるなんて知らなかったんだぜ」
「……マジか」
くつくつと、八雲は遊んでいる最中の子供みたいに破顔した。
「大人しくて、でも真面目で、高嶺の花。そんな風に思ってたんだけどな」
「実際には割と変態だった、と」
「人の彼女を変態とか言うな。ただ欲望に忠実なだけだから」
「忠実すぎるだろ、あれ」
とはいえ、とも思う。
如月があんな風に絡んでくれるおかげで澪が自然と馴染めているとも言える。生徒会でも気配りができる子だと思っていたし、多少は今も澪に気を遣っている節はあるのだろう。
だから俺も、なんだかんだ八雲と駄弁っていられるわけだし。
「こう言っちゃうのはよくないかもしれないけど。ああいうのを見て幻滅したりはしなかったのか?」
軽快なJ‐POPが流れているせいか、内容の割に口調が重くなりすぎずに済んだ。
まっさかぁ、と八雲が笑い飛ばす。
「むしろもっと好きになった。好きって気持ちって、そういうもんじゃないか? どんな面を見ても嫌いだな、とは思わない」
「そういうもんかね」
人によって愛のカタチは違うのだろうか、と疑問に思う。
カタチは同じで、あくまでどこを切り取って表現するかによって違いが生じているのかもしれないけれど。
「つーか、友斗はどうなんだよ」
「どう、って?」
「どっちと付き合ったんだ?」
あっさりとそう言ってのける八雲は、俺があの姉妹と深い関係にあることを確信している風だった。もっと言えば、どちらとでも恋愛関係に発展する余地があると思っているかのように見える。
心がザクザクとした。
その言い方じゃまるで、俺がどちらかを選んだみたいじゃないか。どちらかを選んで、逆にもう一方を選ばなかったみたいな言い方だ。
「それは……」
「それは?」
そういうんじゃないんだ。
これは三角関係じゃない。俺と澪、俺と雫。二人と二人の関係性の話でしかない。
だって俺は……俺はまだ──。
うっかり妙なことを言いそうな口をグラスで塞いで、ごくごくとメロンソーダを飲み干した。そして、にぃ、と笑う。
「俺よりいい点とったら教えてやるよ」
「むっ、そーいうことすんのかよ! いいぜ、燃えてきた。じゃあ早速曲入れるわ」
理解されないのは分かっている。
小学生でも分かる簡単な気持ちがまだ分かっていない、だなんて。
そんなの、笑い話にすらならないから。
もう一度くいっと呷ったグラスからは、緑色の雫が垂れてくるだけだった。




